寂しいと素直に吐露した直人に対し、啓介も今の気持ちを包み隠さず打ち明ける。

「あのね、さっき『解かる』って言ったのは本心だよ。僕も似たようなもんなの、直人に対する感情。側にいてくれたら心強いし、僕も直人の支えになりたい。でも別に、直人と恋愛したいわけじゃないんだよね。矛盾してて上手く言えないんだけど、それでも直人に恋人ができて楽しそうにしてたら、僕は物凄く嫉妬すると思う。僕は縛られたくないし自由でいたいのに、直人には僕を一番にしてて欲しいの。僕ってズルイでしょ」

 今までもやもやしていたものを声に出してカタチにしたら、なんだか随分楽になった。聞いている方の直人もポカンとしていたが、啓介の言葉の意味を徐々に理解したのか、むず痒そうに首筋を掻く。

「あぁ、うん。まあ、だいたい同じか。俺もお前も」
「そ。大体おんなじ」

 脱力するように、二人で同時に大きく息を吐いた。すっかり天気は雨模様に変わり、雷鳴はいつの間にか遠ざかっている。
 しばらく互いに無言で空を眺めていたが、沈黙が続いても気まずさは皆無だった。むしろ流れる時間が心地良いくらいで、肩が触れるか触れないか程の距離にいる直人の気配と静かな雨音を、啓介はこっそり胸に刻む。

 いつか進む道の先で途方に暮れた時、今日の出来事は灯りとなって自分を温めてくれるような気がした。

「雨にも雪にもなれなくて、中途半端って言うけどさぁ」

 唐突に直人が口を開く。どうやら先ほど啓介がこぼした言葉を、ずっと考え込んでいたらしい。照れ隠しなのか、直人はこちらを見ずに真っ直ぐ前を向いたままだった。

「雹ってレアで超良いじゃん。氷の塊のまんま地上に降りるぜ! って強い信念感じるし、何かカッコいいよ。あと、問答無用で攻撃的なところは確かにお前っぽい」

 いつもより早口な上に独特な表現で、啓介は思わず吹き出してしまう。ケラケラ子どものように声を上げて笑いながら、啓介は首を傾げた。

「僕ってそんなに攻撃的かなぁ」
「敵認定したら容赦ないだろ。いつもふわふわしてっから、初めて喧嘩してるの見た時『ギャップすげぇ』ってびびったぞ」
「あはは。これからは、喧嘩売られても買わないようにしなきゃ。直人、ボディーガードよろしくね」
「おう。まかせとけ」

 頼まれてすぐに答えを返した直人が胸を張る。それから視線をやや下げて、手の中にある湿って表紙が少し歪んだリューレントを見た。

「来月もこの雑誌に載るの?」
「それには載らないけど、ブレイバーって新しい雑誌の方では毎月出番があると思うよ」
「じゃあ毎月買おっかな、その雑誌。……ところで、他の奴にも話すのかよ、この仕事のこと」
「まさか。バレないためにメイクしてんだから、誰にも言わないよ。この先もずーっと。知ってるのは直人だけ」
「そっか」

 嬉しさを隠しきれないというように、直人の口元が緩む。啓介は綺麗な弧を描く唇に人差し指を当て、「二人だけの秘密ね」と目を細めた。直人が息を呑み、片手で顔を覆う。

「お前、時々めちゃくちゃ可愛いよな」
「時々ぃ? いつも可愛いでしょ」
「いや、まぁ。なんつーか、たまに理性吹っ飛びそうであぶねーんだよ」

 今日の直人はあけすけな上に饒舌だ。啓介が調子に乗って「ほうほう、それで?」と揶揄うように身を寄せたら、頭を掴まれ押し戻された。

「近いっつーの。お前との距離は今のままが一番いい気がするから、別にどうもしねえよ」
「ふーん、そっか。僕もまぁ、その意見には賛成だけど」

 そうして再び二人並んで、弱まってきた雨を眺める。直人は雑誌を濡れないようにTシャツの中に潜り込ませ、服の上からそれを押さえた。

「んじゃ、帰るわ」

 啓介が返事をするよりも先に階段の下から飛び出して、倒れた自転車を起す。ペダルに足をかけて漕ぎ出した瞬間、直人がこちらを振り返った。

「啓介、お前は中途半端なんかじゃねぇよ。俺、応援してっからな!」

 それだけ言うと勢いよくペダルを踏み込んでスピードを上げた。啓介も雨の中へ駆け出し、離れていく背中に向かって叫ぶ。

「ありがとう!」

 直人は振り返らなかったが、きっと聞こえただろう。
 やっぱりこれは恋だったかもしれないなぁと思いつつ、この感情の正体は暴かないまま、胸の奥の箱に鍵をかけて大事に仕舞っておくことにした。
 
 雲の切れ間から、スポットライトのような光が差している。
 雨もじきに止むだろう。
 虹でも出たら最高なのになと、啓介は空に向かって両手を伸ばした。