その容姿から外国人の可能性が頭をよぎったが、日本語のイントネーションは完璧だった。

「……こちらこそ、よろしく」
「ん、何か引っかかった? あぁ、外国人だと思ったのか。こんな見た目でも俺、日本人だから。まぁ母親はアメリカ人だけど」

 啓介の返答が一拍遅れたので、彼はそう解釈したらしい。啓介は「あー、ううん」と、ゆっくり首を横に振る。

「それもあるけど、さっきモデル二人のバチバチしたのを見ちゃったから。ずいぶんフレンドリーだなぁと思って」
「アンタにそんな露骨に嫌な態度はとらないよ。腹ん中じゃ色々思ってたとしてもさ。表面上は仲良くしといて損はないでしょ。問題児だと思われて撮影に呼ばれなくなってもヤだし」

 着替えを終えた彼はその言葉を残し、早々に控室から出て行った。
 ささくれ程度の小さな棘が、チクリと胸に刺さる。つまり彼は、腹の中で色々思っていると言うことか。そしてそれを隠そうともしない。
 モヤモヤしながら啓介は、松永が広げてくれた白いワイシャツにするりと袖を通す。

「うわ、コレ肌触り凄くいいね。コットンポプリン?」
「そう。よくわかったね」

 苛ついていたことも忘れ、啓介は感嘆の声を上げた。サラサラした肌ざわりなのに、ハリのある生地が心地いい。しかし啓介は「だけどなぁ」と、松永が手にしている残りの衣装を見て惜しそうに唸った。

「もしかして今日のコーデって、スーツなの」
「そうだよ。ジャケットとパンツさえ着てくれれば、インナーは変えてもいいって言われてるけど。あ、もちろん同じブランドでね。何か試してみたいコーデあった?」
「ある。取ってきていい?」

 細身のピンストライプスーツは、ボタンもポケットの位置も洒落ている。白いワイシャツを合わせた王道も良いが、もう少し遊ぶのも面白そうだ。

 啓介は更衣室を飛び出し、来る途中で目に留まった衣装ラックへ一直線に向かった。
 お目当ての黒いニットセーターを手に取り、にんまり笑う。様々なフォントでカラフルなブランドのロゴが散りばめられていて、着る人を選ぶ派手派手しいデザインだ。
 これ単体で着るとお洒落とダサいの紙一重だが、あのスーツに合わせてチラリと覗かせるくらいならば、きっと丁度いいアクセントになる。
 啓介はキョロキョロ辺りを見回し、アクセサリーの並ぶ机の上から、同じブランドのチョーカーを手に取って更衣室へ戻った。

「えっ、それ合わせるつもり?」

 啓介が持ち帰ったものを見て、ギョッとしながら松永が問いかけた。「そうだけど」と、涼しい顔で啓介はそれらを松永に手渡す。

「あと、編み上げのブーツが欲しいなぁ」
「……うん、そうだね。この合わせ方、アリかもしれないな」

 脳内でコーディネートを再現したらしい松永がうなずく。どうやら悪くないと思ってくれたようだ。
 せっかく着せてもらった白いワイシャツを今度は脱がせてもらいながら、ふいにシャツに対して申し訳ない気持ちが湧いた。

「ごめんね、キミも素敵だったのに」

 袖から静かに腕を引き抜く時、思わず呟く。顔を上げたら、驚いたような松永と目が合った。服に話しかけるなんて、変な奴だと思われたかもしれない。しかし松永は、感激したように声を弾ませた。

「梅田くん、服が好きなんだねぇ。選ばれなかった服を大事に思ってくれてありがとう。嬉しいなぁ」

 意外な返答に、啓介はすぐに言葉が出なかった。
 松永は上機嫌でニットの上にジャケットを羽織らせ、チョーカーの留め金を締める。「いいね」と目を輝かせ、満足そうに微笑んだ。

「うん。すっごく良い。じゃあ、メイクルームに移動しようか。メイクしてる間に、俺はブーツを探してくるよ」

 こっちこっちと案内され、メイクルームで鏡の前に座らされた。松永がヘアメイクの女性に声をかける。

「インナー変えちゃったけど、メイク対応できる?」
「あら。変更の可能性は聞いてたけど、思った以上に変えたわねぇ。でも、面白い組み合わせ。やっぱり若い子の発想っていいね。メイクは問題ないわ、道具も多めに持ってきてるし。そうね、ウイッグは白にしようか」

 ちょっと待っててねと言われ、啓介は大人しく鏡の前で待つ。スーツの着心地は最高だが、高価なので落ち着かない。
 ふと視線を横に向けると、確実に自分より年下だと思われる少年が、熱心にノートを読みふけっていた。
 退屈だった啓介はそのノートを盗み見て、「あっ」と思わず声を上げる。