–––––「水野、ずっと本読んでて面白くねぇんだよ。」
   「少しくらい一緒に遊べば?」



   『こんな小説なんかこうしてやる』



 そう言われて、僕の本は地面に投げつけられて。何度も踏まれて。声すらもあげられないほど僕は怖かった。終わった頃には、ぐしょぐしょになった本だけが、ただポツンと置かれていた。


 第一章「彩のない世界」
 友達でもなんでもないクラスの男の子たちからそう言われて、僕の大好きな本が、読めなくなってしまった。
 「はぁ」
 声すらも出ない。怒りも、悲しみも何もない。ただ無念さだけが僕に残っている。こんな経験、初めてだった。感情が追いつかない。
 僕は、ただ本を読むことが好きな高校生。昔から、物語だったり、話を聞いたり、読んだり…。というのが好きで、授業の合間、昼休憩、そして放課後。どの時間も余すことなく本を読むことに徹底していた。そのせいか、なかなか友達と呼べるという人はいない。というか初めから僕は作る気はなかったんだろうか。入学して初日。高校という新しい生活に胸を躍らせながら通学していたような気がする。でも今は違う。僕の勝手な予想では、いつの間にか友達ができて、いつの間にか仲良くなって。そして親友と呼べるような関係が築けると思っていた。でも違った。初めは周りに同調するように力を注いでいたけど、ふとそうすることが疲れてしまった。本当の自分を押し殺してまで、することではない…そう思った。だから、自分の意見をズバズバ言ってしまった。今考えると『空気を読まない人』だと思われていただろう。そうしてクラスから孤立してしまった。誰にも話しかけられない。ただそれだけのことがこんなに辛いなんて今になって分かった。一年たった今でも僕は一人だ。そんな自分を忘れるために僕はずっと、いつでも本を読んでいたかった。僕は本が好きなんだろうか。ただ、自分の感情を押し殺すための一つの道具に過ぎないのではないか…


 –––––そんなことを考えながら僕は帰路についた。帰りのバスは家までが長い。その間は、僕の趣味に没頭するとしよう。

 カタカタと、心地の良いキーボードの音が続く。
 「うーん。この先どうしようかな…」
 僕の趣味は、小説を書くこととだ。小説を趣味程度に書いているだけで、仕事でもなく、そもそも完成したこともない。ただ、小説家ごっこがしたいだけ。
 小説を読むことが好きで、それから段々と『物語を描く』ということにも興味を持ち始めて、今に至る。
 狭くてなかなか、作業に向かない場所で、そういった場面でもないということは分かっている。でも、ただ、現実から離れる分にはこのくらい容易いことだ。
 でも、いつかこのことがクラスの男子にバレたら、また馬鹿にされて、もっと孤立することだろう。
 そんな背水の陣の中でもしている。
 案外、小説を書くことは楽しい。日記帳のようなものだろうか、僕が感じていることをただ綴って、“こうなってほしい”という机上の空想な願いをただ綴る。それだけだ。
 自分の作るものは到底、製作会社などに提出できるものではない。ただ、想いを適当に綴っているだけだから。そして、「少しの希望を信じて、小説家になろう」なんて思わないだろう。仮に周りから見られても。そして自分も。ただ、時間を潰して、孤独を噛み潰すために、文字を打っている。
 「はぁ。僕、ほんと何やってるんだろ。」


 ––––––––––忘れたい。

 自分が孤独であることを。自分がしていることが意味のないことであることを。
 分かっている。高校生が小説家ごっこというカッコつけた行動していることなんて。だからこそ、知られたくない。ほんとの有名な小説家はどんな気持ちで書いているんだろう。小説家ってどんな感じなんだろう。小説って書くの難しいのかな。それだけの好奇心から始めただけだ。




 –––––「ただいま。」

 家に着いた僕は、ポツリとそう呟いた。部活をしてない僕は、この家に誰よりも早く着く。真っ暗な部屋にこの言葉が静かに響いた。制服をハンガーに掛け直し、僕はベットへと一目散に飛び込んだ。

 はっきり言って僕の世界は彩がない。毎日学校に行って、授業を受けて、そして帰る。これだけだ。その間、誰とも喋らないし、喋りに行きもしない。一年前の僕の期待を大きく裏切るような毎日を送っている。

 「友達……かぁ」
 僕はどこで間違っていたんだろう。どこを治せば理想の形になれたのかな。
 もう変えられない事実を考えていると、悲しい気持ちが押し寄せて、ツーっと涙をこぼしていた。なぜだろう。自分で決めた道なのに。
 また、感情をナイーブになりながら僕はさっさと寝ることにした。


 –––––朝–––––
 『小鳥がチュンチュンと鳴いて朝が来た。
 今日もいつもと同じ日。』
 そんなことを考えながら、僕は朝の身支度を済ませていた。
 「行ってきまーす。」玄関先の母に伝えた。ただ、にこやかな笑顔で僕を送り出してくれた。


 –––––教室–––––
 『今日も朝からガヤガヤしてうるさい。僕はそっとカバンからイヤホンと家から見つけた本を取り出し、なるべくシャットアウトした。
 今日もいつもと同じ一日の始まり』
 「おはようございます。」
 時刻は8時30分。朝のホームルームが始まった。
 「今日は『図書委員』とクラス委員が…だから…放課後のうちに…ようになぁ」
 ぼーっとして先生の話を聞いていた。先生の話をしっかり聞いてる人なんてほとんどいないだろう。そんな気がするといつも思っている。


 –––––放課後–––––
 僕は漢字(かんじ)図書委員会の集まりに半ば強制的にきていた。「せめて、委員会だけは自分の趣味に合わせよう。」そう思って1年生の時に入ってからもう2年目に差し掛かっていた。今日はただ単に顔合わせと今後の流れについて。先生と三年生の委員長が淡々と進めていく。
 自己紹介は、名前・学年・好きなこと。ベーシックな自己紹介だった。
 「…一年の雨降《あまや》…」自分の番が来るまではぼーっと聞いていてただ右から左に通しているだけだった。「……です。」次は僕の番だ。「2年の水野 晴(みずの はる)です。好きなことは、好きなことは…」思い浮かばない。というか、『小説を書くことです』と言ったらおそらくこの委員会からも冷ややかな目で見られることだろう。
 「好きなことは、げ、ゲームすることです…?」僕の発表は終わった。たかが自己紹介だが、やっぱり人前というのは怖い。他の人の目を気にしてしまう悪い癖が出てしまう。僕の心臓の鼓動が止むころには、もう自己紹介は終わっていた。

 「はぁ。疲れた。」やっと図書委員の活動が終わり、時刻は6時30分を指していた。いつもより1時間帰るのが遅くなってしまった。バス停は夕方の強い日差しが当たっていて、とても暑かった。
 そうこうしていると、「プシュー」とバスが停車し、扉の音が鳴る。いつも通り奥の席に向かい、席につく。1時間違えど、家の方面に座る人は少なく、ガラんとしている。
 そして僕は周りをキョロキョロと見渡して、カバンの中から、キーボードのついているiPadを取り出した。またいつもの如くただ綴るだけの僕の趣味が始まった。
 調子良く進めていた。その時だった。



 –––––「水野せーんぱいっ。なーにしてるんですかぁ?」