俺は武内凪。高校二年生。
自分で言うのはなんだけど、成績は常に学年トップだし、バスケ部のエースであり次期部長。正直、女の子にもモテる。
勉強も運動も、俺が少し本気を出せば面白いくらいよくできた。だから周りの奴らは俺に一目置いていたし、俺は常に特別な存在だ。だから、俺につっかかってくる奴なんていない。
そんな俺は周囲の友人からよく、『性格以外は完璧』と言われるけど……。そんなことも、「負け犬の遠吠え」と軽くあしらっていたのだった。
「あのさ、凪。話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「は?」
「大事な話があるの」
そう今にも消え入りそうな声で呟くのは、この学校でも有名な美少女だ。ひまわり畑で麦わら帽子を被って微笑んでいるような、可憐な子。彼女の名前は江野日葵。
耳まで真っ赤にして、顔さえ上げることができないらしい。
――あー、またか……。
心の中で溜息を吐く。もう何度こういった場面に遭遇しただろうか。もう数えるのも面倒くさくなったくらいだ。
適当に付き合えば「こんな人だとは思わなかった」とフラれるし、断ったら断ったで仲間内で盛大に悪口を言われる。こういった場合のベストアンサーを、俺は知りたかった。
「あのさ、俺、今忙しいんだ。また今度ね」
「あ、でも……」
「ごめん、部活があるから」
そう言った瞬間、江野の顔が悲痛に歪む。あぁ、やっぱり面倒くさい。俺が頭を掻き毟りながら立ちすくんでいると、「凪ぃ、部活に行くぞ!」と遠くから声が聞こえてくる。
なんていいタイミングなのだろうか。これぞ神の救いだ。
「うん、今行く! じゃあ、俺行くから。ごめんな」
俺は江野の肩を軽く叩き、慌ててリュックを背負う。
「凪、待って」
そんな声は聞こえないフリをして、一目散に教室を後にした。
「凪、お前また告られてたのか?」
「わかんねぇ。話聞くのも怠いし」
「はぁ? モテる奴の言うことは違うなぁ。マジでムカつくんだけど」
そう言いながら同じバスケ部で、一番仲のいい小野寺優太が背中に飛びついてくる。その勢いに、体勢を崩しそうになってしまった。
「いいよなぁ、凪は。成績学年トップで、バスケ部のエース。女の子にだってモテるし、超イケメンだし。性格以外悪いとこないじゃん」
「おい。性格は悪いってことかよ?」
「性格は悪いだろう? 凪は自己中だし超我儘じゃん? こんな男のどこがいいんだか……」
「大きなお世話だ」
わざとらしく溜息をつく優太の体を強引に引き離す。でもそんなことは慣れっこの優太は、全然動じる様子などない。
「でも不思議と憎めないんだよな、凪は。なんだか危なっかしくて、放っておけない。なんやかんやでこうやって一緒にいちゃうし」
「別に一緒にいてくれなんて、頼んだ覚えはないからな」
「わかってる。俺が好きで凪の傍にいるんだ」
「……変な奴」
「あははは! それより、お前神谷にはもう告ったのか?」
「はぁ? あれ本気だったのか?」
「当り前だろう? みんな結果を楽しみに待ってるんだからな」
「そんなん、本当にやるわけないだろう。アホらしい」
「はぁ? お前、約束破るわけ?」
優太が怪訝そうに眉を顰める。俺は神谷に告白をするなんて約束をした覚えなんかない。あれは、しょうもない罰ゲームの話で、ただの遊び。そもそも、そんなことを理由にして、告白をするだなんてどうかしてるだろう、こいつらの方が。
「でもさ、なんやかんでお前神谷のこと好きじゃん?」
「はぁ? 俺はあいつのことが大嫌いなんだけど」
「いや、お前は神谷が大好きだって。嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろう? わかった、俺に任せとけ!」
目の前で優太が屈託のない笑顔を見せる。優太は俺のことを憎めないと言ったが、そういう優太も、強引な割に憎めないところはある。
そろそろ冬を迎える季節は、昼間が驚くほど短い。先程までは弱々しい日差しが差し込んでいた校舎が、今は夕日で赤く染まっている。地域で鳴らしている、夕方の五時を知らせる音楽が、校舎の中にまで響き渡っていた。
俺は張り切る友人を見ながら、溜息を吐いた。
◇◆◇◆
話は遡って、今年の春。初夏がそろそろ見えてきたという頃のことだ。
その日は朝から学校中が騒めいていた。学校中、というより女子生徒が色めきだっている。何事だと思いつつ、女子生徒の噂話に耳を傾けると、ある転校生の話で持ちきりだった。
