トップモデル二人が散らす火花にあてられて、何だか早々に疲れてしまった。そんな気持ちが顔に出ていたのかもしれない。緑川は苦笑いして、労うように啓介の肩を叩いた。

「あの子たち、負けん気が強いでしょう。二人とも桜華大の卒業生でね、学生時代から良いライバルなの」
「え、じゃあデザイナー志望だったの?」
「いいえ、最初からモデル志望よ。彼女たちはファッションの知識を深めたいと言ってね、モデルの仕事をしながら服飾について学んでいたの。二人とも本当に勉強熱心で、お互いの存在をとても意識して切磋琢磨していたわ」
「へぇ。二人ともプロ意識のカタマリなんだ」

 啓介が感心したようにうなずく。
 服飾の専門知識がなくてもモデルの仕事は務まるだろうが、自分の着ている衣装がどんな素材でどんなふうに組み立てられたか、解かればもっと良い魅せ方が出来るかもしれない。

「でもさぁ、ランウェイモデルとスチールモデルで住み分けが出来てるんしょ。そんなに目の敵にしなくたっていいのに」
「そうね。でも、国内ならエレナさんもランウェイを歩くし、南野さんだって今日みたいに雑誌の撮影もある。境界線なんて曖昧よ。意識しない方が難しいわ」

 そんなもんなのかと首を傾げていると、スタイリストらしき男性が衣装を抱えてやってきた。その男性は緑川と軽く挨拶を交わし、次に啓介へと体の向きを変える。

「初めまして、松永です。この衣装、ブランドさんからの借り物なので、丁寧に扱わないといけなくて。なので、着替えを手伝わせて頂きますね」

 よく見れば、松永は両手に白い手袋をはめていた。一体どこのブランドだろうと、タグを覗き見て目を見開く。南野が着ていた衣装に負けず劣らずのハイブランドだ。

「もし傷つけちゃったらどうなるの? 僕、買取なんて出来ないよ」

 松永はその質問に答えるよりも先に、ホッとしたような表情を浮かべた。

「良かった、やっぱり男の子だよね。いや、男の子って聞いてたけど見た感じが思った以上に華奢で綺麗だったから、女の子なのかなって焦っちゃったよ。用意した衣装はメンズだしさ」

 二十代半ばに見える松永は、近所の親しみやすいお兄さんといった雰囲気があった。「男の子だよね」と言う言葉に悪意はないだろうし、啓介も不快に思ったりしない。
 ただ、そう問われると「どっちなんでしょうね」と聞き返したくもなってしまう。その答えを、誰よりも自分が一番知りたいのだから。

「男の子でも女の子でも、どちらだっていいじゃないの。梅田君なら、どんな服でもちゃんと着こなすわ」

 啓介の隣に並んだ緑川が、何でもない事のようにそう言った。啓介を庇うわけでも励ますわけでもなく、純粋に言葉通り「どちらでもいいじゃないの」と思っているらしい。啓介は大きな瞬きを繰り返す。そんな風に言われたのは初めてで、新鮮な感覚だった。
 男でも女でも、どちらでもいいのは凄く楽だ。

「梅田君、衣装のことは気にしないで。むしろ、そちらに気を取られて自由に動けないんじゃ、良い写真も撮れないわ。大丈夫よ、もし思いっきり破ってしまっても、編集長が買い取ってくれるから」

 あははと豪快に笑い、行ってらっしゃいと啓介の背中を押す。松永に促され、啓介は更衣室に足を踏み入れた。
 そこには先客がいて、スタイリストの手を借りながら男性モデルが着替えている最中だった。年の頃は啓介と同じくらいで、明るい栗色の髪とグレイを帯びた青い瞳が印象的だ。
 目鼻立ちの整った顔が、こちらを向く。

「もしかして、ブレイバーのモデル? 俺もそう。今日はよろしくね」