追いついた直人が啓介の肩を力任せに掴んだ。その拍子にバランスが崩れて自転車が傾き、啓介は「うわっ」と悲鳴を上げる。何とか転ばず持ちこたえ、漕ぐのを止めて惰性で走り続ける自転車の上で冷や汗を拭った。

「ちょっと、馬鹿なの? 走りながら引っ張んないでよ」
「じゃあ逃げんなって。なに、俺どの地雷踏んじゃったの。教えて」
「どーせ直人は僕のこと、こいつキャラ作って痛いなーとか思ってたんでしょ」
「そんなこと言ってねぇだろ」

 また啓介が走り去らないように、直人は肩を掴んだまま諭すように言葉を続けた。

「お前が無理してんじゃねーかって、心配になっただけだよ。学校の人気者で皆からもそのキャラ求められてて、疲れるんじゃないかって」
「なにそれ」

 鼻で笑った啓介は、直人から視線をそらした。幹線道路を走る車を眺めながら、さてどうしたもんかと思案する。「これが素だよ」と言ったら、直人はどんな顔をするだろう。

 啓介の女性っぽい仕草や口調は、『キャラ』と言えばそれで全て片付けられた。小中高と、今まで茶化されることもなく平穏に過ごせてきたのは、見た目の良さと喧嘩が強かったお陰かもしれない。

 女子に囲まれて賑やかに雑談をしていても、それで男子から妬まれることはなかった。啓介が「ガールズトークなの」と言って可愛らしく微笑めば、「お前は女子みたいなもんだもんな」と納得してくれる。
 女子の方でも「啓介はみんなのもの」という暗黙のルールを作っているようだった。生徒同士で牽制し合い、抜け駆け出来ない状態なので、啓介が面倒な告白に煩わされることはない。

 啓介の心と体の性別が一致しているのか、いないのか。
 その辺は曖昧にぼかしたまま誰も直視せず、それこそ「そういうキャラ」としか思われていなかったとしても。
 それでも今の状況は啓介にとって、とても楽で有難かった。

「別に無理してないよ」

 本心だったが、高校から知り合った直人がどういう風に受け取ったかは、解らない。何となく「本当に?」と言いたげな視線を感じたが、啓介は気付かないフリをして川に架かる橋を無言で下った。相変わらず肩には直人の手が置かれたままで、頬を撫でる風は生暖かくて湿っぽい。

「今日バイトだよな。じゃ、また後で」
「うん、じゃあね」

 橋を下り切り、分かれ道に差し掛かると直人が軽く片手を挙げた。啓介もそれに応えるように手を振る。
 一人になっても先ほどまで直人の手が置かれていた肩が熱くて、それを振り切るように自転車を漕ぐ速度を上げた。