地元の駅に到着し、駅舎を出ると外は真っ暗だった。
 それは日が落ちたからという単純な理由だけではなく、恐らく先ほどまで居た新宿と比べてしまっているせいだろう。
 不夜城とはよく言ったもので、あちらは日没など微塵も感じさせず、むしろ眩しいくらいだったのに。
 切れかけてチカチカ点滅する街灯が侘しさを助長させる。それを見上げながら、啓介は憂鬱そうに溜め息を吐いた。

「啓介」

 名前を呼ばれ、暗闇に目を凝らす。あまりにも殺風景な駅前ロータリーに、自転車にまたがる直人の姿を見つけた。困ったことに、一目で不機嫌だと解るほどの仏頂面をしている。

「ただいまぁ」

 機嫌を伺うようにヘラっと笑ってみせたが、直人の眉間の皺はますます深くなった。

「オマエさぁ、人に心配かけさせる天才だな。俺がどんな気持ちで待ってたかわかる?」
「電車の中から『大丈夫だよ』ってメッセージ返したじゃん」
「それじゃ遅せぇよ。泣き声で電話に出られた身にもなれっつーの。ホントなんかヤバいことにでも巻き込まれたのかと思って、超焦った」

 ぐったりと自転車のハンドルにもたれかかり、直人が顔を伏せる。流石に申し訳なくなって、啓介は神妙な面持ちで「ごめんね」と声を掛けた。

「ゴハン食べ行こ? 今日は僕が奢るから」

 それでも直人が顔を上げないので、啓介は困りながら直人のシャツを引っ張る。これで許して貰えないとなると、もうどうしていいのか解らない。

「ねぇねぇ、ごめんってば。だって僕疲れちゃって、説明する元気なかったんだもん。次から気を付けるからぁ」
「次なんて、あってたまるか。とにかく反省しろよ。もう心配かけるようなことすんな」

 鋭く睨まれ、反射的に拗ねたように唇を尖らせてしまう。それでも何とか「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。
 直人は諦めたように溜め息を吐き、前髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻く。

「まぁいいや、とりあえず飯行くか。乗って」

 自転車の後ろを顎で示され、啓介は進行方向とは逆を向いて荷台に跨った。直人と背中合わせの状態で座り、無邪気に「しゅっぱーつ」と声を掛ける。
 自転車は緩やかにスピードを上げ、寂れた駅がどんどん遠ざかっていった。碌に店もなく、街灯と街灯の間隔が広い道は、真っ暗で誰もいない。

――夜に飲み込まれそうだ。

 啓介は追いかけてくる闇を見つめながら、直人に寄り掛かかった。
 背中から伝わる体温だけが、今、唯一「自分はこの世に一人きりではない」ということの証明のように思えてくる。

「啓介、何食いたい?」
「なんでもいいよ」
「じゃ、お前んちの近くのお好み焼き屋行くか」
「えー。服に匂いが付くからヤダなぁ」

 思うままに答えたら、「はぁ?」と苛ついた声が返ってきた。

「お前、なんでもいいって言っただろうが」
「あっはは。そーだった。じゃぁいいよ、行こ。僕、明太チーズもんじゃ食べたいから、直人が作ってね」
「はいはい」

 呆れたような返事の後で「そういえばさ」と急に真剣なトーンに変わる。

「大学、どうだったんだよ」
「えー? あぁ、うん。面白かったよ」

 声に出したら、余計に実感した。
 そうだ。今日は抜群に面白い一日だった。

「直人、あのね……」
「でも、本気で東京に行くわけじゃないんだろ?」

 打ち明けようとした矢先、続く言葉を掻き消された。声にならなかった声は、暗い夜道に消えていく。

 一呼吸置いてしまうと、もう言い出せなくなってしまった。
 そもそもどこまで話して良いのだろう。
 雑誌のモデルになることは、契約的にも伏せた方がいいのだろうか。

「どうだろう、ね。わかんないや」

 不確定要素が多すぎる。もっと具体的に決まってから話しても遅くないだろう。
 そんな風に少しだけ都合よく言い訳をして、啓介は直人の背中に体重を預けた。