加勢の持つカメラのレンズが大きな眼球に見えて、ぞわりと肌が粟立った。
自分の中身が、何もかも暴かれてしまいそうだ。
「喧嘩をしよう」という物騒な言葉に、啓介たちの空気が揺れたのを察したのかもしれない。加勢は可笑しそうにニヤリと口端を上げた。
「まぁそう構えんなって。とりあえず三人まとめて撮るから、そこのソファに好きなように座ってくれ。最初はカメラを見なくていい。なんなら三人で気楽に雑談してて構わない」
加勢が顎でスタジオの中央を示す。
来た時には白壁しかなかった空間に、古びたレンガ模様の布が吊るされていた。そのレンガの布を背景に、真っ赤なベルベットのソファがポツンと一つ置かれている。高級感のあるアンティークなデザインはどこか退廃的で、まるでヴァンパイアの眠る古城のような雰囲気だ。
「なんか、吸血鬼が住んでそうな城って感じだな」
快はそう言いながらスタジオの中央に進み出て、ソファの真ん中を陣取り足を組んだ。自分と快の思考回路が似ていることに、啓介は少し複雑な気分になる。無言のまま啓介もソファに近づき、先に座っている快を見下ろした。
二人掛けのソファの真ん中に居られては、もう座るスペースは残されていない。
「ねぇ、どっちかにつめてくれない?」
「ヤダよ。俺が王様で、お前らは下僕って感じで行こうぜ。両側に控えろよ」
「そんなのお断り」
啓介は言うと同時に快の右側に無理やり体を捻じ込んで座った。「何だよオマエ!」と抗議しながらも快が思わず身を引いたので、無事に自分のスペースを確保する。
啓介は肘掛けに腕を預け頬杖をつき、勝ち誇ったような視線を快に送った。苦々しい表情で快が啓介を睨み返す。
その間もシャッターを切る音は絶えず続いていた。
「キミはそこでいいの?」
啓介は体をのけ反らせ、背もたれの後ろ側に立っていた永遠に問いかけた。永遠は考え込むように首を少し傾ける。
「そうだね。それなら私は、二人の上に乗ろうかな」
どういう意味かと尋ねる前に、永遠はソファの後ろ側から前に回り込んだ。中性的な顔でにっこり微笑み、遠慮なく啓介と快の膝の上に仰向けに寝そべる。
予想外のことに呆気に取られ、つい快と顔を見合わせてしまった。しかし直ぐに、お互いツンと澄ましてそっぽを向く。
快が気まずさを誤魔化すように、不機嫌そうな声を出した。
「永遠、なんなんだよオマエ。降りろよ」
「だって、こうしないと私の座るところないじゃん」
膝に頭を乗せている永遠が「ねえ?」と同意を求めるので、啓介は困惑気味にうなずいた。永遠は満足そうに目を細め、加勢に向かって「バラの花びら降らせて欲しい」と呼び掛ける。加勢がカメラを構えたまま豪快に笑った。
「男三人って聞いたときはむさくるしいと思ったが、案外絵になるな。バラの花びらか。用意しときゃよかった」
「男三人?」
啓介と快の声が重なる。
「なんだ、永遠は女の子じゃないのかよ。終わったら連絡先聞こうと思ってたのに。なんで男なのに自分のこと『私』って言ってんの」
「ちょっと」
快の無遠慮な発言に、啓介は眉をひそめてたしなめる。まるで自分に向かって言われているようで、どうにも居心地が悪かった。
しかし当の本人である永遠は、ケロッとした調子で快を見る。
「『私』って言うのは、自分を表す言葉でピンと来るのがないから仕方なく。あ、でも私はトランスジェンダーと少し違うの。Xジェンダー」
「何それ」
間髪入れずに聞き返す快に、永遠はクスクス笑った。
「Xジェンダーにも種類があるから、一言じゃ説明できないな。私は『中性』なの。お家に帰ったら調べてみてよ。ねぇ、お兄さんも私と一緒でしょ?」
膝の上から真っ直ぐに見上げられ、啓介は固まる。
永遠の発した単語は以前検索した時に引っかかったワードなので、既に知っていた。
Xジェンダーの中性は、『自身を男と女の中間だと認識している人』を指す。
啓介は永遠の目を見返しながら、静かに息を吐きだした。
「僕はちょっと違う。多分、Xジェンダーの『不定性』だから」
『二つの性の間で自認する性が揺れ動く』その一文を見た時には、我ながら面倒臭いなと思ったものだ。
誰にも。
直人にさえ言っていない告白は啓介なりに覚悟が要ったが、永遠は「そっかぁ」とさっぱりした答えを返しただけだった。
それはまるで目玉焼きに何をかけるかを問い、塩という返答を聞いたような、そんな気軽さだった。何でもない事のような反応がなぜか嬉しくて、啓介は思わず永遠の頭をよしよしと撫でる。
「じゃ、そろそろ目線もらえるか。……そういや、お前らの名前まだ聞いてなかったな」
加瀬からの問いかけに、永遠が少しだけ上体を起して「私は、永遠」と名乗った。それに続いて快が軽く手を挙げる。
「俺は快。母親は有名なスタイリスト」
「ああ、知ってる。ルーシーだろ? 快は本名のまま活動するのか」
「んー、多分」
加勢が残る啓介にピントを合わせた。啓介は逡巡しながら天井をぐるりと見回したが、結局なにも思い付かない。
「僕は、まだ決めてない」
「そうか、お前は名無しか」
レンズ越しに加勢が、意地悪く告げた。