――夏と冬。

 脳裏に空から唐突に降って来た氷の塊が浮かびあがり、その瞬間、閃いた。

「決めた。僕の名前、氷雨にする」
「ヒサメ?」
「そ。氷の雨って書いて氷雨」

 不思議そうに問い返した永遠に、啓介が深くうなずく。快は軽く笑い飛ばしたあと、挑むような目で啓介を見た。

「氷雨? ずいぶん寒々しい名前だなぁ。それなら俺は、景気よく『快晴』に名前を変更しよっかな。俺は晴れでお前は雨だ。未来を暗示してるみたいでイイだろ」

 快の挑発的な視線を迎え撃つように、啓介は口の端を上げて胸を張る。

「ただの雨じゃないんだよ、氷雨って。でも、まぁそうね。雨でも晴れでも何でもいいよ。どっちにしたって僕は望む未来を手に入れるから」

 ふふん、と鼻を鳴らして啓介は再び歩き出す。永遠がなぜか膨れっ面をしながら付いてきた。

「『刹那』って名前は快くんダメって言った癖に。自分はお揃いっぽい名前なんて、ズルイよ」
「じゃあ永遠も名前変えてみる? 曇天とか雪とか風とか」
「ヤダ」

 ますます不機嫌そうに口をギザギザに歪ませて永遠が立ち止まるので、啓介もつられて足を止めた。

「お兄さ……じゃなくて、氷雨くんの『望む未来』って何?」
「そうねぇ」

 いつになく真剣な目でこちらを見る永遠に、少し困りながら啓介は視線を上へ逸らす。天井に張り巡らされた照明用のパイプや配管は、まるで迷路のようだった。

「自分が作った服を、誰かが着たいと思ってくれたら幸せだよね」
「じゃあ、自分のブランドを立ち上げるのが夢なんだ」
「うーん。そうなんだけどねぇ」

 改めて言葉にされると、何だか少し違うような気もした。天井を見上げたまま、「ああ、そっか」と啓介が笑う。

「仲間も欲しいな。一緒に秘密基地を作ってそこにずっと籠っていたくなるような、わくわくする仲間。迷路みたいにねじれまくってる道でも、頑張って進んでたらいつか会える気がする」
「仲間ならもういるだろ。俺と永遠」

 不貞腐れたような声を出す快に、啓介は「快って仲間だっけ?」と本気で首を傾げた。

「名無し、お前そーゆーとこだぞ。ほんっと腹立つなぁ。仲間だろ? そんで暫くは、永遠の家が秘密基地な」
「名無しじゃなくて氷雨だってば」
「じゃあ俺のことも快晴って呼べよ」

 再びにらみ合う二人の背中を、永遠が軽くたたきながら溜め息をつく。

「まぁまぁ。ブレイバーを盛り上げる仲間には違いないんだしさ、今は力を合わせようよ。いつか大人になった時、ねじれまくった迷路を進んだ先でも、ずっと三人でいられたら良いね」
「氷雨の行く道は悪天候そうだなァ。嵐に巻き込まれて溺れるなよ」
「快晴の行く道だって。太陽に負けて干からびないようにね」
 
 牽制するような視線を送り合い、そのあと三人同時に吹き出した。
 ひとしきり笑い合ったあとで、快晴が急に神妙な顔をする。

「でもさ。俺らはきっと、この先ずっと注目され続けるんだろうな。及第点じゃ誰も納得してくれない。みんなの予想の上を行くものを生み出し続けなきゃ、あっという間に見向きもされなくなる。……氷雨、お前は怖くないのか」

 快晴の表情は心細そうだったが、同時に啓介と言う存在を心強く思ってもいそうだった。

「怖い」

 珍しく素直に同意を示した啓介は、無意識に自分の手のひらを見つめる。

「みんなが求める以上のことを、モデルとしてもデザイナナーとしても示し続けなきゃいけないなんて、そんなこと出来るのかって震えそうになるけど。でもきっと僕は、誰からも求められなくなっても作り続けると思う。この先ずっと、自分自身と戦い続ける覚悟は決めたから」

――それに、千鶴の仇もとらなきゃね。

 心の中でそう付け足して、啓介はふふっと微笑んだ。

「氷雨くんと快晴の作る服、楽しみだなぁ。もし二人がブランドを立ち上げたら、雑誌の編集になった私が必ず取材に行くからね!」

 三人それぞれの思い描く夢を心に刻む。
 言うほど容易くないことは百も承知だ。
 きっと順風満帆とは程遠い。

 それでも。
 嵐の旅路も上等だと、啓介は天を睨んだ。
 土砂降りの雨の中、びしょ濡れでも笑い飛ばして前へ進もう。

 いつか必ず、望む未来を手に入れるために。



~ fin ~