第二章「おかしな世界」
そう。話しかけた声が僕の後ろの席の男の子が身を乗り出してきてまで、喋った。水野というのは、おそらく僕のことだろうか。
–––––いや僕のことに違いない。
……まずい。非常にまずいことになった。全く知らない同じ学校の人。そして確実に見られたこと。何より、なんで話しかけられたかすら分からない。
こわばった空気の中、その話しかけられた男の子に聞いてみた。
「だ、誰?君。」
沈黙が続いた。無神経な目が僕の胸にグサっと刺さった。僕の鼓動は、最高潮に高鳴っていた。
「せ、先輩?忘れたんですか?僕のこと…」
本当に知らない。でもそう言われれば、どこかでみたことがあるような。無いような。
「ご、ごめん。忘れちゃった。僕たちどこで出会ったっけ…?」
あははと言いながらうまくやり過ごしたかったけど、今の僕の顔は、そんな爽やかな顔でもなく、ただずっと怪訝な顔だろう。
相手の男の子は、もっと気難しそうな顔をしていた。ショックだったんだろうか。
「–––––先輩本当に忘れたんですか…?」
やめてくれ。そんな目で言われても思い出せないんだから。
男の子は、落ち込んだ様子だった。
一つ「はぁ」と、ため息を吐いてから、話し始めた。
「まぁ覚えてないならしょうがないですね。人数も多かったですし。」
「俺の名前は雨降 知佐人って言います!今日の放課後の図書委員で水野先輩と出会ったんですが…」
うーん。全部流しながら聞いていたから全くもって覚えていない。
「その感じだと、覚えてなそうっすね。まぁしょうがないっす!」
「ところで……さっきから何してたんすか?ずっとiPadと睨めっこしては、キーボードで何かカチャカチャしてましたけど。」
–––––その瞬間、僕の心臓は大きく跳ね上がった。
あぁ。やっぱりみられていたか…。少し。ほんの少し。見られていない事を。そんな話あがらないことを期待していた自分がいた。でもそれも、すぐに潰れた。
–––––最悪だ–––––
どうしよう。誤魔化す?それとも正直に、「小説を書いてるんだ。」と伝えるべきか?無視–––––は流石にできないな。
会話という、土俵に立ったからには、全力で相手にぶつからないといけない。
バクバクと心臓の鼓動がまた上がる。
「え、えーと。」
「……?」と雨降が不思議そうにこちらの目を覗き込む。
勇気を決めるしか無いか…
「ぼ、僕さ、本が好きでさ。だから、…小説書いてみたくてさ。小説家の気持ち?みたいなのを味わってみたくて。だ、だからiPadで書いてたんだ…。」
もう。周りの雑踏音は聞こえなくなっていた。聞こえないほど心臓の音が大きかったんだ。
「………」
10秒ほどだろうか、シーンとしていてただ、乾いた空気が漂うだけだった。
「それって…」
僕はぎゅっと目を瞑った。
「それってすごい事じゃ無いですか!」
「え?」想像していた答えと違って思わず、そう言ってしまった。
「だって小説書いてるんですよね!なんかかっこいいじゃないですかっ!」
雨降はまた、身を大きく乗り出していった。
「い、嫌、小説家なんて違うよ。そもそもまだ一回も書き終わったことなんてないし、ただ単に文字を打ってるだけだよ。日記みたいな…」
そう僕は、言った。そもそも僕に小説家なんて言葉当てはまるわけがない。
「で、でも!僕にはそんなことできないっていうか、そんなこと考えたことがないんすよ!だからすげーっすよ。」
雨降は焦ったように言った。気を遣われているのだろうか。
「あ、ありがとう…?」
この言葉で合ってるのか?