「今ね、職員室にいる転校生をチラッと見かけたんだけど、超イケメンだったの! マジであれはヤバイ!」
「マジで!? 背は高かったりする?」
「背が高くてモデルみたいだったよ!」
「えー! 早く見てみたーい」
教室だけでなく、廊下までもが女子生徒の黄色い声で溢れ返っている。
「くだらねぇ……」
朝からイラついていた俺は、リュックサックを乱暴に机に置いた。どうして女子はこんなにも噂好きなのだろうか? 朝から響く金切り声に、頭が痛くなりそうだ。そんな俺のところへ、優太がニヤニヤしながら近付いてくる。
「噂のイケメン転校生に、女の子を盗られちゃうんじゃないのか?」
「別に、そんなんどうだっていいよ」
「へぇ、モテ男は余裕なんだなぁ」
「なぁ、優太。そんなことより、昨日最終回だったあの漫画読んだか?」
「読んだ読んだ! 超面白かったけど、終わり方がいまいちだったよなぁ」 話を逸らせば、簡単に食いついてきてくれる。優太が単純でよかった……俺は胸を撫で下ろした。
――あいつが神谷章人。
神谷を初めて見たとき、こんなに綺麗な男がいるんだ……と思わず視線を奪われてしまう。廊下を歩く転校生は、噂に違わず美しい容姿をしていた。
身長は百八十五センチくらいはあるだろうか? 女子の言う通りモデルのような体系をしている。漆のように黒い髪は日差しを受けると輝いて見えるし、年齢の割にはひどく大人びた表情をしていた。切れ長の瞳に、鼻筋の通った顔立ちには、女子生徒が浮足立つのも無理ない。
その神谷は、色素の薄い猫っ毛に幼い顔立ちの俺とは正反対で、大人の色気さえも兼ね備えているように感じられた。
移動教室なのだろう。ただ歩いているだけなのに、とても様になっている。女子がチラチラと神谷を盗み見ているのがわかった。
「また凪とは違ったタイプのイケメンだな」
「あっそ」
「でも、あっちは性格もよさそうだ。それにあいつ、頭もよくて運動神経も抜群らしい。
お前、やっぱり負けちゃうんじゃねぇの?」
「あぁ?」
早くも比較をされてしまったことに、苛立ちを隠し切れない。
――あー、煩わしい。
そのとき俺は、神谷には関わらない……そう心に決めたのだった。
自分で言うのはなんだけど、成績は常に学年トップだし、バスケ部のエースであり次期部長。正直、女の子にもモテる。
勉強も運動も、俺が少し本気を出せば面白いくらいよくできた。だから周りの奴らは俺に一目置いていたし、俺は常に特別な存在だ。だから、俺につっかかってくる奴なんていない。
そんな俺は周囲の友人からよく、『性格以外は完璧』と言われるけど……。そんなことも、「負け犬の遠吠え」と軽くあしらっていたのだった。
「あのさ、凪。話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「は?」
「大事な話があるの」
そう今にも消え入りそうな声で呟くのは、この学校でも有名な美少女だ。ひまわり畑で麦わら帽子を被って微笑んでいるような、可憐な子。彼女の名前は江野日葵。
耳まで真っ赤にして、顔さえ上げることができないらしい。
――あー、またか……。
心の中で溜息を吐く。もう何度こういった場面に遭遇しただろうか。もう数えるのも面倒くさくなったくらいだ。
適当に付き合えば「こんな人だとは思わなかった」とフラれるし、断ったら断ったで仲間内で盛大に悪口を言われる。こういった場合のベストアンサーを、俺は知りたかった。
「あのさ、俺、今忙しいんだ。また今度ね」
「あ、でも……」
「ごめん、部活があるから」
そう言った瞬間、江野の顔が悲痛に歪む。あぁ、やっぱり面倒くさい。俺が頭を掻き毟りながら立ちすくんでいると、「凪ぃ、部活に行くぞ!」と遠くから声が聞こえてくる。
なんていいタイミングなのだろうか。これぞ神の救いだ。
「うん、今行く! じゃあ、俺行くから。ごめんな」
俺は江野の肩を軽く叩き、慌ててリュックを背負う。
「凪、待って」
そんな声は聞こえないフリをして、一目散に教室を後にした。
「凪、お前また告られてたのか?」
「わかんねぇ。話聞くのも怠いし」
「はぁ? モテる奴の言うことは違うなぁ。マジでムカつくんだけど」
そう言いながら同じバスケ部で、一番仲のいい小野寺優太が背中に飛びついてくる。その勢いに、体勢を崩しそうになってしまった。
