僕らは結ばれてはいけない運命にある

「ふ、普通だよ。神崎こそ、私を逃がそうとしたり、先生を見つけた直後も突き飛ばして守ってくれたから……神崎の優しさには敵わない」

 本心だった。私は優しくなんてない、神崎に比べたら全然敵わないんだから。どんなにお礼を述べても足りないくらいなのだ。

「ふふ、今度なんかお礼させてね」

「七瀬」

「それよりなんで私と神崎だけが夢を見てたんだろう」

「あのさ」

「うん?」

「好きだよ」

 突然発せられた言葉に足が止まる。

 勢いよく隣を見た。自転車を止めた神崎が笑ってこっちを見ていた。

 その瞬間、私の脳裏に思い浮かんだのは今までずっと見てきた予知夢だ。私に告白をすると植木鉢が落下してきたり、車が突入してきたりするあの夢たち。一気に全身に寒気が走った。

 まるで油断していた私は突然のことに頭が真っ白になりながらも、すぐさま自転車のハンドルを手放し放った。そして隣にいた神崎を庇うようにその体をだきしめた。

 急な私の突進に神崎も持ち堪えられなかったらしい。私たちは二人でそのまま地面に倒れ込んだ。ドサリと倒れた衝撃が伝わり、神崎の自転車が派手な音を立てる。それでも私はただ彼の体を覆って神崎を守った。正体はわからないけど襲ってくるはずの「何か」から、彼を庇いたくて。

 神崎は私を守ってくれていた。だったら今度は、私が守りたい。自分が死んじゃったとしても、神崎の命だけはどうにかして助けたい。

 迫り来るはずの危険に覚悟して、私は強く目を閉じていた。果たして落下物か、事故か、それとも殺人か。

 一体何が、くる。




「………………七瀬?」

 自分の体の下からくぐもった声が聞こえた。

 思い切り抱きついているその体からは熱い体温と、ドキドキとした心臓の音が伝わってきた。どこか安心する。このままなら死んでも後悔はないとさえ思った。

「…………七瀬、どうした」

 しばらくその体制で時間が過ぎた後、再び神崎の戸惑ったような声が響いてきた。彼はまだ間違いなく生きているし、私もどうやら無事だけれど。

 穏やかな虫の音が遠くから響いてくる。他にはなんの音もしない。あまりに長い時間、私たちはそのままの体制だった。それでも神崎は無理にどかせようもせず私の反応を待った。いいかげん何も起きないのを見て、私はようやく恐る恐る顔を上げる。

「……あれ? ん?」

 周りは見慣れた住宅街。特に何も異常はなく静かだった。今までの予知では告白した瞬間死んでいた神崎は未だ私の下で生きている。

「あれ、ちょっと待って、え?」

 ようやく上半身を起こした。それでも注意深く周りを観察するけれど、襲ってきそうな危険は何もない。ただアスファルトの上で寝そべる変な高校生が二人いるだけだ。二台の自転車が寂しそうに横たわっている。

 うそ、なんで? そりゃ今日このシーンは予知で見てなかったけどさ。今までは告白全部ダメだったじゃん!

 唖然としながら下を見ると、困ったように笑っている神崎の顔が見えてはっとした。慌てて彼の上から立ち上がる。

「ごごごごめん神崎!!」

「びっくりした。いって」

「うわ! 本当にごめん!」

 上半身を起こした神崎は痛そうに顔を歪めた。アスファルトにあれだけ勢いよく倒れ込めば相当痛いはずだ、しかも私の下敷きだったのに! 守るどころか怪我をさせてしまった!

 それでも彼は笑いながら立った。ついた埃を払うように制服を叩くと、私に言う。

「別に大丈夫、怪我とかはしてない」

「ほほほんとに!? 大丈夫? 私凄い勢いで突進したよ」

「うん、猪かと思った」

「それは言い過ぎ」

「ははは、冗談。で。今の行動の意味を教えてくれる? 道端で発情したわけでもないでしょ」

「ば! そんなわけないでしょーが!」

「じゃあ、なに。七瀬が今まで俺を避けてたのと関係あるの?」

 ふざけたように話していた神崎は突然声を低くした。真っ直ぐに私を見ている。その瞳に見つめられ、捕らわれたように動けなくなった。

 神崎の告白を散々避けて逃げ続けた。それは本当に彼に対して失礼な態度だった。でも予知であなたが死ぬのを見たなんて、信じてもらえないと思ってたから。

 決して彼自身に言うつもりはなかった。今の今まで、私の胸の中に秘めておこうと思っていたけど。でも思えば神崎は予知夢のことはすでに知っているんだ。

 もう隠さなくていいのかな。神崎に言ってしまってもいいのかな。

 埋めた恋心を、掘り起こしてもいいのだろうか。

「……神崎が私に告白をすると死ぬ予知夢を見てた」

 ポツリと絞りだした声に、彼の目が丸くなった。私は唇を震わせながら続ける。

「最初は裏庭で。次はコンビニで。校庭近くで……必ず、神崎は私に告白すると死んでた。だから、神崎の告白を聞きたくなかった、聞くわけにはいかなかった。だって、そんな信じられない予知夢みてるだなんて、いくら神崎がいいやつでも信じるわけないって思ってから。ずっと避けてたの、ごめん……」

「……七瀬も、俺が死ぬ予知を見てた……?」

 神崎はただ呆然としたように私を見つめる。私は頷いた。

「廊下で思い切り神崎を拒絶したことあったでしょ。あれ以降は全然見てなかったの。今日は久しぶりに見た」

「七瀬は元々そういうの見る力あったの?」

「ぜ、全然。初めて見たのはえっと、席替えの日だったかな」

「……俺もだ」

 信じられない、とばかりに神崎が言う。私たちはお互いをただ見つめた。言えなかっただけで、二人とも同じ境遇にいたということだ。

 神崎は思い出すように語る。

「俺も席替えの日から時々予知夢を見て……基本どうでもいい予知ばっかだったのに、ある日突然七瀬が体育館で死ぬところを見て。驚いてとにかくなんとか助けたいって」

 そこまで一息に話した神崎は、突然大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。膝に顔を押し当てて表情が見えない。私も慌ててしゃがみ込んだ。

「神崎?」

「そっか……七瀬に嫌われてたわけじゃなかったのか」

 そう言いながら顔を上げた彼は、目が線になるくらい細めて笑っていた。

 私は何も言えず、ただその体制のまま硬直した。こんなことなら、信じてもらえないかもって思っててもちゃんと伝えてればよかったのかな。私たち、お互い守り合おうとしてたなんて。そのことで神崎を散々傷つけてしまった。

 私があなたを嫌うはずがない。そんなこときっと、世界がひっくり返ってもありえないことなんだ。

「……ごめん。私」

「いいよ謝らなくて。七瀬も七瀬なりに俺を守ってくれてたんでしょ。ありがと」

 そんなことを言える彼は、やっぱり優しすぎる。

 優しすぎて優しすぎて、心配になっちゃうくらいだよ。

 私はそっと唇を噛んだ。不器用な自分が憎くて仕方がなかった。