数秒間沈黙が続いた。それはとても重く、苦い空気だった。
「…その、嫌な気持ちになりませんでした…?」この空気を切り刻んでつぶやいたのは、雨降の方だった。
「無責任–––というか、もしかしたら聞いちゃいけないことだったかなって…」
「いやいや、大丈夫だよ。」そう、覆い被さるように言った。
本当は、聞かれたくなかったかもしれない。でも、もし「迷惑」などと言ってしまったら、とても悲しい顔をすることだろう。そっちの方が辛いし苦しい。
そもそもこんな場所でしていた僕の方が悪いんだしな。
またしても長い沈黙が続く。はっきり言ってこの空気は気まずい。でも、何かアクションをしないと、解決なんてしない。だから。
「ねぇ」
「っ?」少し面食らったような表情だった。
「どこから早見高校通ってるの?」純粋に、会話のネタを持ち合わせていない。でも、“会話”というものを成立させるためには、大して興味のないことでも、聞かなければならない。
「俺は、東区からっすね。先輩はどこからなんすか?」
東区というと、早見高から、大体バスで10分ほど分くらいと言ったところだろうか、そこそこ遠い。
「ぼ、僕は、北区の中町ってところから乗ってる。でも、東区に近いから、このバスが最寄りなんだ。」
「中町って、高校から大体30分くらいかかるところじゃないっすか⁉︎大変っすね⁉︎」
目が飛び出るほどに雨降は驚いていた。
「そ、そんな驚くことかなぁ…?」僕は苦笑いをしながら言った。
「自分のクラスだと一番高校まで、遠いの俺くらいっすもん。みんな、チャリ通で羨ましいっすわ。」
「そ、そうなんだ。」
『次、止まります』
ピンポーンと音が鳴りながら自動アナウンスの無声音が鳴った。
「あ、自分次っすね。いっぱい先輩と話せて楽しかったっす!」
雨降は爽やかな笑みを浮かべて、颯爽とバスから飛び出ていった。
疲れた。色々疲れた。
目まぐるしく色々なことが起きた。平凡とは真逆の日だった。
雨降は、陰湿な僕とは対照的でとても明るかった。僕と違ってフレッシュさだったり、若々しさがひしひしと伝わる。特段苦手なタイプといったわけではないが、僕と大違いすぎて困惑する。咄嗟に声が出ない僕はやっぱり「ああいう場面は苦手」なんだろう。
ガチャリと玄関の扉を開け、今日も暗闇の部屋に入りベットに倒れ込んだ。
「ただいま…」
はぁ。今日も早く寝ることとしよう。色々疲れすぎた。
それからというもの、
「水野せーんぱいっ!おはようございます!」
「あ、ああ。おはよう。えーっと雨降君」
「……おぉ。初めて水野先輩から呼ばれた。」
なんだそれ。と思いながらバスは順調に早見高に向かっていた。
一つ雨降を見て意外に思った。学校の始業は8時30分。今の時刻は7時20分。遅くても学校には7時35分くらいにつくだろう。バスは別にもう2本ほど出発している。外見だけで決めつけるのはよくないが、雨降は始業ギリギリのバスでくるだろうと思っていた。
だから朝は、はち会わないだろうと思っていたが、いるとは思わなかった。少し動揺していた。
–––––学校
それは、僕にとっては地獄のような空間で、最悪な場所だ。
今日は一段と違った。
「おい。水野。早く進めよ。」ただ下駄箱で少しモタモタしただけで。
「水野、なんでバトン落とすんだよっ!」体育の時間でバトンを落としてしまった。
「水野、いい点取れたからって、澄ました顔すんじゃねぇよ。ウザいんだよ。」
別に澄ました顔したわけでも、見せつけたわけでもないのに。
教室は理不尽なことだらけだ。世間的にはこれを「イジリ」というのだろうか。それとも「イジメ」というのだろうか。その線引きが16年生きていてもよくわからない。周りは、これを「イジリ」と思った視線でこちらを見ているのだろうか。
それとも「イジメ」だと思ってこちらを覗き込んでいるのだろうか。
これほど学校の居心地が悪かったことはない。自分色を出して生活しても、かえって目立って厄介なことになる。自分色を隠しても厄介なことになる。
生活するってこれほどまでに難しいものだったのだろうか。
そんなことを考えていると授業は終わり、独りでバスの停留所に向かっていった。
バスを待って、スマートフォンを眺めていると雨降がいることに気づいた。バスターミナルはそれほど大きくないものの、2路線が1つの停留所に来るため、西区側の生徒と東区の生徒が混在するので、人の密度がすごい。
それもあってか雨降は僕の存在に気がついていないようだった。
こういう時、声をかけるべきなのか悩んでしまう。2日だけの中なのに話しかけて良いのだろうか。もしかすると、相手からは困惑してしまうんじゃないだろうか。
でも、気づいているのに気づかないフリをするのもどうかと思ってしまう。もしかすると雨降は勇気を振り絞って僕に話しかけてくれたのにも関わらず、僕だけがただ待つスタンスでいる。というのも失礼なのかもしれない。
これくらいの関係性って難しい。
そもそも、会話なんて僕にできるのだろうか。話のネタもなければ特段、面白い内容もいない。「不可能だったのかな…」そう思ってしまった。
でも最善の一手は決まっていた。「やはり、話に行かないことだろう。」
気づいていないなら気づいていていないで終わらせられる。気づいていていてもこちらが気づいていない。というのを主張すれば、結局のところ僕から話に行かなくても、「話すか話さないか」どちらでも良い僕のとってこれが最善の手だと思った。
「…ぱい。…せんぱい?」
考えていた頭を休め雑踏音を聞いているとどこか、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「水野先輩っ。」
