渋谷から電車に乗り、三つ目の駅で降りる。入り組んだ駅構内で少し迷った後、ようやく桜華大の最寄り出口を見つけ、ひとまず安堵した。あとは幹線道路をひたすら真っ直ぐ進むだけなのだが、道路沿いに立つ「いかにも都会的なビル群」という同じような景色が続き、自分がどれくらい歩いたのか距離感がわからなくなる。
ようやく桜華大に辿り着いた啓介は、正門の手前から中の様子を伺った。
受付らしきものは見当たらず、啓介と同じような年頃の生徒らで構内は賑わっている。「それじゃあ遠慮なく」と思いながら、敷地内に足を踏み入れた。
あの人の着ているブラウス良いな。
あのピアスカッコいいな。
あんな髪色にしてみたいな。
すれ違う人を目で追っているだけでもわくわくする。
服飾博物館に手芸用品店と見紛うほどの購買部。実用的な資料や図集、ファッション雑誌まで所蔵している充実した図書室。
都会の一等地に広がるキャンパスは、まるで一つの街のようだった。それも、自分の好きなものばかりが詰め込まれた街。
どこを見ても「いいな」という感想が出てくる。
しばらくウロウロしていたら、大音量の音楽が漏れ出る建物の前に辿り着いた。中を覗いてみたかったが、扉の前に立つドア係の生徒に「今、ショーの真っ最中で扉が開けられないんです。一区切りするまでお待ち下さい」と告げられ、啓介は素直に頷く。
しかし次の瞬間、今まさに「開けられない」と言われた扉が内側から開かれて、啓介は驚いて身を引いた。
中から飛び出してきたのはパンツスーツを格好よく着こなした四十代くらいの女性で、一目見て「何かトラブルが起きたのかな」と思わせるような、血の気のない真っ青な顔をしていた。
今にも駆けだしそうな勢いの女性は、啓介を見るなり目を見開いて動きを止めた。それはまるで猛獣が獲物を捉えたような視線で、啓介は本能的に後ずさる。
啓介が後ろに下がった分だけ、女性はヒールをカツカツ鳴らしながら距離を縮めてきた。壁際に追い詰められ、啓介は慄きながら首を振る。
「なになになになに。僕なんにも悪いコトしてないよ」
「あなた、ここの生徒じゃないわね。受験生?」
受験する気はないが、色々説明するのも面倒なのでとりあえず「はい」と頷いた。
「ヒールのないサンダルでこの身長なら、175か6センチってとこかしら。まぁ、今日のステージなら充分ね。ちょっと来て。協力して欲しいことがあるの」
「は?」
女性は啓介の手首を掴み、問答無用で歩き出す。真っ青だった顔色は、いつの間にか血色が戻っていた。何の説明もないまま、啓介は引きずられるようにしてホールに足を踏み入れる。
まず最初に目に飛び込んできたのは、暗い客席の海に浮かぶ島のようなランウェイと近未来的なネオン照明。テクノミュージックの重低音が、腹の奥まで響く。
軽快なウォーキングのモデルが、はつらつとした笑顔を振りまいていた。カラフルな衣装は、どことなくハンバーガーショップの制服を連想させる。
「大事なことを聞き忘れていたわ。ねぇ、あなたどこかの事務所に所属していたりする?」
「事務所って?」
「モデル事務所」
そんなわけあるかと思いながら、首を横に振った。
「良かった。それなら問題ないわね。急ぎましょう、もう時間がないの」
女性は啓介を連れたまま、バックステージへ続く暗幕をくぐる。明らかに部外者は立ち入れないような空間で、何人ものスタッフが慌ただしく動き回っていた。その間を縫うようにして進み、真剣な表情で話し合っている二人の女性の元へ駆け寄る。
「お待たせ、笹沼さん。連れて来たわ」
「緑川先生! こんなに早く戻ってくれると思わなかった。もう、自分で着て出ようかと……」
