「おい、お前ら帰るぞ」

 大人しくなった椚高の生徒を一瞥し、陣野が啓介たちに声をかける。ズンズンと大股で土手を登り、停めてあった軽トラックの荷台に啓介と直人の自転車を積み込み始めた。白い軽トラのドア部分には『陣野酒店』と大きく表記されている。
 配達途中だったのかなとぼんやり考えていたら、直人に肩を掴まれた。

「啓介、顔殴られたのかよ。お前がやられるなんて珍しいな」
「あー。直人が木材で殴られそうになってたから、ちょっと気を取られて油断しちゃった」
「ごめん。俺のせいだな」
「違うよ」

 笑いながら啓介は首を振ったが、直人は申し訳なさそうに腫れた頬に触れ、もう一度「ごめん」と小さく呟いた。
 啓介の鼓動が、ほんの少しだけ早くなる。どくどく跳ねる心臓をなだめていると、「おい」と自転車を積み終えた陣野に手招きで呼ばれた。

「お前、直人の友達か? こんな細い腕で、よくあいつらと渡り合ったな。よし、気に入った。今日はうちで飯食っていけ」

 陣野が啓介の腕をまじまじと見ながらそう言った。ぽかんとして啓介は首を傾げたが、次第に笑いが込み上げてくる。

「あははは。直人のおとーさん、超面白いね。『気に入った』なんて、面と向かって言われたの初めて。僕、このまま帰ったら母親にめちゃめちゃ怒られるんで、ちょっと避難させてもらえると助かります」
「そうか。俺も『超面白い』なんて言われたのは初めてだ。そりゃ、そんなナリで帰ったら母ちゃんもビックリすんだろ。だったら今日は泊ってけ。明日にゃ腫れも、少しはマシになってんだろ」
「やったー! ありがとうございます、おとーさん」

 あっさり馴染んだ啓介に向かって、直人が呆れたように「お前、順応力すげーな」とこめかみの辺りを押さえた。
 結局、翌日には汚れの落ちきらなかったシャツと腫れの引かなかった頬を千鶴に気付かれ、散々小言を言われてしまったのだが。

 授業終了のチャイムを聞きながら、啓介は机に突っ伏してククッと肩を揺らした。何度思い出しても笑える。

「何一人で笑ってんだよ、気持ち悪ぃな」

 啓介の席までやってきた直人に頭をはたかれ、顔を上げた。

「直人のおとーさん思い出してた。だって、あんな漫画のキャラみたいな人、そうそういないよ? 椚高校の伝説の番長とか、面白過ぎるでしょ」
「酔って武勇伝語ることはあったけど、絶対盛ってると思ってたんだよなぁ。まさか本当だったとはね」

 言いながら、直人が啓介の頬をさする。

「腫れが引いて良かった」
「そうだね。僕の綺麗な顔にキズが残ったら、直人に責任とってもらうところだったよ」
「責任?」
「そー。僕をお嫁に貰ってもらわなきゃ」
「あっはっは。おー。いいぞ、嫁いで来い。親父も喜ぶしな」

 嫁に貰えと言われたんだから少しぐらい動揺すればいいのにと、啓介は口を尖らせた。