「はいっ。じゃあ、今日は合唱祭に向けての、練習をしていきます。リーダーは、前に確認した事をもとに練習する指示を出していって。」
 森川先生が言った。
 隣の席にいる大橋くんが席を立って、
「席を後ろに下げてください。前にみんなで集まって説明します。」
 と言った。
 クラスのみんなが、席を後ろに下げる。
「そういや、大橋がリーダーだったな。」
「前に放課後、陸上行けないって言ってたのは、リーダーの話し合いがあったからか!」
 男子たちが騒いでいる間、私は紗奈の方へかけて行った。
「紗奈、今日ピアノも合わせて練習するんだっけ?」
「ううん、次の時間だったと思う。今日の練習はまだ気楽。」
 紗奈が少し笑って言った。確かに、今日だったら沙奈は体が緊張でガチガチになっていたと思う。
「颯斗がリーダーって、前めっちゃびっくりした。」
「うん、凪がやると思ってた。」
 なんで凪はやらなかったんだろう。
「いやぁ、やりたかったけど、クラス全体をまとめるのとか、無理だからさぁ。」
「クラス全体だと、意見とか多いし、男子たちがうるさいさらね。」

「まずは、合唱祭の時のパート分けの確認をします。パートは、声の高低によって分けられていて、ソプラノ、アルト、テノール、バスがあります。」
 大橋くんが説明する。正直、私は意味分かんない言葉がいっぱいでこんがらがっている。私が、リーダーになるとか絶対無理。上手く説明できない。
「大橋、バス?とか意味わかんない単語言われてもわかんねぇよ。」
「何それ。パート分けとか分かんない。」
 クラスのみんなから、不満の声が上がった。すると、
「みんな、話は最後まで聞こう!まだ、話してるよ。」
 教室によく通る声で、凪が言った。凪がうなずいて大橋くんと目を合わせると、大橋くんが続きを言い始めた。
「高い声の人から低い人まで、四つのグループに分かれている。声が高いグループから、ソプラノ、アルト、テノール、バスと分けられます。質問は?」
 さっきの凪の言葉が響いたのか、反論や不満な声は出ないで、質問が少し出たくらいだった。

 それから、これからの合唱祭の練習スケジュールなどを確認して、一時間は終わった。
「トイレ行こうー」
 凪が私と紗奈を呼んだ。
「うん、いこー。」
 私たち三人が教室を出る。
「凪っ。」
 後ろから声がした。
「あの、さっきはありがとな。」
 大橋くんが凪にお礼を言いにきたのだ。
「…ああ、あの事。困ったときはお互い様。気にしないでいいよ。」
 凪がなんて事もないように言う。そんなところが凪のすごいところだと思う。
「また、お礼させて。」
 大橋くんは、かっこいい爽やかな笑みを凪に浮かべると、教室に戻って行った。
「…すごいね。」
 色々な意味を込めて凪にそう言った。
 こんなイケメンな顔をされて凪が惚れないのが。当たり前のようにお礼を返すことが。
「え?何が?」
 凪が何も分かってないようでキョトンとした顔で言う。
「ちょっと、考えて見て?」
 少し笑みを浮かべて後ろを向くと、紗奈がぼうっと一点を見て立っていた。
「え?どしたの?紗奈。」
 凪も気づいたようで言う。何かあったのかと思い、紗奈が向いている方を見ても何も違和感のない教室だった。紗奈の顔を覗き込むと、心なしか、ほんのりと顔が赤い気がする。
「おーい。紗奈ー?」
 手を紗奈の顔の前で降ると、紗奈がハッとした顔をしてこっちを見た。
「大丈夫?」
「どした?」
 紗奈は数秒経ってから、
「いや…。何でもない…。」
と顔を背けてしまった。

