「そうよ。こんなところまで親に似るなんて、本当に参っちゃう。リューレントみたいな格式高いモード誌じゃなかったけど、十代に絶大な人気を誇るファッション雑誌で読モをしてたのよね」

 初めて聞く千鶴の話に、啓介は目を丸くする。

「モデルをしながら、都内の服飾科がある高校に通ってたの。自分にはそこそこ才能があると思っていたし、死ぬほど頑張ったつもりでいたんだけど、結局私には無理だった。高校卒業後に専門学校に進学したけど、限界が見えてすぐに辞めちゃったわ」
「何が一番辛かったの。やっかみ?」

 身を乗り出して尋ねる啓介に、千鶴は「ううん」と静かに首を振った。

「違う。自分が嫉妬する側に回ることが一番辛かった。妬まれる分には、戦えたの。でも、提出した課題をこっぴどくけなされたり、誰かの作ったドレスがとんでもなく素敵だったり、そんなことが積み重なっていくうちに、ちょっとずつ自分が削られていく気がして。いつの間にか夢に向かって進む人たちが眩し過ぎて、まともに見られなくなっちゃった。少し前まで、私は向こう側にいたはずなのに。この世界は私を求めてなんかいないんだって、どんどん自信がなくなって、そうするとモデルの仕事も上手くいかなくてね。笑えないのよ、カメラ向けられても」

 重い息を吐いて両手で顔を覆った千鶴を、啓介はそれ以上見ていられなくて目を伏せた。
 昨日までは、到底ピンとこない話だった。けれど今日、ランウェイを歩いた自分になら、その恐怖が少し想像できてしまう。
 震えながら戦っていた笹沼の姿が脳裏に蘇った。
 千鶴は才能の殴り合いに耐えられなかったのだろう。

 啓介は掛ける言葉を見つけられないまま、テーブルの上に置いた自分の手を見つめた。視界の端に映る母親が、泣いてなければいいなと思う。

「でも別に、後悔はしてないの。今の人生も大満足なのよ。だって学校を辞めてなかったら、啓ちゃんもこの世に存在してないわけだし。むしろ、あの選択は正解だったと思ってる」

 千鶴の発した声は明るかった。少しだけホッとしながらも、まだ顔を上げられない啓介は「そう」と短く相槌を打つ。

「二度と服なんか作らないと思ってたのに、ちっちゃな啓ちゃんがあんまり可愛いから、ついつい作っちゃったのよね。そうしたら楽しくて楽しくて。それで、今に至ってるワケだけど」
「そうだね。僕は何を着ても似合ってたから、作り甲斐あったでしょう。一枚の布から服を仕立てる千鶴は、魔法使いみたいで格好良かったよ。世界に一着しかない、フルオーダーで育った僕って凄いよね。おかげで、オーダーメイドとレディメイドとの違いを随分早くから感じられたし、感謝してる」

 初めて既製品(レディメイド)を着た時の違和感は、今でもよく覚えている。悪くは無いがしっくりこなくて、少し戸惑った。思い出したら可笑しくて、啓介はふっと小さく笑う。つられたように千鶴も笑ったが、その声は震えていた。

「啓ちゃんが私の真似をして服を作るの嬉しかったけど、こんなことになるなら止めればよかった」
「……そんなこと言わないでよ」
「辛い目に会うのが解ってるのに、あの世界に送り出すなんて出来ない。ごめんね、啓ちゃん。保護者同意書に、私は絶対に判を押さない。桜華大にも行かせないから」