「なんでむくれてんだよ。今のは何て答えれば正解だったわけ? ホントお前の扱いムズカシイな」
笑いながら頬をつねってくる直人の手を、啓介は不機嫌そうに払いのけた。鋭く睨んだところで直人は少しも怯まない。その場にしゃがみ込んで啓介の机に顎を乗せ、「ねーねー」と呑気に話を続ける。
「啓介、もう進路希望調査の紙、提出した?」
「ううん。まだ」
「どこ行くつもり?」
「直人は?」
「俺は県内の大学。お前もそこにしろよ」
すぐに返事が出来ず、啓介は逃げるように視線を窓の外に移した。青々とした木がくっきりと濃い影を校庭に落としている。かなり日差しが強そうだ。そう言えば、毎朝時計代わりに付けているテレビが、梅雨は明けたと告げていたな。
そんなことを考えていたら、机をバンバン叩かれた。
「話してる最中によそ見すんなっつーの。とりあえず俺と同じ進路書け」
「えー。まだもうちょっと悩んでたい。夏休み中に見学行こうと思って」
「どこ見に行くの?」
啓介は直人の目を見たまま一拍置いて、「東京」とだけ答えた。直人が大きく息を吐き、先ほどの啓介を真似るように窓の外へ視線を逸らす。休み時間の賑やかな教室の片隅で、しばらく二人は黙ったままでいた。
最近の直人は啓介が東京と口にするたび不機嫌になる。
啓介の頭の中を、言い訳がぐるぐる駆け巡った。行きたい理由は死ぬほどあるが、直人はどれも納得してくれないだろう。
「お前さ、ホントは彼女いるだろ。彼女と一緒に東京の大学行く約束でもしたのかよ」
「は?」
全く想定していなかった言葉に、啓介は本気で首を傾げた。
きょとんとする啓介がとぼけているように見えたのか、直人は問い詰めるように机を指でトントン叩く。
「水臭いじゃん、言ってくれればいいのに。この前見ちゃったんだよね、お前んちの近くのスーパーで仲良く買い物してるところ」
その一言で全てに合点がいった啓介は、脱力しながら教室の天井を仰いだ。
「……なるほど。僕と一緒にいた人ってさぁ、チョコレート色のゆるふわ髪じゃなかった? そんで、僕は荷物いっぱい持たされてたでしょう」
「うん、そう。結構可愛かった。あの啓介を荷物持ちに使うなんてスゲーって感動した」
「あーもう。だから嫌だったんだよね。恥っず」
頭を抱えて呻く啓介を、直人が不思議そうに眺める。
「ん、どした? 内緒の恋人だったわけ?」
「違う、恋人じゃない。あれ母親」
「またまた、そんな見え透いたウソを」
「ウソじゃないって、今度会わせてあげる。近くで見たら僕と似てるよ。あーあ。母親と買い物とか、恥ずかしいとこ見られたの超ショック」
啓介は突っ伏して、大袈裟に落ち込んで見せた。ひんやりした机は、赤く火照った頬を冷ましてくれて気持ちがいい。そのまま顔を横に向けたら、机に顎を乗せている直人と視線が合った。
直人は手を伸ばし、啓介の目にかかる前髪を横に流しながらククッと笑う。
「そっか、彼女じゃなかったんだ。お前の母親ってスゲー若いな。でも偉いじゃん、荷物持ちするなんて」
「だってさぁ、半泣きで電話してくるんだもん。『車のつもりでいっぱい買っちゃったけど、自転車で来たこと思い出したから助けて』って。どーしょもないでしょ?」
「あはは。それでちゃんと助けに行ったんだ。お前にも人の血が流れてたんだなぁ」
「ねーそれどういう意味? まるで僕が冷たい人間みたいじゃない」
啓介の前髪に触れていた指先を引っ込めながら、直人が口角は上げたまま静かに目を伏せる。