雨降がもう隣にいた。
「は、はい?」気の抜けた、声が出てしまった。しまった。話した後をシュミレーションしていなかった。
「あぁーよかったぁ。俺何回もよんでたんすけどなかなか気づいてもらえなくて、マジで焦ったんすからね。」半笑いでそう告げていた。
「あ、あぁそうだったんだ。ごめんね気付けなくて」
声までは気付けなかったけど本当は気づいていた。嘘をついてしまった罪悪感を静追いながらも話は続く。
「先輩って部活何かしてるんですか?」
「ううん。何もしてないよ。雨降君こそどうなの?」
「俺はぁ、ほぼ何もしてない感じっすね」
「そうなんだ。意外。」
運動系の部活をしていると勝手に解釈していた。彼のスタイルはとてもよくて、バスケ部かサッカー部だと思っていたのに意外だった。
「ちょっと先輩『意外』ってなんなんですかっ⁉︎」雨降はばつの悪そうに言った。
「ごめんごめん。でも、スポーツやってそうだったからさ。」
「そーですかぁ?自分あんまり運動得意じゃないんですよー」
「そうだったんだ。」
そんな話をしてたら、バスが来ていた。今日はやたらと人が多い。だから座れるか不安だった。はじめに雨降が先に乗った。
「っ!」
さも当然かのように、僕の席のところを死守して、僕が雨降に近づくと、小さく指を刺して、小さな声で「ここ、座ってくださいっ」っと呟いた。
「あ、ありがとう。」
今日は、バスで小説なんて書けるわけがなかった。雨降が隣にいては、書く気にはならない。そもそも、誰にもバレずに書きたかったというのもあるからだ。
雨降は凛としてただ窓の景色を見つめていた。入学式があって、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに雨降はずっと大人に見えた。
バスは東区に入り、雨降が降車する停留所についた。
「お先に失礼します。先輩」
雨降は、はにかんだ笑顔でそう告げて、人の束をかき分けて降りていった。
『雨降はクールだ』
そう思わざるおえない。
今日の僕は、夢のようだった。いつもよりずっと、おかしかった。
雨降のおかげで。
そう。話しかけた声が僕の後ろの席の男の子が身を乗り出してきてまで、喋った。水野というのは、おそらく僕のことだろうか。
–––––いや僕のことに違いない。
……まずい。非常にまずいことになった。全く知らない同じ学校の人。そして確実に見られたこと。何より、なんで話しかけられたかすら分からない。
こわばった空気の中、その話しかけられた男の子に聞いてみた。
「だ、誰?君。」
沈黙が続いた。無神経な目が僕の胸にグサっと刺さった。僕の鼓動は、最高潮に高鳴っていた。
「せ、先輩?忘れたんですか?僕のこと…」
本当に知らない。でもそう言われれば、どこかでみたことがあるような。無いような。
「ご、ごめん。忘れちゃった。僕たちどこで出会ったっけ…?」
あははと言いながらうまくやり過ごしたかったけど、今の僕の顔は、そんな爽やかな顔でもなく、ただずっと怪訝な顔だろう。
相手の男の子は、もっと気難しそうな顔をしていた。ショックだったんだろうか。
「–––––先輩本当に忘れたんですか…?」
やめてくれ。そんな目で言われても思い出せないんだから。
男の子は、落ち込んだ様子だった。
一つ「はぁ」と、ため息を吐いてから、話し始めた。
「まぁ覚えてないならしょうがないですね。人数も多かったですし。」
「俺の名前は雨降 知佐人って言います!今日の放課後の図書委員で水野先輩と出会ったんですが…」
うーん。全部流しながら聞いていたから全くもって覚えていない。
「その感じだと、覚えてなそうっすね。まぁしょうがないっす!」
「ところで……さっきから何してたんすか?ずっとiPadと睨めっこしては、キーボードで何かカチャカチャしてましたけど。」
–––––その瞬間、僕の心臓は大きく跳ね上がった。
あぁ。やっぱりみられていたか…。少し。ほんの少し。見られていない事を。そんな話あがらないことを期待していた自分がいた。でもそれも、すぐに潰れた。
–––––最悪だ–––––
どうしよう。誤魔化す?それとも正直に、「小説を書いてるんだ。」と伝えるべきか?無視–––––は流石にできないな。
会話という、土俵に立ったからには、全力で相手にぶつからないといけない。
バクバクと心臓の鼓動がまた上がる。
「え、えーと。」
「……?」と雨降が不思議そうにこちらの目を覗き込む。
勇気を決めるしか無いか…
「ぼ、僕さ、本が好きでさ。だから、…小説書いてみたくてさ。小説家の気持ち?みたいなのを味わってみたくて。だ、だからiPadで書いてたんだ…。」
もう。周りの雑踏音は聞こえなくなっていた。聞こえないほど心臓の音が大きかったんだ。
「………」
10秒ほどだろうか、シーンとしていてただ、乾いた空気が漂うだけだった。
「それって…」
僕はぎゅっと目を瞑った。
「それってすごい事じゃ無いですか!」
「え?」想像していた答えと違って思わず、そう言ってしまった。
「だって小説書いてるんですよね!なんかかっこいいじゃないですかっ!」
雨降はまた、身を大きく乗り出していった。
「い、嫌、小説家なんて違うよ。そもそもまだ一回も書き終わったことなんてないし、ただ単に文字を打ってるだけだよ。日記みたいな…」
そう僕は、言った。そもそも僕に小説家なんて言葉当てはまるわけがない。
「で、でも!僕にはそんなことできないっていうか、そんなこと考えたことがないんすよ!だからすげーっすよ。」
雨降は焦ったように言った。気を遣われているのだろうか。
「あ、ありがとう…?」
この言葉で合ってるのか?
