「急に編み上げブーツを合わせたくなっちゃってさ。もしかして同じこと考えてた? 残念だったねぇ」
言いながら、ひけらかすように足を組んでブーツを見せつける。
啓介は快と呼ばれた男性を見て、唇を噛んだ。
啓介と同ブランドのスーツに黒いシャツを合わせ、首元は色の違うネクタイを二本使い、アレンジの効いたリボン結びにしていた。パンツはわざとたるみを持たせながらブーツインしている。
ブーツを先に取られたことも、それを得意気に誇示されたことも、別にどうでもよかった。ただ、彼の選んだ小物や服のセンスが予想以上に良いことが、何よりも悔しかった。
雑誌の中で見るコーディネートに憧れを抱くことはあっても、他人のセンスに嫉妬したのは初めてのことだ。
負けたくないと強烈に思った。
「松永さん、ごめんね。ブーツはもういいや。ブランドカラーの入ったスニーカー借りたいな」
悔しそうな顔なんか一ミリもするもんかと、啓介は悠然と微笑んで見せる。松永はまたしても脳内シミュレートしたらしく、ポンと手を打った。
「あのスニーカーか! それも合うね。きみ、本当にセンス良いな」
親指を立てて歯を覗かせた松永がメイクルームから出ていくのを、啓介はわざとらしいほど機嫌良く見送った。それから快の方に椅子をクルっと回転させる。
「えーっと、それで何だっけ。あ、ブーツ? 僕は使わないから全然ヘーキ。お気遣いありがとぉ」
朗らかな声で言ってのければ、快から遠慮のない舌打ちが返ってきた。啓介はそれを鼻で笑う。「おとといきやがれ」と心の中で毒づきながら。
「こら。高校生コンビ、喧嘩しないの」
永遠のメイクを仕上げながら、ヘアメイクの女性が笑う。「高校生コンビ?」と、啓介が首を傾げた。
「そうだよ、あなたたち同い年。二人とも桜華大が志望校なんでしょ? 先は長いんだから、仲良くしときなよ」
快が「桜華大まで一緒かよ」と声を上げる。それはこっちのセリフだと思いながら、啓介も眉を寄せた。大人びた顔立ちのせいでもっと年上に見えたのだが、快が同い年だとは思わなかった。
「さて、永遠は出来上がり。快くんも完成してるから、二人とも先にスタジオ行って良いよ」
「私、このお兄さんが変身するとこ見てたい。いいでしょ? 真由ちゃん」
「えー。じゃぁ俺も見てよっかな」
永遠と快が揃って言うので、真由は苦笑いした。
「いいけど大人しくしててね。それにしてもキミたち、松永くんの用意した衣装、ことごとくアレンジしちゃったね。まぁ、ブレイバーのコンセプト的にはそれが正しいんだろうけど。ちなみに私も松永くんもブレイバー担当だから。今後ともよろしくね」
話しながらも手際よく作業を進めていく。
真由が選んだのは真っ白いウルフカットのウィッグだった。トップは丸く短めで、襟足は肩に届くほどの長さだ。それでもレイヤーが入っているおかげで、重い印象は全く感じない。
前髪を横に流して馴染ませながら、真由が唸った。
「明るい髪色って日本人には難しいんだけど、キミは白い髪も似合うね。武器になるよ」
それは良い事を聞いたと思っていると、永遠も快も真剣な表情で真由の手元に見入っていた。真由がメイク道具を取り出すたびに、永遠は先ほどのノートにメモを取る。それは一つも残らず知識を取り込もうとしている、貪欲な姿だった。
ああそうか。と啓介は納得する。
撮影現場に来れば何かしら学べるとは思っていたが、そんな漠然とした考えでは甘かった。受け身でいたら、あっという間に時間だけが過ぎてしまう。何が必要で何が必要でないのか、今はまだそれを取捨するレベルにすらないのだ。永遠も快も、全て吸収するつもりで臨んでいる。
焦る気持ちが湧く一方で、何だか笑い出したい衝動に駆られた。