「他の子の衣装の準備は済んでいるの?」
「はい。他は完璧」
「そう。じゃあ早く、この子を仕上げちゃいましょ」
言いながら緑川が、啓介のカットソーに手を掛けた。
ようやく桜華大に辿り着いた啓介は、正門の手前から中の様子を伺った。
受付らしきものは見当たらず、啓介と同じような年頃の生徒らで構内は賑わっている。「それじゃあ遠慮なく」と思いながら、敷地内に足を踏み入れた。
あの人の着ているブラウス良いな。
あのピアスカッコいいな。
あんな髪色にしてみたいな。
すれ違う人を目で追っているだけでもわくわくする。
服飾博物館に手芸用品店と見紛うほどの購買部。実用的な資料や図集、ファッション雑誌まで所蔵している充実した図書室。
都会の一等地に広がるキャンパスは、まるで一つの街のようだった。それも、自分の好きなものばかりが詰め込まれた街。
どこを見ても「いいな」という感想が出てくる。
しばらくウロウロしていたら、大音量の音楽が漏れ出る建物の前に辿り着いた。中を覗いてみたかったが、扉の前に立つドア係の生徒に「今、ショーの真っ最中で扉が開けられないんです。一区切りするまでお待ち下さい」と告げられ、啓介は素直に頷く。
しかし次の瞬間、今まさに「開けられない」と言われた扉が内側から開かれて、啓介は驚いて身を引いた。
中から飛び出してきたのはパンツスーツを格好よく着こなした四十代くらいの女性で、一目見て「何かトラブルが起きたのかな」と思わせるような、血の気のない真っ青な顔をしていた。
今にも駆けだしそうな勢いの女性は、啓介を見るなり目を見開いて動きを止めた。それはまるで猛獣が獲物を捉えたような視線で、啓介は本能的に後ずさる。
啓介が後ろに下がった分だけ、女性はヒールをカツカツ鳴らしながら距離を縮めてきた。壁際に追い詰められ、啓介は慄きながら首を振る。
「なになになになに。僕なんにも悪いコトしてないよ」
「あなた、ここの生徒じゃないわね。受験生?」
受験する気はないが、色々説明するのも面倒なのでとりあえず「はい」と頷いた。
「ヒールのないサンダルでこの身長なら、175か6センチってとこかしら。まぁ、今日のステージなら充分ね。ちょっと来て。協力して欲しいことがあるの」
「は?」
女性は啓介の手首を掴み、問答無用で歩き出す。真っ青だった顔色は、いつの間にか血色が戻っていた。何の説明もないまま、啓介は引きずられるようにしてホールに足を踏み入れる。
まず最初に目に飛び込んできたのは、暗い客席の海に浮かぶ島のようなランウェイと近未来的なネオン照明。テクノミュージックの重低音が、腹の奥まで響く。
軽快なウォーキングのモデルが、はつらつとした笑顔を振りまいていた。カラフルな衣装は、どことなくハンバーガーショップの制服を連想させる。
「大事なことを聞き忘れていたわ。ねぇ、あなたどこかの事務所に所属していたりする?」
「事務所って?」
「モデル事務所」
そんなわけあるかと思いながら、首を横に振った。
「良かった。それなら問題ないわね。急ぎましょう、もう時間がないの」
女性は啓介を連れたまま、バックステージへ続く暗幕をくぐる。明らかに部外者は立ち入れないような空間で、何人ものスタッフが慌ただしく動き回っていた。その間を縫うようにして進み、真剣な表情で話し合っている二人の女性の元へ駆け寄る。
「お待たせ、笹沼さん。連れて来たわ」
「緑川先生! こんなに早く戻ってくれると思わなかった。もう、自分で着て出ようかと……」
「他の子の衣装の準備は済んでいるの?」
「はい。他は完璧」
「そう。じゃあ早く、この子を仕上げちゃいましょ」
言いながら緑川が、啓介のカットソーに手を掛けた。