北関東三県のうちの一つ。古くから織物で有名なこの町は、山と川に囲まれ、田舎と呼ぶに相応しい自然に恵まれていた。
 かと言って不便かと聞かれればそんなこともなく、全国的に普及している飲食店や量販店は大体揃っていたし、小洒落た店も少数ではあるが存在する。なにより特急列車に乗れば、二時間余りで容易に都内に行くことも出来た。
 普通に生活する分には全く問題ないのだが、なんとも中途半端で常に物足りなさを感じる。
 啓介にとってこの町は、兎にも角にも退屈だった。

「あー。そっか」

 無造作に停めた自転車のカゴに鞄を放り込みながら、ふいに気が付く。

「直人はこのチャリ見て、僕が高架下にいるってわかったのか」
「そうだよ。こんな土手の真ん中に唐突に停めてあったら、どうしたんだろって思うじゃん」

 ぶすっとした表情で直人は自分の自転車にまたがると、啓介を待たずに漕ぎ出した。絡まれる度に喧嘩に応じてしまうことに腹を立てているのかと思い、啓介は直人に追いついて「ごめん」と告げる。

「心配してくれて、ありがとね。これからは、なるべく喧嘩しないようにするから怒んないでよ」
「喧嘩? あぁ、うん。ホント気を付けろよ」
「あれっ。怒ってる理由、喧嘩じゃないの?」
「は? 俺は別に怒ってないし」

 いやいや、怒ってるでしょう。と、啓介は直人の自転車を足で小突いた。ぐらりと自転車が揺れて、直人は慌ててハンドルを切る。

「危ねぇな。ばーか」
「直人って口悪いよね」
「すぐに手と足が出るお前もどうかと思うけど。あと、自分のこと『僕』って言っても違和感ない見た目なのに、俺より喧嘩つえーとこもコワい」
「つまり僕は、強くて可愛くて最強ってこと? 直人、褒め過ぎぃ」

 機嫌良さそうにケラケラ笑う啓介を横目に、直人は大きなため息を一つ吐いた。

「あのさぁ。前から思ってたんだけど、その女っぽいキャラ疲れねぇの?」

 だらだらペダルを漕ぎながら、直人が呆れたような声色で言う。
 直人に合わせるようにゆっくり並走していた啓介は、「は?」と顔をしかめ、次の瞬間、勢いよくスピードを上げて一人先に行ってしまった。
 置き去りにされた直人はポカンとしたまま遠ざかる背中を眺めていたが、我に返り慌ててペダルを踏み込む。

「オイ、何だよ急に。啓介っ」
「先帰る。じゃーね!」

 啓介は振り返って直人を睨み、すぐにプイッと前を向いてしまった。直人は舌打ちしながらも、更にペダルを漕ぐ足に力を込める。

「待てってば! 何で啓介は短時間でジェットコースターみたいに機嫌良くなったり悪くなったりすんだよ」