――ここにいる人たちに服について一の質問をしたら、きっと十返って来るんだろうな。
「ねぇ。このコーデでネイルを黒にするの、どう思う?」
試しに啓介が問いかけると、永遠が「アリ」と即答し、快が「ナシ」と首を振る。
「黒? ありきたりじゃねぇか。俺は差し色で赤がいいと思う」
「赤じゃ浮いちゃって、最初に爪に目が行っちゃうよ。今日のコーデなら、私たち三人とも絶対に黒が良い」
早速議論が始まって、啓介は嬉しくて吹き出した。色の組み合わせだとかデザインだとか、学校では興味無さそうに聞き流されてしまう話題も、彼らなら飽きることなくいつまででも付き合ってくれそうだ。
「いいんじゃない。今日は初顔合わせの記念に、三人お揃いで黒にしたら? あ。松永くん、戻って早々悪いんだけど、永遠と快くんの爪、黒に塗ってくれる?」
スニーカーを手に戻ってきた松永に、真由からの指示が飛ぶ。爪が一つずつ黒く塗られるたびに、自分が新しく生まれ変わるようで胸が躍った。
「さぁ出来た。それじゃ、三人とも行っておいで。健闘を祈るよ」
ネイルが乾いたことを確認した真由が、三人の背中を叩いて送り出す。
スタジオに戻ると、緑川とカメラを手にした背の高い男が談笑していた。啓介たちに気付いた緑川は、手招きをして呼び寄せる。
「三人とも素敵に仕上げてもらったわね。こちら、カメラマンの加勢さんよ。ご挨拶なさい」
言われて三人バラバラに「よろしくお願いします」と頭を下げれば、頭上からククッと喉を鳴らす笑い声が降ってきた。
「まぁた、揃いも揃って生意気そうなの連れて来ましたね」
浅黒い肌に程よく筋肉の付いた体。顎には無精ひげをたくわえ、ほのかに煙草の匂いがする。
三十代半ばくらいに見えるその男は、自分の顎をさすりながら面白そうに啓介たちを見た。
「ようこそ新人さん。それじゃあ今から、俺とレンズ越しに喧嘩をしよう」
言いながら、ひけらかすように足を組んでブーツを見せつける。
啓介は快と呼ばれた男性を見て、唇を噛んだ。
啓介と同ブランドのスーツに黒いシャツを合わせ、首元は色の違うネクタイを二本使い、アレンジの効いたリボン結びにしていた。パンツはわざとたるみを持たせながらブーツインしている。
ブーツを先に取られたことも、それを得意気に誇示されたことも、別にどうでもよかった。ただ、彼の選んだ小物や服のセンスが予想以上に良いことが、何よりも悔しかった。
雑誌の中で見るコーディネートに憧れを抱くことはあっても、他人のセンスに嫉妬したのは初めてのことだ。
負けたくないと強烈に思った。
「松永さん、ごめんね。ブーツはもういいや。ブランドカラーの入ったスニーカー借りたいな」
悔しそうな顔なんか一ミリもするもんかと、啓介は悠然と微笑んで見せる。松永はまたしても脳内シミュレートしたらしく、ポンと手を打った。
「あのスニーカーか! それも合うね。きみ、本当にセンス良いな」
親指を立てて歯を覗かせた松永がメイクルームから出ていくのを、啓介はわざとらしいほど機嫌良く見送った。それから快の方に椅子をクルっと回転させる。
「えーっと、それで何だっけ。あ、ブーツ? 僕は使わないから全然ヘーキ。お気遣いありがとぉ」
朗らかな声で言ってのければ、快から遠慮のない舌打ちが返ってきた。啓介はそれを鼻で笑う。「おとといきやがれ」と心の中で毒づきながら。
「こら。高校生コンビ、喧嘩しないの」
永遠のメイクを仕上げながら、ヘアメイクの女性が笑う。「高校生コンビ?」と、啓介が首を傾げた。
「そうだよ、あなたたち同い年。二人とも桜華大が志望校なんでしょ? 先は長いんだから、仲良くしときなよ」