数秒間沈黙が続いた。それはとても重く、苦い空気だった。
「…その、嫌な気持ちになりませんでした…?」この空気を切り刻んでつぶやいたのは、雨降の方だった。
「無責任–––というか、もしかしたら聞いちゃいけないことだったかなって…」
「いやいや、大丈夫だよ。」そう、覆い被さるように言った。
本当は、聞かれたくなかったかもしれない。でも、もし「迷惑」などと言ってしまったら、とても悲しい顔をすることだろう。そっちの方が辛いし苦しい。
そもそもこんな場所でしていた僕の方が悪いんだしな。
またしても長い沈黙が続く。はっきり言ってこの空気は気まずい。でも、何かアクションをしないと、解決なんてしない。だから。
「ねぇ」
「っ?」少し面食らったような表情だった。
「どこから早見高校通ってるの?」純粋に、会話のネタを持ち合わせていない。でも、“会話”というものを成立させるためには、大して興味のないことでも、聞かなければならない。
「俺は、東区からっすね。先輩はどこからなんすか?」
東区というと、早見高から、大体バスで10分ほど分くらいと言ったところだろうか、そこそこ遠い。
「ぼ、僕は、北区の中町ってところから乗ってる。でも、東区に近いから、このバスが最寄りなんだ。」
「中町って、高校から大体30分くらいかかるところじゃないっすか⁉︎大変っすね⁉︎」
目が飛び出るほどに雨降は驚いていた。
「そ、そんな驚くことかなぁ…?」僕は苦笑いをしながら言った。
「自分のクラスだと一番高校まで、遠いの俺くらいっすもん。みんな、チャリ通で羨ましいっすわ。」
「そ、そうなんだ。」
『次、止まります』
ピンポーンと音が鳴りながら自動アナウンスの無声音が鳴った。
「あ、自分次っすね。いっぱい先輩と話せて楽しかったっす!」
雨降は爽やかな笑みを浮かべて、颯爽とバスから飛び出ていった。
疲れた。色々疲れた。
目まぐるしく色々なことが起きた。平凡とは真逆の日だった。
雨降は、陰湿な僕とは対照的でとても明るかった。僕と違ってフレッシュさだったり、若々しさがひしひしと伝わる。特段苦手なタイプといったわけではないが、僕と大違いすぎて困惑する。咄嗟に声が出ない僕はやっぱり「ああいう場面は苦手」なんだろう。
ガチャリと玄関の扉を開け、今日も暗闇の部屋に入りベットに倒れ込んだ。
「ただいま…」
はぁ。今日も早く寝ることとしよう。色々疲れすぎた。
それからというもの、
「水野せーんぱいっ!おはようございます!」
「あ、ああ。おはよう。えーっと雨降君」
「……おぉ。初めて水野先輩から呼ばれた。」
なんだそれ。と思いながらバスは順調に早見高に向かっていた。
一つ雨降を見て意外に思った。学校の始業は8時30分。今の時刻は7時20分。遅くても学校には7時35分くらいにつくだろう。バスは別にもう2本ほど出発している。外見だけで決めつけるのはよくないが、雨降は始業ギリギリのバスでくるだろうと思っていた。
だから朝は、はち会わないだろうと思っていたが、いるとは思わなかった。少し動揺していた。
–––––学校
それは、僕にとっては地獄のような空間で、最悪な場所だ。
今日は一段と違った。
「おい。水野。早く進めよ。」ただ下駄箱で少しモタモタしただけで。
「水野、なんでバトン落とすんだよっ!」体育の時間でバトンを落としてしまった。
「水野、いい点取れたからって、澄ました顔すんじゃねぇよ。ウザいんだよ。」
別に澄ました顔したわけでも、見せつけたわけでもないのに。
教室は理不尽なことだらけだ。世間的にはこれを「イジリ」というのだろうか。それとも「イジメ」というのだろうか。その線引きが16年生きていてもよくわからない。周りは、これを「イジリ」と思った視線でこちらを見ているのだろうか。
それとも「イジメ」だと思ってこちらを覗き込んでいるのだろうか。
