「よし、快と永遠は抜けていいぞ。名無しはそのまま残れ」
「えーっ。なんでコイツだけ一人で撮るんだよ。ズルいだろ」
「お前たちは他の場所でモデルの経験があるんだろ。名無しは事務所も決まってない、今日が初めてのド素人なんだよ。少し場慣れしてもらわにゃ困るだろうが」
啓介は眉をピクリと上げる。全くその通りなのだが、何だかイチイチ癪に障る言い方だ。
快は加勢の言葉に、軽く目を見開いた。
「は。コイツ今日が初めてだったの? 態度デカすぎない」
「ねえねえお兄さん。名前決まってないなら『刹那』にしなよ。永遠とペアっぽくていいでしょ」
「おい永遠。それじゃ俺が除け者みたいだろ、ダメだそんなの」
快が人差し指で永遠の頭を軽く小突く。「良い案だと思うけど」と、不満そうに永遠が口を尖らせた。
「ありがとう、永遠。でも、刹那なんて、すぐ消えちゃいそうな名前じゃない?」
「そんなことないよ。刹那って、永遠よりも永い時間な気がする」
「へぇ。哲学的ね」
啓介が感心しながら唸ると、快は「さっすが中二病」と揶揄うように笑った。頬を膨らませる永遠を慰めながら、ことごとく快とは気が合わないなと啓介は思う。
「ほら、お前たちはいいからもう行けって。名無しはそこで好きなポーズとってみろ」
追い払われた快と永遠が照明の下から捌けて、啓介は一人取り残された。好きなポーズと言われても。はて、と少し考えた後、スーツの形が綺麗に見えるように思い付くまま動いてみた。
「んー。悪くねぇけどつまんねぇな。もっとイイ顔してみろよ」
「良い顔って、どんな顔?」
啓介は息を吐きながらぐるりと首を回す。加勢の言うことは、何だか抽象的でピンとこない。加勢がシャッターを押すのを止め、カメラを降ろした。
「さァな。俺がそれを一言で説明できりゃ、何の苦労もねぇんだけど。お前、顔は綺麗だけど人形みたいなんだよな。なんにも伝わってこねぇ」
「服さえよく見えれば良いんじゃないの」
「そんならマネキンで済むハナシだろ。そうじゃねぇんだよ。もっと感情を乗せてくれよ。カメラの向こう側にいる人間の心臓を、握り潰すつもりでさ」
啓介は考え込むように顎に手を添える。
「つまり、加勢さんの心臓を握り潰すってコト?」
「俺も含めて、もっと先まで」
漠然とした例えに、啓介は困ったように首を傾げた。ヘラヘラしていた加勢の顔から笑みが消える。
「お前が今立っている場所に、辿り着きたくて死ぬほど努力しても叶わない奴がゴマンといる。そんな奴らが雑誌を手に取ってお前を見た時『何でこんなヤツが』と失望するのか、『いつかこんな風になりたい』と憧れられるのか。お前は何になりたい? どんな風に見て欲しい? 誰に何を届けたい? お前はどんな武器を手に入れたいんだ」
強い風が吹き抜けたような気がした。
目から鱗が落ちるなんてレベルではない。体中の古い細胞が木っ端みじんに弾け飛び、生まれ変わって物凄い勢いで再構築されていくようだった。
別に崇拝など望んでいない。
それでも失望なんかされたくない。
どんな武器が欲しいかだって?
そんなの決まってる。
誰彼構わず手あたり次第に撃ち抜くマシンガンじゃなくていい。
たった一人でも、深く刺さる刀が欲しい。
「南野さんは氷の刃に見えたんだ。エレナはリボルバーだと思った。もしかして、それが彼女たちの中にある武器なのかな」
「なるほど、良い例えだ。それならお前は? ページを捲ってお前を見た瞬間、相手の心を捕らえる武器はなんだ」
啓介は光が反射するレンズを見据えながら、その先を想像する。身体が燃えるように熱くて、前へ進めと細胞のひとつひとつが叫んでいるようだった。
「僕は日本刀が良い。襟首掴んで引き寄せて、刃先を喉元に突き付けてみたい」
「……お前は切れ味が良さそうだ。手加減せずに、そのまま刺し貫け」
啓介の目に炎が灯り、知らぬ間に唇は笑みの形を作る。舌なめずりをすると、加勢が息を呑んだ。その瞬間から、シャッターを切る手は止まらなくなる。眩い光を浴びながら、脳内麻薬がジャブジャブ溢れた。こんな甘美を享受できるなら、撮影の仕事も悪くない。
啓介が、挑むようにカメラを見据えて問いかける。
「ねぇ。僕、良い顔できてる?」
加勢が「ああ」と低く答えて、ようやく手を止めた。
「完璧だ」
無意識に心臓をさする加勢を見て、啓介は満足気に微笑む。
まずは、一つ。
