「えっ、世界で唯一、死者蘇生できる僕を追放ですか?」

 自宅の談話室で突然下された追放宣言に、ユーリは思わず聞き返してしまった。
 目の前に立つは、自分と同じ深い藍色の髪と瞳をした少年。
 ジャコット伯爵家の次男で、兄でもあるダビドだ。
 ぼんやりするユーリに構わず、ダビドは怒鳴りまくる。

「そうだよ! 追放だよ! 死者蘇生だろうが何だろうが、お前は追放されるほどの大罪を犯したんだ!」
「すみません、大罪とは何でしょうか。まったく身に覚えが……」
「メディちゃんに求婚された罪だ! この野郎、僕王の好きな人を盗みやがったな! 僕王が先に好きだったんだぞ!」

 窓ガラスが割れるほどの激しい罵声が響き、ユーリは耳を押さえながら思う。

 ――えええ~、そんなの知らないよ~。

 現在、両親と長兄は視察のため家におらず、最高権力者は次兄のダビド。
 よって、ユーリは絶え間なく放たれる小言と文句を、どうにかして聞き流すしかなかった。 ここネジクレイ王国において、代々優秀な回復士を輩出してきたジャコット伯爵家。
 三男に生まれたユーリは、一族の中でもひと際優れた回復魔法の才覚があった。
 まだ10歳という年齢ながら、王国医術師団のエース団員を務めるほどの実力だ。
 医術師として活動する最中、事件は起きた。
 今から十日前、活発化する魔族軍の偵察に行った錬金術師と騎士の混成部隊が、命からがら帰還した。
 情報は持ち帰ったものの護衛対象であるはずの女錬金術師――メディはすでに息絶えており、深い悲しみに包まれる。
 埋葬される直前、ユーリが新たに生み出した最高峰の回復魔法《死者蘇生》にて蘇生し、メディはこの世に蘇った。
 歴史上初、死者の蘇生に成功した瞬間だった。
 生き返ったメディは感動し、そのままユーリに求婚した……という経緯がある。
 その話を聞いたダビドは思い人を奪われたと激怒し、追放を下したのだ。
 ダビドは大量の小言と文句を言った後、さらに罵倒のナイフを投げつける。

「お前の追放先は辺境のゴーストタウン――"アイユ”だ! 幽霊共に食い殺されろ!」
「えっ!」

 その言葉に、ユーリは一番と言っていいくらいの衝撃を受けた。

 ――辺境のゴーストタウン、"アイユ”

 ジャコット家が管理する領地の一つで、王国の北方に位置する。
 長閑な街だったが、いつからか文字通りゴーストが闊歩するようになり、住民は全て移住してしまった。
 最悪、追放は甘んじて受け入れるが、極めて重要な問題が一つある。
 ……ユーリはお化けが怖い。
 幼少期からゴーストや悪霊の類いがかなり苦手であり、できれば別の場所にしていただきたかった。
 
「あの、ダビド兄さん。お言葉ですが、追放は別の地域にしてもらえませんか?」
「黙れ、僕王の言う通りにしろ! 僕王の好きな人と不貞した罪で訴えるぞ!」
「わ、わかりました。アイユに行きますから、どうか落ち着いてください」

 ダビドが激怒してしまったので、慌てて了承した。
 ユーリは最低限の荷物をまとめ、ジャコット家に別れを告げ、街に出る。
 気が重いけれど仕方がない。
 まずはアイユに行かなければ。

 ――とはいえ、お化け怖いなぁ……。

 などと思いながらアイユ行きの馬車を探していると、背後から凜とした声が聞こえた。

「ユーリ様」

 後ろを振り返ると、鮮やかな青の髪と瞳を持つ美しい女性が立っている。
 つい十日ほど前に出会ったばかりの女性が。

「あっ、メディさん、こんにちは」
「こんにちは、ユーリ様。10日と3時間18分56秒ぶりでございますね」

 なんと、蘇生した女錬金術師メディだった。
 彼女とは面識があったものの、まさかこんなところで会うとは思わなかった。
 メディはにこりと笑うが、目の奥にハートの形を発見し、ユーリは怖じ気づく。

