「お兄さんはさぁ」

 光沢のある素材のベストを啓介にあてがいながら、永遠が静かに口を開く。

「リューレントで堂々と単独でページを飾ったでしょ? そんな扱い、この場にいる誰も経験したことないの。つまりね、お兄さんはここでナンバーワンってことなんだ。あの瞬間、ブレイバーの絶対的なエースになったんだよ」
「……絶対的な、エース」

 思いがけない言葉を聞いて、啓介は噛み締めるように呟いた。永遠の口調はやけに大人びていて、実感がこもっている。

「今のところ私たちだけなんだよ、ブレイバーと専属契約してるの。他のモデルさんは次も呼ばれるかわかんないし、呼ばれたって小さなワンカットしか載らないこともザラなんだ。だからさ、どうしたって羨ましいって思われちゃうよね。憧れと嫉妬の目で見られちゃう。お兄さんは特に」

 永遠から向けられる眼差しは、憂いと慈愛に満ちていた。既にモデルとして活躍していた永遠には、これから啓介の身に降りかかる事柄が、ある程度予測できてしまうのかもしれない。労わるような潤んだ瞳で見上げられ、啓介は「そう」と小さく相槌を打った。油断していると、その目に飲み込まれそうになる。
 まだ幼さの残るあどけない永遠は、それでも確かに清廉な色気を放っていて、やはり『魅せる側の人間』なのだなと強く感じた。

「心配してくれてありがとうね、永遠」

 桃のように瑞々しい永遠の頬を指の背で撫でると、永遠は目を細めてその手に擦り寄った。自分によく懐いている小動物のようで愛らしく、抱きすくめたい衝動が一瞬湧く。
 
「俺は認めてないけどな」

 視界の端に映っていた快がゆらりと動き、永遠から引き剥がすように啓介の手を掴んだ。こちらを睨みつける快の青い瞳は冴えていたが、掴まれた手はとても熱い。

「すぐに俺が一番だって、みんなに知らしめてやる。お前は束の間のトップの座、せいぜい味わっておけよ」
「……トップとか別に興味ないけど、快に追い抜かれるのは面白くないね。悪いけど、簡単には譲らないから」

 掴まれた手を払いのけ、啓介は永遠が見繕ってくれたベストを受け取りさっさとメイクルームに向かって歩き出した。振り払われて行き場を失くした手を握り締めて、快が叫ぶ。

「待てよ名無し、逃げんな!」
「名無しじゃないし、逃げてもいない」

 いい加減にしろと思いながら、啓介は快を振り返った。ネクタイの代わりにファーを首に巻きつけている快は、相変わらずセンスが良くて余計に苛つく。ついでに周りを見回すと、まだ暑さの残る季節だと言うのにどのモデルも真冬の装いだった。

 アパレル業界は季節を先取りするのが常なので、それは当たり前ともいえるのだが、夏と冬が同時に存在するこの空間がとても奇妙に感じられた。