どうやら心臓を握り潰せたようだ。
「えーっ。なんでコイツだけ一人で撮るんだよ。ズルいだろ」
「お前たちは他の場所でモデルの経験があるんだろ。名無しは事務所も決まってない、今日が初めてのド素人なんだよ。少し場慣れしてもらわにゃ困るだろうが」
啓介は眉をピクリと上げる。全くその通りなのだが、何だかイチイチ癪に障る言い方だ。
快は加勢の言葉に、軽く目を見開いた。
「は。コイツ今日が初めてだったの? 態度デカすぎない」
「ねえねえお兄さん。名前決まってないなら『刹那』にしなよ。永遠とペアっぽくていいでしょ」
「おい永遠。それじゃ俺が除け者みたいだろ、ダメだそんなの」
快が人差し指で永遠の頭を軽く小突く。「良い案だと思うけど」と、不満そうに永遠が口を尖らせた。
「ありがとう、永遠。でも、刹那なんて、すぐ消えちゃいそうな名前じゃない?」
「そんなことないよ。刹那って、永遠よりも永い時間な気がする」
「へぇ。哲学的ね」
啓介が感心しながら唸ると、快は「さっすが中二病」と揶揄うように笑った。頬を膨らませる永遠を慰めながら、ことごとく快とは気が合わないなと啓介は思う。
「ほら、お前たちはいいからもう行けって。名無しはそこで好きなポーズとってみろ」
追い払われた快と永遠が照明の下から捌けて、啓介は一人取り残された。好きなポーズと言われても。はて、と少し考えた後、スーツの形が綺麗に見えるように思い付くまま動いてみた。
「んー。悪くねぇけどつまんねぇな。もっとイイ顔してみろよ」
「良い顔って、どんな顔?」
啓介は息を吐きながらぐるりと首を回す。加勢の言うことは、何だか抽象的でピンとこない。加勢がシャッターを押すのを止め、カメラを降ろした。
「さァな。俺がそれを一言で説明できりゃ、何の苦労もねぇんだけど。お前、顔は綺麗だけど人形みたいなんだよな。なんにも伝わってこねぇ」
「服さえよく見えれば良いんじゃないの」
「そんならマネキンで済むハナシだろ。そうじゃねぇんだよ。もっと感情を乗せてくれよ。カメラの向こう側にいる人間の心臓を、握り潰すつもりでさ」
啓介は考え込むように顎に手を添える。
「つまり、加勢さんの心臓を握り潰すってコト?」
「俺も含めて、もっと先まで」
漠然とした例えに、啓介は困ったように首を傾げた。ヘラヘラしていた加勢の顔から笑みが消える。
「お前が今立っている場所に、辿り着きたくて死ぬほど努力しても叶わない奴がゴマンといる。そんな奴らが雑誌を手に取ってお前を見た時『何でこんなヤツが』と失望するのか、『いつかこんな風になりたい』と憧れられるのか。お前は何になりたい? どんな風に見て欲しい? 誰に何を届けたい? お前はどんな武器を手に入れたいんだ」
強い風が吹き抜けたような気がした。
目から鱗が落ちるなんてレベルではない。体中の古い細胞が木っ端みじんに弾け飛び、生まれ変わって物凄い勢いで再構築されていくようだった。
別に崇拝など望んでいない。
それでも失望なんかされたくない。
どんな武器が欲しいかだって?
そんなの決まってる。
誰彼構わず手あたり次第に撃ち抜くマシンガンじゃなくていい。
たった一人でも、深く刺さる刀が欲しい。
「南野さんは氷の刃に見えたんだ。エレナはリボルバーだと思った。もしかして、それが彼女たちの中にある武器なのかな」
「なるほど、良い例えだ。それならお前は? ページを捲ってお前を見た瞬間、相手の心を捕らえる武器はなんだ」
啓介は光が反射するレンズを見据えながら、その先を想像する。身体が燃えるように熱くて、前へ進めと細胞のひとつひとつが叫んでいるようだった。
「僕は日本刀が良い。襟首掴んで引き寄せて、刃先を喉元に突き付けてみたい」
「……お前は切れ味が良さそうだ。手加減せずに、そのまま刺し貫け」
啓介の目に炎が灯り、知らぬ間に唇は笑みの形を作る。舌なめずりをすると、加勢が息を呑んだ。その瞬間から、シャッターを切る手は止まらなくなる。眩い光を浴びながら、脳内麻薬がジャブジャブ溢れた。こんな甘美を享受できるなら、撮影の仕事も悪くない。
啓介が、挑むようにカメラを見据えて問いかける。
「ねぇ。僕、良い顔できてる?」
加勢が「ああ」と低く答えて、ようやく手を止めた。
「完璧だ」
無意識に心臓をさする加勢を見て、啓介は満足気に微笑む。
まずは、一つ。
どうやら心臓を握り潰せたようだ。