「知っておりますよ。アイユに……追放されたのですよね」
「な、なんで知ってるんですか?」

 ひたり、と何者かに背中が撫でられた気がした。
 慌てて背中を擦るも、もちろん何もない。
 それが逆に恐ろしかった。
 なおもメディは底の見えない瞳で笑う。

「私もついて参ります」
「え……? いや、しかしですね。今話した通り、僕が追放を命じられたのはあのアイユなんですよ。辺境のゴーストタウンの」
「だからこそ……でございます」

 ネジクレイ王国において、アイユの悪評は方々まで轟いている。
 人々は聞いただけで忌み嫌い、住むなんてもっての外だ。
 お化けのこともあるしついて来てくれるのは大変に有り難いが、さすがに場所が悪すぎて申し訳ない。
 さらに、メディはそこら辺の錬金術師ではないのだ。

「王宮のお仕事だってあるんじゃないでしょうか」

 "稀代の錬金術師"と評される彼女。
 今回の任務は、魔族領へ偵察用の鳥型ゴーレムを何体か放つこと。
 彼女は一度死んでしまったが、任務自体は無事完了した。
 でも、報告を受け取る必要があるんじゃないのかな……というユーリの疑問を見透かしたように、メディは話す。

「問題ありません。私の分身たるゴーレムを何体か置いてきましたので。鳥ゴーレムの定期的な報告は十分に解析できます」
「そうでしたか。それはよかったです」
「そして」
「は、はい」

 ずいずいと身を乗り出すメディ。
 あっという間に、ユーリは民家の壁際に追いやられてしまった。

「あの日、我が人生はユーリ様に捧げると決めました。あなた様に尽くすには、妻になるのが最善だと考えますがいかがでしょうか。ユーリ様のご意見も……賛成でよろしいですね?」
「ま、まぁ、その辺りはおいおい決めるということで……」

 重い圧にどうにか耐えユーリは答える。
 二人は馬車に乗り込み、辺境のゴーストタウン――アイユへと向かう。


 □□□


「……こ、ここがゴーストタウン。なかなかに雰囲気があるじゃないの」
「ユーリ様のお出迎えがないのは許せませんね」

 馬車に乗ること、およそ二週間。
 ユーリとメディはアイユに到着した。
 まだ昼間なのに、深夜のように暗い。
 時折吹く乾いた風が不気味な音を奏で、陰鬱な空気をより一層強くする。
 それだけでユーリは帰りたくてしょうがなかったが、どうにかして気持ちを振るい立たせる。

「メディさん、まずは住めそうな場所を探しましょうか。住めそうな建物が見つかれば良いんですけど」
「ええ、これから私たちの愛の巣になるわけですから厳選したいですね」
「は、はい、そうですね」

 たどたどしく答え、二人は街に踏み込む。
 コツコツ……と歩く音さえ恐怖心を煽り、顔を撫でるそよ風は爽やかなのに不気味。
 自分は恐る恐る一歩を踏み出すのに、メディは何の躊躇もなく先導する。
 騎士団の任務に同行するほどの精神力の強さを目の当たりにした気分だった。
 とりあえず、街の中心に行ってみることとし、角を曲がったら狼のゴーストがこんにちは。
「で、出たあああ!」
『……!?』

 不意打ちを喰らい、ユーリの心臓は跳ね上がる。
 およそ、全長2mほどのなかなかに大きなゴーストだ。
 動物の霊は人間より良くない……というような話を聞いたこともあり、一層恐怖を増大させた。
 狼ゴーストもまた、何十年ぶりかもわからない生きた人間との接触に驚愕して動きを止める。
 両者膠着状態に陥る中、ユーリは恐怖に震える頭でとある名案を思いついた。

 ――……お化けを蘇生しちゃえばいいんじゃない!?