これほど学校の居心地が悪かったことはない。自分色を出して生活しても、かえって目立って厄介なことになる。自分色を隠しても厄介なことになる。
生活するってこれほどまでに難しいものだったのだろうか。
そんなことを考えていると授業は終わり、独りでバスの停留所に向かっていった。
バスを待って、スマートフォンを眺めていると雨降がいることに気づいた。バスターミナルはそれほど大きくないものの、2路線が1つの停留所に来るため、西区側の生徒と東区の生徒が混在するので、人の密度がすごい。
それもあってか雨降は僕の存在に気がついていないようだった。
こういう時、声をかけるべきなのか悩んでしまう。2日だけの中なのに話しかけて良いのだろうか。もしかすると、相手からは困惑してしまうんじゃないだろうか。
でも、気づいているのに気づかないフリをするのもどうかと思ってしまう。もしかすると雨降は勇気を振り絞って僕に話しかけてくれたのにも関わらず、僕だけがただ待つスタンスでいる。というのも失礼なのかもしれない。
これくらいの関係性って難しい。
そもそも、会話なんて僕にできるのだろうか。話のネタもなければ特段、面白い内容もいない。「不可能だったのかな…」そう思ってしまった。
でも最善の一手は決まっていた。「やはり、話に行かないことだろう。」
気づいていないなら気づいていていないで終わらせられる。気づいていていてもこちらが気づいていない。というのを主張すれば、結局のところ僕から話に行かなくても、「話すか話さないか」どちらでも良い僕のとってこれが最善の手だと思った。
「…ぱい。…せんぱい?」
考えていた頭を休め雑踏音を聞いているとどこか、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「水野先輩っ。」
雨降がもう隣にいた。
「は、はい?」気の抜けた、声が出てしまった。しまった。話した後をシュミレーションしていなかった。
「あぁーよかったぁ。俺何回もよんでたんすけどなかなか気づいてもらえなくて、マジで焦ったんすからね。」半笑いでそう告げていた。
「あ、あぁそうだったんだ。ごめんね気付けなくて」
声までは気付けなかったけど本当は気づいていた。嘘をついてしまった罪悪感を静追いながらも話は続く。
「先輩って部活何かしてるんですか?」
「ううん。何もしてないよ。雨降君こそどうなの?」
「俺はぁ、ほぼ何もしてない感じっすね」
「そうなんだ。意外。」
運動系の部活をしていると勝手に解釈していた。彼のスタイルはとてもよくて、バスケ部かサッカー部だと思っていたのに意外だった。
「ちょっと先輩『意外』ってなんなんですかっ⁉︎」雨降はばつの悪そうに言った。
「ごめんごめん。でも、スポーツやってそうだったからさ。」
「そーですかぁ?自分あんまり運動得意じゃないんですよー」
「そうだったんだ。」
そんな話をしてたら、バスが来ていた。今日はやたらと人が多い。だから座れるか不安だった。はじめに雨降が先に乗った。
「っ!」
さも当然かのように、僕の席のところを死守して、僕が雨降に近づくと、小さく指を刺して、小さな声で「ここ、座ってくださいっ」っと呟いた。
「あ、ありがとう。」
今日は、バスで小説なんて書けるわけがなかった。雨降が隣にいては、書く気にはならない。そもそも、誰にもバレずに書きたかったというのもあるからだ。
雨降は凛としてただ窓の景色を見つめていた。入学式があって、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに雨降はずっと大人に見えた。
バスは東区に入り、雨降が降車する停留所についた。
「お先に失礼します。先輩」
雨降は、はにかんだ笑顔でそう告げて、人の束をかき分けて降りていった。
『雨降はクールだ』
そう思わざるおえない。
今日の僕は、夢のようだった。いつもよりずっと、おかしかった。
雨降のおかげで。