快が「桜華大まで一緒かよ」と声を上げる。それはこっちのセリフだと思いながら、啓介も眉を寄せた。大人びた顔立ちのせいでもっと年上に見えたのだが、快が同い年だとは思わなかった。
「さて、永遠は出来上がり。快くんも完成してるから、二人とも先にスタジオ行って良いよ」
「私、このお兄さんが変身するとこ見てたい。いいでしょ? 真由ちゃん」
「えー。じゃぁ俺も見てよっかな」
永遠と快が揃って言うので、真由は苦笑いした。
「いいけど大人しくしててね。それにしてもキミたち、松永くんの用意した衣装、ことごとくアレンジしちゃったね。まぁ、ブレイバーのコンセプト的にはそれが正しいんだろうけど。ちなみに私も松永くんもブレイバー担当だから。今後ともよろしくね」
話しながらも手際よく作業を進めていく。
真由が選んだのは真っ白いウルフカットのウィッグだった。トップは丸く短めで、襟足は肩に届くほどの長さだ。それでもレイヤーが入っているおかげで、重い印象は全く感じない。
前髪を横に流して馴染ませながら、真由が唸った。
「明るい髪色って日本人には難しいんだけど、キミは白い髪も似合うね。武器になるよ」
それは良い事を聞いたと思っていると、永遠も快も真剣な表情で真由の手元に見入っていた。真由がメイク道具を取り出すたびに、永遠は先ほどのノートにメモを取る。それは一つも残らず知識を取り込もうとしている、貪欲な姿だった。
ああそうか。と啓介は納得する。
撮影現場に来れば何かしら学べるとは思っていたが、そんな漠然とした考えでは甘かった。受け身でいたら、あっという間に時間だけが過ぎてしまう。何が必要で何が必要でないのか、今はまだそれを取捨するレベルにすらないのだ。永遠も快も、全て吸収するつもりで臨んでいる。
焦る気持ちが湧く一方で、何だか笑い出したい衝動に駆られた。
――ここにいる人たちに服について一の質問をしたら、きっと十返って来るんだろうな。
「ねぇ。このコーデでネイルを黒にするの、どう思う?」
試しに啓介が問いかけると、永遠が「アリ」と即答し、快が「ナシ」と首を振る。
「黒? ありきたりじゃねぇか。俺は差し色で赤がいいと思う」
「赤じゃ浮いちゃって、最初に爪に目が行っちゃうよ。今日のコーデなら、私たち三人とも絶対に黒が良い」
早速議論が始まって、啓介は嬉しくて吹き出した。色の組み合わせだとかデザインだとか、学校では興味無さそうに聞き流されてしまう話題も、彼らなら飽きることなくいつまででも付き合ってくれそうだ。
「いいんじゃない。今日は初顔合わせの記念に、三人お揃いで黒にしたら? あ。松永くん、戻って早々悪いんだけど、永遠と快くんの爪、黒に塗ってくれる?」
スニーカーを手に戻ってきた松永に、真由からの指示が飛ぶ。爪が一つずつ黒く塗られるたびに、自分が新しく生まれ変わるようで胸が躍った。
「さぁ出来た。それじゃ、三人とも行っておいで。健闘を祈るよ」
ネイルが乾いたことを確認した真由が、三人の背中を叩いて送り出す。
スタジオに戻ると、緑川とカメラを手にした背の高い男が談笑していた。啓介たちに気付いた緑川は、手招きをして呼び寄せる。
「三人とも素敵に仕上げてもらったわね。こちら、カメラマンの加勢さんよ。ご挨拶なさい」
言われて三人バラバラに「よろしくお願いします」と頭を下げれば、頭上からククッと喉を鳴らす笑い声が降ってきた。
「まぁた、揃いも揃って生意気そうなの連れて来ましたね」
浅黒い肌に程よく筋肉の付いた体。顎には無精ひげをたくわえ、ほのかに煙草の匂いがする。
三十代半ばくらいに見えるその男は、自分の顎をさすりながら面白そうに啓介たちを見た。
「ようこそ新人さん。それじゃあ今から、俺とレンズ越しに喧嘩をしよう」