 自分の《死者蘇生》は、死者を死んだ瞬間に蘇生させる。
 幽霊に試したことはないものの、やってみる価値はありそうだ。
 ユーリは腕だけ狼ゴーストに伸ばし、どうにか表面に軽く触れた。
 ひやりとした感覚に倒れそうになるが、頑張って堪える。

「リ、《死者蘇生》!」
『……!?』

 手から放たれた白い光が、狼ゴーストの全身を覆う。
 数秒ほども経った後、大きな異変が起きた。
 目の前にいるのは、豊かな白銀の体毛に身を包んだ狼。
 唖然とするユーリとメディに対し、狼は不思議そうに全身を見渡した。
 徐々に嬉しさでその顔が緩み始める。

『い……』
「「い……?」」

 ごくりと唾を飲んで続きの言葉を待つと、狼は歓喜の叫び声を上げた。

『生き返ったあああ!』
「うわああ!」

 激しく驚くユーリの手に、狼はお手をする。
 握手だ。

『俺はジルってんだ。幽霊を蘇生できる人間なんて初めてみたぜ。また新しい身体をくれて本当にありがとうよ』
「ぼ、僕はユーリと言います。よろしくお願いします」
「私はメディと申しまして、ユーリ様の未来妻でございます。どうかお見知りおきを」

 二人はジルと名乗った狼と挨拶を交わす。
 ユーリはお化けがお化けじゃなくなって、心底ホッとしていた。

「それにしても、ジルさんは美しい狼ですね。……あれ? でも、どうして人の言葉が……」
『これでも名の知れたフェンリルなのさ。どうやら、まだ現世に未練があったらしくてな。何百年もこの辺りを彷徨いていたんだ』
「フェ、フェンリルなんですか!?」

 ふふんっと話すジルにユーリは再び驚く。

『ここにいるゴーストは、みんな古代の神獣達だよ。良いやつばかりさ。中には気難しいヤツもいるがね』
「古代の神獣……」

 次から次へと衝撃的な情報が明らかとなり、ユーリは呆然とするばかりだった。
 そんなユーリに対し、メディは彼を讃えるためいつも持つようにした、自作の《無限クラッカー》を鳴らしまくる。

「神獣までも蘇生させるなんて、さすがユーリ様ですね! 死者の蘇生はお手の物! 稀代の天才回復士! パンパンパーン!」
「メ、メディさん、新しいお化けが来たら困りますから……」

 魔力の紙吹雪がパラパラと舞い落ちる中、ユーリは強い衝撃を受けた。
 気を抜くと倒れそうなほどの、強い衝撃を。

 ――……そうだ、僕は日本人だったんだ。

 走馬灯のように前世の記憶がなだれ込む。
 元々、自分は日本でテーマパークの開発者として働いていた。
 前世の目標は、"世界一のテーマパーク"を作ること。
 ある日、新アトラクションの設営準備の最中、落ちてきた資財の下敷きになった。
 結果、志半ばで敢えなく事故死。

「ユーリ様、どうされましたか?」
『お、おい、顔色が悪いぞ?』
「いえ、大丈夫です……」

 衝撃冷めやらぬ中、どうにか問題ないと伝える。
 深呼吸して気持ちを整えた次の瞬間には、自然と決意が口をついて出た。

「僕は決めました。ここに……世界一のテーマパークを作ります」
「『……おおお~!』」

 前世で叶えられなかった自分の夢。
 世界中の誰もが楽しめる最高のテーマパーク。
 神獣達の力を借りれば完成させられるかもしれない。
 今世で絶対に作り上げると決心するとともに、ユーリは自分に言い聞かせた。

 ――お化けは……なんとかなると思う。


 ◆◆◆


 ユーリが追放された直後のジャコット家。
 ダビドの喚き声と、使用人が慌ただしく走り回る音で屋敷がはち切れるほどだった。

「メディちゃんを探せ! 僕王の未来の婚約者だぞ! 天才回復士ダビド様の未来の婚約者! 見つからなかったら、死刑だからな! 一秒以内に連れてこい!」

 矢継ぎ早に放たれる無理難題。
 ジャコット家始まって以来の大無能、それが天才回復士ことダビドであった。