日向さんが小説家で顔を出しているから、おじいさまも何かで有名でもおかしくはない。あとで調べてみようかな。

「一年二組だったね」
「はい」

 おじいさまがすたすた階段を上っていく。お年寄りとは思えない軽い足取り。山登りしたら私の方が先にバテるかも。さすがは何百年も生きているあやかし。

 三階に着くと、授業五分前にも関わらず、すでに児童たちは大人しく着席していた。

 す、すごい。まだ一年生だよ。数か月前まで幼児だった子たちがこんなにイイコに授業の準備をしているなんて。この光景だけで泣きそうになっちゃった。

 保護者の人たちは半分くらい来ている。おじいさまみたいに祖父母で来ている人もいる。うんうん、孫の授業を見学出来るなんて素敵だよね。

 みこちゃんは……いた。窓際の列の前から二番目。背筋を伸ばして座っているけど、たまに顔を動かしてこちらを確認している。小さく手を振ったら、にこって笑って前を向いた。天使。

 よく見ると、他の子たちもそわそわしている。みんなお家の人が気になるんだね。もう全人類可愛い。写真撮影禁止だから心のカメラに保存しておくね。

 横にいるおじいさまも優しい笑顔を向けている。初めての孫の授業参観楽しんでください!

「日直さん、お願いします」

 担任の先生が声をかけると、みこちゃんと近くの席の男の子が立ち上がった。みこちゃん日直なんだ。なんてラッキー。

「これから授業を始めます」
「宜しくお願いします」

 おおおお、頑張ってる。みこちゃん、すごい。えらい。お姉さんだ。

 児童全員でぺこんとお辞儀しているのも可愛い。一年生可愛い。授業参観楽しい。

 案内通り算数の授業が始まり、先生が数種類のマグネットを取り出した。児童たちにはおはじきを出すよう指示する。おお、おはじき。あれ、一個一個全部名前書くように言われたんだよね……大変だったけど、こうして役立っているなら良いことです。

 黒板にマグネットを貼って指示する先生。書き文字もほぼひらがな。一年生って感じ。新鮮。

 それにしても、ひらがなばっかりだとすごい読みにくい。こんな大変な文章を読んで勉強して、並行して漢字も覚えて、毎日勉強して。小学生ってすごいなぁ。私も大人になってすっかり勉強しなくなったけど、何か勉強して資格を取るのもいいかも。

 集中して聞いていたら、五十分ある授業はあっという間に終わってしまった。もっと聞いていたかった。次の授業参観は是非みこパパママに来てもらいたいな。この感動を是非共有したい。

 解放された児童たちがそれぞれの保護者の元へ散らばり出す。みこちゃんも一目散にこちらに来てくれた。

「おじいさま、奈々ちゃん」
「頑張っていたねぇ。えらいぞ」
「みこちゃん、しっかり日直出来てたね」

 二人して目尻を下げながらみこちゃんを褒め讃える。みこちゃんはどうだと言わんばかりの顔をしていて、それはもう可愛くて可愛かった。これが目に入れても痛くないっていう感情かぁ。

 休み時間は十分しかなく、次の授業の準備もある。あまり長居しては迷惑が掛かるので、名残惜しくも私たちは帰ることにした。

「夜ご飯張り切るから楽しみにしていてね」
「うん」

 みこちゃんに手を振られ廊下に出る。すると、廊下で待っていたらしい女性におじいさまが話しかけられた。

「恐れ入ります。五十嵐会長でいらっしゃいますか?」

 か、会長……?

「はい、そうですが」
「私、瀬田の妻でして、いつも主人がお世話になっております」
「ああ、そうですか瀬田君の。こちらこそいつも助けてもらっています」

 二三言話して女性と別れるおじいさまに合わせて、私も会釈だけする。話の内容が全然分からなくてずっとはてなで頭が埋め尽くされていた。

 おじいさま、会長だったん……?

 昇降口を出て、他の保護者と離れてからこっそりおじいさまに聞いてみる。

「おじいさまはもしかして会社を経営されていらっしゃるんですか?」
「少しね。百五十年近く前に始めた仕事がいつの間にか大きくなっていた、そんなところだよ」
「おお……」

 三桁年の勤続年数生まれて初めて聞いた。おじいさま、長く生きるあやかしで、優しくて、その上仕事の才能もあるなんて。

「おじいさまはいつも余裕があって、人々の上に立って、尊敬します」

 私の拙い語彙力で想いを伝えたら、おじいさまは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「大したことない。貴方にだって、出来るものが沢山ある。それは素晴らしいことだ。例えば、今日こうして年寄りと一緒に孫の成長を喜んでくれることだってね」

「そんな、私がしたいと思ったからしただけです」
「そう、それだよ。私も私がしたいことをしている。同じだよ」

 急に視界が開けた気がした。

 大きい小さいはあっても、形は違えども、何かをしたり挑戦することはとても重要で、誰かの役に立っているかもしれない。誰かを喜ばせているかもしれない。それで自分自身も幸せになるのかもしれない。

 おじいさま、おじいさまはやっぱりすごい人です。この瞬間、一人の人間の道を一つ増やしてくれたのだから。

「さあ、帰ろう」
「はい」

 運転手さんが後部座席のドアを開けてくれる。もしかして、一時間こうして車の横に立っていてくれたのかな。誰かを車に乗せて運転するなんて責任が重くて大変って思ってたけど、人がいない時でもこうして待ったり車を守ったりしないといけないから、想像以上にきつそうだ。

 どんな仕事もいろいろな辛さがあって、楽な仕事なんて無いよね。私みたいな関係無い平民も乗せてくださって有難う御座います。

 車はガタガタ揺れることなく滑らかな運転で私のマンションまで帰っていった。

「送ってくださって有難う御座います」
「いやいや、お礼を言うのは私の方だ。今日は本当に楽しかった」
「私もです。是非またゆっくりお話してください」

 右手を差し出されたので握手をする。温かくて意外と大きな手。これからもお元気で、私がおばあちゃんになっても、こうして一緒に出かけられたらいいな。

 おじいさまの車が去っていく。それをいつまでも手を振って見送った。

 そして十五時。帰宅したみこちゃんを私はこれでもかとばかり褒めちぎった。みこちゃんは嬉しさのあまり耳をぴょこんと出し、それをぴょこぴょこ動かして踊っていた。私の動画コレクションにまた新たな宝物が加わった。