「いいよなぁ、凪は。成績学年トップで、バスケ部のエース。女の子にだってモテるし、超イケメンだし。性格以外悪いとこないじゃん」
「おい。性格は悪いってことかよ?」
「性格は悪いだろう? 凪は自己中だし超我儘じゃん? こんな男のどこがいいんだか……」
「大きなお世話だ」
わざとらしく溜息をつく優太の体を強引に引き離す。でもそんなことは慣れっこの優太は、全然動じる様子などない。
「でも不思議と憎めないんだよな、凪は。なんだか危なっかしくて、放っておけない。なんやかんやでこうやって一緒にいちゃうし」
「別に一緒にいてくれなんて、頼んだ覚えはないからな」
「わかってる。俺が好きで凪の傍にいるんだ」
「……変な奴」
「あははは! それより、お前神谷にはもう告ったのか?」
「はぁ? あれ本気だったのか?」
「当り前だろう? みんな結果を楽しみに待ってるんだからな」
「そんなん、本当にやるわけないだろう。アホらしい」
「はぁ? お前、約束破るわけ?」
優太が怪訝そうに眉を顰める。俺は神谷に告白をするなんて約束をした覚えなんかない。あれは、しょうもない罰ゲームの話で、ただの遊び。そもそも、そんなことを理由にして、告白をするだなんてどうかしてるだろう、こいつらの方が。
「でもさ、なんやかんでお前神谷のこと好きじゃん?」
「はぁ? 俺はあいつのことが大嫌いなんだけど」
「いや、お前は神谷が大好きだって。嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろう? わかった、俺に任せとけ!」
目の前で優太が屈託のない笑顔を見せる。優太は俺のことを憎めないと言ったが、そういう優太も、強引な割に憎めないところはある。
そろそろ冬を迎える季節は、昼間が驚くほど短い。先程までは弱々しい日差しが差し込んでいた校舎が、今は夕日で赤く染まっている。地域で鳴らしている、夕方の五時を知らせる音楽が、校舎の中にまで響き渡っていた。
俺は張り切る友人を見ながら、溜息を吐いた。
◇◆◇◆
話は遡って、今年の春。初夏がそろそろ見えてきたという頃のことだ。
その日は朝から学校中が騒めいていた。学校中、というより女子生徒が色めきだっている。何事だと思いつつ、女子生徒の噂話に耳を傾けると、ある転校生の話で持ちきりだった。
「今ね、職員室にいる転校生をチラッと見かけたんだけど、超イケメンだったの! マジであれはヤバイ!」
「マジで!? 背は高かったりする?」
「背が高くてモデルみたいだったよ!」
「えー! 早く見てみたーい」
教室だけでなく、廊下までもが女子生徒の黄色い声で溢れ返っている。
「くだらねぇ……」
朝からイラついていた俺は、リュックサックを乱暴に机に置いた。どうして女子はこんなにも噂好きなのだろうか? 朝から響く金切り声に、頭が痛くなりそうだ。そんな俺のところへ、優太がニヤニヤしながら近付いてくる。
「噂のイケメン転校生に、女の子を盗られちゃうんじゃないのか?」
「別に、そんなんどうだっていいよ」
「へぇ、モテ男は余裕なんだなぁ」
「なぁ、優太。そんなことより、昨日最終回だったあの漫画読んだか?」
「読んだ読んだ! 超面白かったけど、終わり方がいまいちだったよなぁ」 話を逸らせば、簡単に食いついてきてくれる。優太が単純でよかった……俺は胸を撫で下ろした。
――あいつが神谷章人。
神谷を初めて見たとき、こんなに綺麗な男がいるんだ……と思わず視線を奪われてしまう。廊下を歩く転校生は、噂に違わず美しい容姿をしていた。
身長は百八十五センチくらいはあるだろうか? 女子の言う通りモデルのような体系をしている。漆のように黒い髪は日差しを受けると輝いて見えるし、年齢の割にはひどく大人びた表情をしていた。切れ長の瞳に、鼻筋の通った顔立ちには、女子生徒が浮足立つのも無理ない。
その神谷は、色素の薄い猫っ毛に幼い顔立ちの俺とは正反対で、大人の色気さえも兼ね備えているように感じられた。
移動教室なのだろう。ただ歩いているだけなのに、とても様になっている。女子がチラチラと神谷を盗み見ているのがわかった。
「また凪とは違ったタイプのイケメンだな」
「あっそ」
「でも、あっちは性格もよさそうだ。それにあいつ、頭もよくて運動神経も抜群らしい。
お前、やっぱり負けちゃうんじゃねぇの?」
「あぁ?」
早くも比較をされてしまったことに、苛立ちを隠し切れない。
――あー、煩わしい。
そのとき俺は、神谷には関わらない……そう心に決めたのだった。