彼はそのままの格好で考えるように上を向いた。空は暗くなり、そろそろ星が見えてきそうだった。

「ずっと考えてたんだけど、七瀬と俺だけが予知見てたこと。不思議だなって思ってた」

「そ、それは私も」

「でも今七瀬の話を聞いてなんかわかった気がする」

「え?」

 つい前のめりになって聞いた。私自身心で抱いていた疑問。私たちが予知を見ていたことに、理由があるのだろうか。

「あれがなければ、今日本当はすごい人数の犠牲者が出てたはずじゃん?」

「そう、だね……」

「あの事件を防いだのには、二人の力が必要だったよね。七瀬がみた予知、俺がみた予知が合わさって先生を見つけられたし、先生の囮になった俺と消化器でヘルプした七瀬がいたから捕まえられた。
 
 今日俺と七瀬は絶対に体育館にいる必要があったんだよ。みんなの運命を変えるために。だから俺の告白は阻害され続けた。いや、七瀬が受けないように仕向けられた」

「え……」

「俺が七瀬が死ぬ予知を見せられたのは、それがなくっちゃ今日の後夜祭、一緒に行動したりしなかったろ。俺は七瀬を守るつもりでそばにいたんだから。今日近くにいなければ、共通の予知を見てることに気が付けなかったし。

 んで、もう役目は果たしたから、俺は告白しても死なずにいれる、どう?」

「どう、って。そんなの……そうだとしたら、神様無茶苦茶で意地悪だと思う!」

「ぶはっ。確かに」

 神崎が笑った。でも私は笑えない。確かに私たちが体育館にいなければあんなに迅速に動けなかっただろう。結果として予知のおかげでみんなを救えたけれど、あまりに荷が重すぎる役目だった。

 笑う神崎に膨れる私。しゃがみ込んだまま向かい合っていた。ひとしきり笑った後、彼は柔らかい表情のまま言った。

「まあ、選ばれし勇者たちってことで」

「そんなの納得いかないよ! なんとか上手くいったからよかったけどさ。神様横暴だ!」

「まあそれはあるけどね。でも俺は、それだけ俺たちの絆が深かったのかなーとかプラスに考えちゃった」

 そう言った神崎の顔は、どこか意地悪な顔をしていた。はっとする。嬉しそうな、からかってるような、そんな不思議な表情で彼は言った。

「で、俺はちゃんと告白したんだけど、七瀬は?」

 それを聞いた途端ぼっと顔が熱くなった。そうだ、なんかバタバタして流れてたけど、神崎はちゃんと好きだと言ってくれた。今度は夢じゃなくてちゃんと現実で。そして彼は死ぬことなく、今も私の前に存在してくれている。

 ずっと好きだった。神崎が。でも私たちは結ばれてはいけないのだと諦めていた。好きな人を避け、自分の気持ちに蓋をした日々だった。

 もし、許されるのなら。

 彼の告白を受けて、私も好きだと伝えたい。

 明るくて優しくて頼りになる彼が、誰より好きだ。あなたの笑顔を見るだけでこんなに胸が締め付けられる。

「……たしも」

 蚊の鳴くような声。でも、神崎はちゃんと聞いてくれている。

「私もずっと、神崎が好きだった」

 少しだけ震えていた声は、すっかり暗くなった空へと登っていった。

 言いたくてたまらなかった答え。それをようやく解放できたことですっと心が軽くなった。ああ、やっと言えた。ずっと言いたかったセリフ。

 次の瞬間、神崎が私を引き寄せて抱き締めた。背中にまわされた腕は力強く頼もしい。ただそれだけで、私は泣いてしまいそうになった。

 神崎の匂いがする。彼の短い黒髪が頬を掠めた。幸せが詰まっている抱擁に、ただただ身を任せた。

「俺も。ずっと好きだった」

「私の方が前から好きだったよ」

「俺だよ。去年から気にしてたもん」

「私もだよ」

「まじか」

「ねえ、今日写真撮ってた先輩誰」

「え? ああ、友達の姉ちゃん。中学も一緒で友達の家とかで会うからよく話したりしてた」

「ふーん」

「なに妬いてたの? ほんとに?」

 耳元で嬉しそうに呟く声に愛おしさが増す。私は笑った。

 神崎がそっと私を腕から離す。見えたのは、嬉しそうに、でも真っ赤になってる好きな人の顔。私のことを好きだと言ってくれた人。

「言えてよかった。七瀬。もう避けたりしないで、なんでも言って。俺絶対七瀬の言うことは信じるから」

「……うん、神崎も。私も神崎のこと、信じてるから」  

「すっごく遠回りしたけど。やっと俺たち、始められるね」

 そう神崎は微笑んだ。やっぱり目を線にして。

「今日あったことは本当に信じられないしびっくりだけど、でも俺は今こうして七瀬と笑い合っていられるならあんな試練どうってことないって思える。七瀬が死んでしまうくらいなら」

 恥ずかしげもなく真っ直ぐにそういう神崎を、弱々しい風が包んだ。黒髪が微かに揺れる。

「……うん。私も。すごくすごく辛かったけど、神崎が生きててくれて嬉しい。友達もみんな無事で嬉しい。私は今最高に幸せだって思えるよ」

 二人で手を握り立ち上がる。無惨に放り出された自転車を改めて見て笑った。笑い声が夏の夜に消えていく。

 握っている神崎の手は大きくて温かい。私はきっと一生この瞬間を忘れないだろうと思った。好きな人に思いを伝えて、通じ合ったこの喜びを。忘れたくても忘れられない一日になったから。

 この不思議な夏のことを、私たちはきっと二人の心の中だけでしまっておくと思う。信じられない数々のこと、たくさん泣いた涙のこと。誰に話しても絶対に信じてもらえない、でも確かに存在した夏の思い出を。

 これから何回、何十回と迎えるであろうこの季節、それをいつまでも神崎と一緒に味わいたいと思った。



 それ以降、私たちが不思議な夢を見ることは、一度もなかった。