「キミ、カラコン付けたことある? これ入れちゃって」
「鏡見ないでやったことない」
「大丈夫、大丈夫、頑張って。ほら、早く」

 里穂に急かされながら、手渡された真っ赤なカラーコンタクトを目に入れた。
 里穂は啓介が元々施していたメイクの上から強めにアイラインを入れ、付けまつ毛を目尻に足す。最後に濃い色で口紅を塗り直すと、満足そうに頷いた。

「よしよし、時短の割には完璧。ねぇ笹沼、あと十分もないよ、間に合いそう? 靴のサイズは合うかな」
「元々倒れちゃったモデルの子に、メンズサイズ調整して履いてもらってたから問題ない。中の詰め物取っちゃって。それで多分いける」

 ジャケットを啓介に羽織らせながら、笹沼が黒いコンバットブーツを顎で示した。それから啓介の袖口を見て、顔をしかめる。

「ブーツは大丈夫そうだけど、袖はやっぱり長さが足りないや。困ったな」

 苛立ったように爪を噛んで、笹沼が考え込む。啓介は両手をぷらぷら振りながら、「じゃぁさ」と口を開いた。

「幅広のレースを袖の内側に両面テープで貼りつけちゃえば? これ軍服のイメージでしょ。多分、女の子が着る予定だったから、可愛くなり過ぎないようにハード目なデザインにしたんだろうけど、僕が着たら不愛想な感じになっちゃうよ。可愛いとカッコイイを両立するつもりなら、甘めな要素足した方が良いと思う」
「……あんた、ここの学生じゃないんだよね。受験生? デザイナー志望?」

 息を呑んだ笹沼が、一拍置いた後に訊ねた。返答に困りながら、啓介が曖昧に首を振る。

「まだ、決めてない」
「そう。じゃ、この学校に来ないで。デザイナーも目指さないで」
「は? なんで」
「あんた、強敵になりそうだから嫌だ」

 子どもみたいな言いがかりに、啓介は片眉を上げた。

「ハハッ。僕みたいな素人の高校生まで警戒すんの、笑える。ライバルは一人でも少ない方がいい? ちょっとビビり過ぎなんじゃない」
「あんたはまだ、スタートラインにも立ってないからね。怖いもんナシなの羨ましいわ」

 睨み合う啓介と笹沼の間に、里穂が慌てて割って入る。

「ちょっと時間ないんだから、本番前に険悪になるのやめて。私は舞台袖で他の子の最終チェックしながら待機するけど、二人とも喧嘩しないでよ。笹沼、その子はラストルックでいいのね?」
「うん、お願い。袖を足したら直ぐに行く」

 笹沼は大きな裁縫ケースから幾つかレースを取り出して、袖口に当ててどれにするか吟味し始めた。腕を差し出しながら、啓介は「ラストルックってなに?」と問いかける。

「今回私は五着の衣装を作ったの。で、ショーの最初に登場する一着目の衣装が『ファーストルック』、締めの五着目が『ラストルック』つまりあんたは、トリってこと」

 使用するレースを決めた笹沼が、布用の両面テープを貼り付けていく。その手は僅かに震えていた。強気だった笹沼の緊張に気づいた啓介が、驚きながら声を上げる。

「ねぇ、震えてんじゃん。大丈夫? 顔も真っ青だよ。なんでそんな怖いのに、コンテストなんか出ようと思ったの」
「うるっさいな。私も昔は、自分で応募したくせに本番で引くほど緊張してる先輩見て、『何やってんの』って思ったよ。でもさぁ、実際結果出して注目されたら、怖くなるんだよ。千人以上いるアパレルデザインコースの生徒の中から選ばれた時は、夢みたいって浮かれてたのに。でもすぐに、『甘ったれんな』って現実にぶん殴られた」

 笹沼が舌打ち混じりに言い捨てた。小柄で可愛らしい見た目に反して、中々に口が悪い。今まで蓄積してきた不安や不満を一気に解放するように、啓介相手にまくし立てた。

「コンテストの出場権を獲得して舞い上がってたけど、準備してると嫌でも思い知るじゃん。あのコ私より上手いなとか、私ってホントは才能ないんじゃないのとか。しかもさぁ、優勝だ準優勝だなんて一喜一憂しても、しょせん大学内のハナシで、ここってまだ井戸の中なんだって気づいちゃって。気が遠くなるよね。この後、大海に放り出されるのかと思うとゾッとする」