笹沼は震えながらも作業の手を止めない。痛々しくて見ていられないと思いつつ、啓介は目を逸らせずにいた。
奇妙な既視感があった。
進路調査票に書いた桜華大の名を、怖気づいて消した自分の姿と重なる。
ふわふわした憧れが、急に具体的な進路となって圧し掛かってきた。あの時感じた恐怖の先に、この人はいるんだ。現実を突きつけられた怖さを克服して先に進んでも、また新しい恐怖と戦わなければならないのか。
「気持ちが解る」など、口が裂けても言えない。先ほど笹沼が言った通り、自分はまだスタートラインにすら立てていないのだから。
その代わりに啓介は、純粋な疑問をぶつけてみることにした。それはもしかしたら、とても残酷な問いかもしれない。それでも先を行く人の答えが欲しくて、身勝手だと自覚しつつも躊躇いがちに口を開いた。
「どうしてそれでも止めないの。これからも、続けるの?」
「続けるよ」
軽くいなされるか怒鳴られるかの二択を予想していた啓介は、笹沼が「続ける」と即答したので絶句した。
「続けるって言うか、多分、やめられないって言う方が正しいのかな。頼まれた訳でもないのに、作りたい服が後から後から湧いてくるの。だから、きっと作っちゃう。そうすると誰かに見て欲しくなって、こうやってコンテストに挑戦しちゃうんだろうな。馬鹿だよね。でもさ、まだ『服作りが趣味です』って言うには、私の野心は生々しいの」
笹沼の本音を聞きながら、息を止めて唇を噛み締めた。そうしていないと今度は、叫び出してしまいそうだったから。自分の内側から、制御できない感情が湧き上がる。
例えようがなかった。
怒りや嫉妬にも似ているし、歓喜にも似ている。
「茨の道だよね。私もまだまだ入り口を覗いたくらいで、なのにこんな有様。でも、この道を進んだからこそ会える仲間がいるような気がしてさ。だから、まだもう少し進みたい。これで答えになってる? さてと、出来上がったよ。さぁ、行こう」
笹沼の震えはいつの間にか収まっていた。晴れ晴れとした表情で舞台袖に向かって歩き出す。その背中を眩しそうに見つめ、啓介は「ありがとう」と告げた。
「ねぇ、教えて。今の僕に何ができる? あなたの足を引っ張りたくない」
「あんた、質問ばっかりだねぇ。いいよ。今はもう、その服着てくれただけで八割満足。あとの二割はそうだなぁ、転ばないでランウェイ行って戻ってきたら、もう充分」
再び会場内に流れる音楽が変わる。
その瞬間、笹沼の表情が引き締まり、「始まった」と小さく呟いた。
「良かった、間に合った!」
舞台袖に到着した笹沼と啓介の姿を見た里穂は、泣き出しそうな顔で出迎えた。もう既に二人目が舞台に出ていて、かなりギリギリだったのだなと胸を撫で下ろす。笹沼が、啓介の背中に手を当てた。
「私が背中を押したら舞台に出て。大丈夫、あんた向いてるよ、こういうの。あんたが抱えてるモヤモヤしたやつをさ、置いてくるつもりで行っといで」
大きく息を吸った。
少しの間を置いて、笹沼がそっと啓介の背中を押し出す。
その手は驚くほど優しかった。
不思議な高揚感に包まれる。
まるで暗い海に船出するような気分だ。
白くてまっすぐ伸びているこの舞台の先は、どこに続いているのか見当もつかない。痛みと引き換えに進み続けるのかと思うと眩暈がする。
それでも、誓いを立てるような気持で一歩一歩踏みしめた。
どれだけ進んでも、どこにも辿り着かないかもしれない。
才能のある者たちが、更に努力を積み重ねて戦う世界。
誰の目にも留まらないかもしれない。
凡庸な自分に絶望するかもしれない。
必死にあがいても溺れるかもしれない。
そんな姿を笑われるかもしれない。
一人寂しく朽ち果てるかもしれない。