 その次の授業はいつもと変わらない数学だった。たまに紗奈の方を心配になって向くと、ボウっとしているか、私の方向をジッとを見ているかだった。私の方向をジッと見ている時は、私の隣を向いているような気がした。隣の席は、大橋くん。
 私は紗奈がボゥっとしている理由に気づいてしまった。
 それからの数学はあまり頭に入ってこなかった。数学の時間が終わると、すぐに紗奈の席へ向かった。
「紗奈、大橋くんのこと、気になっているの?」
 単刀直入にだけれど、言ってしまった。本当の事が知りたかったから。紗奈は私たちには、本当のことを教えてくれるだろう。
「…わかんない。でも…、かっこいいなぁって。」
 大橋くんのことを見ているのか、また紗奈の顔は赤くなっていた。
「凪ー。」
 凪が自分の席で座っていたので、呼ぶ。
「何ー?」
「紗奈、大橋くんのこと、好きだって。」
 少し声をひそめて言うと、凪は大きく目を見開いた。
「え!紗奈、そうなの?好きなの!?」
「いや、好きとは言ってないけど、うん。気になってる…。」
「えーーー!そっかぁ。そっか…。」
 凪が暗い顔になった、ような気がする。
「なに?凪の気になっている人も、大橋くん?」
 少し冗談めかして言う。
「いや、そういうことじゃないけど、」
「ま、紗奈、頑張ってね!応援する!」
 私は応援したい気持ちでいっぱい。
「うん!ありがとう。」
 紗奈がほんわりとした笑顔をした。

 今日も、家へ帰る前に幸子ちゃんの店へ行くことにした。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい、鈴乃ちゃん今日は気分いいの?」
「どうして?」
「なんか、明るい顔をしてる」
 幸子ちゃんは顔をくしゃくしゃにして、笑った。幸子ちゃんはすぐに分かってしまう。
「そう、聞いて。今日ね、学校ですごいことあったの。」
「なあに?」
「前に、同じクラスの凪と紗奈の話、したじゃん。」
「うん。凪ちゃんは陸上部だっけ?」
「そう。で、凪の幼馴染にね大橋くんって子がいるんだけど、紗奈がその大橋くんを好きになっちゃったの。」
「懐かしい。青春だねぇ。」
 幸子ちゃんが、斜め上を向いて言う。幸子ちゃんも昔そんなことがあったのかな?
「紗奈のこと、応援したいんだけど、どうすればいいかな?」
「そういう事は、自分で考えないと。紗奈ちゃんは応援して、いいって言ってるの?」
 幸子ちゃんはたまに厳しいことがある。
「うん。言ってるよ。ありがとうって言ってくれた。」
「そう、自分で紗奈ちゃんの為になることを考えてみて。それは、紗奈ちゃんの為になるかもしれないねぇ。」
「うん、考えてみる。」
 今日、一日中紗奈は大橋くんの事を考えていたのかな?紗奈は気になっている人の事を思い浮かべている時、普段よりずっと可愛い顔をしていたなぁ。
「恋をすると、可愛くなるって本当かな?」
「本当かもねぇ。鈴乃ちゃんは恋をしてみたいの?」
「紗奈の事を見てたら、なんか恋をきてみたいなってちょっと思っちゃった。」
 恋は人を変えるのかも。
「恋は、金平糖みたいよ。」
 幸子ちゃんが断言するように言った。
「そうなの?」
「うん。きらきらしていて、それでも複雑で、甘い甘い想い…。消えることが出来そうで出来ないような。その想いをもっていると、ずっとその人の事しか考えられなくなるの。」
「ふぅん。」
 恋は、金平糖かぁ。紗奈は金平糖みたいな想いを、大橋くんに抱いているんだ。大橋くんはどうなんだろう?その、幼馴染の凪はどう想っているんだろう?ずっとその人の事を考えられなくなるって、恋は呪いなのかなぁ?
「やっぱ、複雑なんだね。」
「そうだね。鈴乃ちゃんも、一回恋を経験しておいた方がいいと思うよ。」
「なんで?」
「世界が変わるから。キラキラして見えるよ。」
「星とは違うの?」
 キラキラして見えるってことは、星にも恋は近いのかも。
「…確かに、星でもあるかもねぇ。」
「うん。」
「手に届きそうで、届かない。」
「恋は、形がないね。」
「そうだね。」

 今日は、家に帰るのが七時になってしまった。

 恋は結局どんなものなんだろう。金平糖で星でもある。複雑なもの。ものではないのかもしれない。わからない。不思議な言葉。恋をしてみたら分かるのかな?

 恋とはなんだろう?