土手を登りきり、啓介は両手を挙げて伸びをする。
 遠くから「おーい」と言う声が聞こえ、啓介はそちらに目をやった。

「二人ともなにやってんの……って、うっわ、泥だらけ。ってか、もしかしてそれ血?」

 自転車を漕ぎながら近づいてきたクラスメイトが、二人の姿を見るなり驚いて急ブレーキをかけた。甲高い音が鳴り響き、啓介は思わず耳を塞ぐ。

「もしかして、また啓介からまれたの?」
「そう、聞いてよ。僕、一人で帰ろうとしたらね、椚高校のヤツらがここで待ち伏せしてたの。これで三回目だよ、酷いでしょ?」

 拗ねたように口を尖らせて、首を軽く傾ける。華奢な見た目と綺麗な顔のせいで、制服を着ていなかったら女子に見間違えられそうだ。クラスメイトは一瞬、啓介に見惚れたように息を呑んだが、ハッとして言葉を続けた。

「何でそんな絡まれるようになったんだよ」
「んー。初対面でいきなり、カラオケ行こって強引に誘われたんだよね。まぁ、全力で拒否したんだけど。それ以来、たまに絡んでくるようになっちゃった」
 
 直人とクラスメイトが「うわぁ」と同時に顔をしかめる。同情めいた眼差しを向けられたが、啓介はにっこり微笑んだ。

「僕は可愛いからね。しょーがない」
「まぁ、そうだけどさぁ、気を付けろよ」

 心配そうに啓介の肩を叩き、「じゃあ、またな」と、クラスメイトは自転車のペダルに足を乗せる。

「ばいばーい」

 走り去る自転車に向かって、啓介は大きく手を振った。それから意味もなく辺りを見回し、山しかない風景に改めてうんざりする。

「ほんっと、いつ見ても代わり映えしない景色。あーあ、東京行きてー」
「行きゃいいじゃん」
「わかってないなぁ。遊びに行くんじゃなくて、住みたいんだよ。そんで、僕にしか出来ない仕事がしたいの」
「ふーん」

 興味が無いと言うよりは、少し苛立ったような声のトーンだった。