「冷たいじゃん。俺を置いて行っちゃうんだから」
笑いながら頬をつねってくる直人の手を、啓介は不機嫌そうに払いのけた。鋭く睨んだところで直人は少しも怯まない。その場にしゃがみ込んで啓介の机に顎を乗せ、「ねーねー」と呑気に話を続ける。
「啓介、もう進路希望調査の紙、提出した?」
「ううん。まだ」
「どこ行くつもり?」
「直人は?」
「俺は県内の大学。お前もそこにしろよ」
すぐに返事が出来ず、啓介は逃げるように視線を窓の外に移した。青々とした木がくっきりと濃い影を校庭に落としている。かなり日差しが強そうだ。そう言えば、毎朝時計代わりに付けているテレビが、梅雨は明けたと告げていたな。
そんなことを考えていたら、机をバンバン叩かれた。
「話してる最中によそ見すんなっつーの。とりあえず俺と同じ進路書け」
「えー。まだもうちょっと悩んでたい。夏休み中に見学行こうと思って」
「どこ見に行くの?」
啓介は直人の目を見たまま一拍置いて、「東京」とだけ答えた。直人が大きく息を吐き、先ほどの啓介を真似るように窓の外へ視線を逸らす。休み時間の賑やかな教室の片隅で、しばらく二人は黙ったままでいた。
最近の直人は啓介が東京と口にするたび不機嫌になる。
啓介の頭の中を、言い訳がぐるぐる駆け巡った。行きたい理由は死ぬほどあるが、直人はどれも納得してくれないだろう。
「お前さ、ホントは彼女いるだろ。彼女と一緒に東京の大学行く約束でもしたのかよ」
「は?」
全く想定していなかった言葉に、啓介は本気で首を傾げた。
きょとんとする啓介がとぼけているように見えたのか、直人は問い詰めるように机を指でトントン叩く。
「水臭いじゃん、言ってくれればいいのに。この前見ちゃったんだよね、お前んちの近くのスーパーで仲良く買い物してるところ」
その一言で全てに合点がいった啓介は、脱力しながら教室の天井を仰いだ。
「……なるほど。僕と一緒にいた人ってさぁ、チョコレート色のゆるふわ髪じゃなかった? そんで、僕は荷物いっぱい持たされてたでしょう」
「うん、そう。結構可愛かった。あの啓介を荷物持ちに使うなんてスゲーって感動した」
「あーもう。だから嫌だったんだよね。恥っず」
頭を抱えて呻く啓介を、直人が不思議そうに眺める。
「ん、どした? 内緒の恋人だったわけ?」
「違う、恋人じゃない。あれ母親」
「またまた、そんな見え透いたウソを」
「ウソじゃないって、今度会わせてあげる。近くで見たら僕と似てるよ。あーあ。母親と買い物とか、恥ずかしいとこ見られたの超ショック」
啓介は突っ伏して、大袈裟に落ち込んで見せた。ひんやりした机は、赤く火照った頬を冷ましてくれて気持ちがいい。そのまま顔を横に向けたら、机に顎を乗せている直人と視線が合った。
直人は手を伸ばし、啓介の目にかかる前髪を横に流しながらククッと笑う。
「そっか、彼女じゃなかったんだ。お前の母親ってスゲー若いな。でも偉いじゃん、荷物持ちするなんて」
「だってさぁ、半泣きで電話してくるんだもん。『車のつもりでいっぱい買っちゃったけど、自転車で来たこと思い出したから助けて』って。どーしょもないでしょ?」
「あはは。それでちゃんと助けに行ったんだ。お前にも人の血が流れてたんだなぁ」
「ねーそれどういう意味? まるで僕が冷たい人間みたいじゃない」
啓介の前髪に触れていた指先を引っ込めながら、直人が口角は上げたまま静かに目を伏せる。
「冷たいじゃん。俺を置いて行っちゃうんだから」