だけど。
それがどうした。
「望むところだ」
奇妙な既視感があった。
進路調査票に書いた桜華大の名を、怖気づいて消した自分の姿と重なる。
ふわふわした憧れが、急に具体的な進路となって圧し掛かってきた。あの時感じた恐怖の先に、この人はいるんだ。現実を突きつけられた怖さを克服して先に進んでも、また新しい恐怖と戦わなければならないのか。
「気持ちが解る」など、口が裂けても言えない。先ほど笹沼が言った通り、自分はまだスタートラインにすら立てていないのだから。
その代わりに啓介は、純粋な疑問をぶつけてみることにした。それはもしかしたら、とても残酷な問いかもしれない。それでも先を行く人の答えが欲しくて、身勝手だと自覚しつつも躊躇いがちに口を開いた。
「どうしてそれでも止めないの。これからも、続けるの?」
「続けるよ」
軽くいなされるか怒鳴られるかの二択を予想していた啓介は、笹沼が「続ける」と即答したので絶句した。
「続けるって言うか、多分、やめられないって言う方が正しいのかな。頼まれた訳でもないのに、作りたい服が後から後から湧いてくるの。だから、きっと作っちゃう。そうすると誰かに見て欲しくなって、こうやってコンテストに挑戦しちゃうんだろうな。馬鹿だよね。でもさ、まだ『服作りが趣味です』って言うには、私の野心は生々しいの」
笹沼の本音を聞きながら、息を止めて唇を噛み締めた。そうしていないと今度は、叫び出してしまいそうだったから。自分の内側から、制御できない感情が湧き上がる。
例えようがなかった。
怒りや嫉妬にも似ているし、歓喜にも似ている。
「茨の道だよね。私もまだまだ入り口を覗いたくらいで、なのにこんな有様。でも、この道を進んだからこそ会える仲間がいるような気がしてさ。だから、まだもう少し進みたい。これで答えになってる? さてと、出来上がったよ。さぁ、行こう」
笹沼の震えはいつの間にか収まっていた。晴れ晴れとした表情で舞台袖に向かって歩き出す。その背中を眩しそうに見つめ、啓介は「ありがとう」と告げた。
「ねぇ、教えて。今の僕に何ができる? あなたの足を引っ張りたくない」
「あんた、質問ばっかりだねぇ。いいよ。今はもう、その服着てくれただけで八割満足。あとの二割はそうだなぁ、転ばないでランウェイ行って戻ってきたら、もう充分」
再び会場内に流れる音楽が変わる。
その瞬間、笹沼の表情が引き締まり、「始まった」と小さく呟いた。
「良かった、間に合った!」
舞台袖に到着した笹沼と啓介の姿を見た里穂は、泣き出しそうな顔で出迎えた。もう既に二人目が舞台に出ていて、かなりギリギリだったのだなと胸を撫で下ろす。笹沼が、啓介の背中に手を当てた。
「私が背中を押したら舞台に出て。大丈夫、あんた向いてるよ、こういうの。あんたが抱えてるモヤモヤしたやつをさ、置いてくるつもりで行っといで」
大きく息を吸った。
少しの間を置いて、笹沼がそっと啓介の背中を押し出す。
その手は驚くほど優しかった。
不思議な高揚感に包まれる。
まるで暗い海に船出するような気分だ。
白くてまっすぐ伸びているこの舞台の先は、どこに続いているのか見当もつかない。痛みと引き換えに進み続けるのかと思うと眩暈がする。
それでも、誓いを立てるような気持で一歩一歩踏みしめた。
どれだけ進んでも、どこにも辿り着かないかもしれない。
才能のある者たちが、更に努力を積み重ねて戦う世界。
誰の目にも留まらないかもしれない。
凡庸な自分に絶望するかもしれない。
必死にあがいても溺れるかもしれない。
そんな姿を笑われるかもしれない。
一人寂しく朽ち果てるかもしれない。
だけど。
それがどうした。
「望むところだ」