「ちょっと道を開けなさい!」
どこかから声がした。生徒たちの間から現れたのは警察官二人だった。恐らく、最初に神崎が適当な嘘で呼び出した警察だろう。駆け足でやってきたその人たちは、三木先生や落ちている刃物を見て瞬時に状況を把握したのか、すぐに応援を呼びつけた。刃物をしっかり遠ざけ、慣れた手つきで三木先生を拘束した。顔を上げた三木先生は、血走った目でこちらを見、髪を振り乱しながら叫んだ。
「こいつら全員殺してやりたかったのに、邪魔しやがって!!」
いつものほほんとしている先生の豹変ぶりに、私を含め全員が唖然とした。そりゃ熱い先生ってわけじゃなかったけど、殺したいほど生徒を憎んでいたのなんて全然感じなかったのに。背後では女生徒が泣いている声が聞こえる。
全員、って言った。やっぱり、予知で見た通りいろんな生徒を襲うつもりだったんだ。私と神崎の見たことは間違いじゃなかった。
「ひ、陽菜……! どうしたの!」
背後から私の服をしっかり握りしめて声をかけてきたのは美里だった。振り返った時、怯えたような彼女の顔が見えたがそれでもほっとした。隣には坊主頭も見える。
「美里……」
「ねえ、何があったの、陽菜も神崎も……これ、どうしたの?」
遠山くんも信じられない、というように先生をみていた。私は何も答えず、ただ美里に抱きついた。あの時見た予知と違って、今美里はちゃんと生きてる。神崎も、遠山くんも、みんな。ちゃんと生きてくれている。
「陽菜? 泣いてるの、大丈夫?」
心配そうに言う美里の肩をしっかり抱きしめた。色々理解しきれないことはあるけれど、とにかくみんなが助かった——それだけが、全てだった。
溢れ出る涙もそのままに顔を上げる。ふと隣を見ると、いつのまにか神崎がそばにいた。神崎はほっとしたような、脱力したような不思議な表情をしていた。ぐっしょりと汗をかき、赤いクラスTシャツは首元が濡れていた。
「神崎……」
「ありがとう七瀬。助かった」
「ううん、神崎が勇敢に戦ってくれたから……私こそ、ありがとう」
涙声でそういうのを、彼は微笑んで聞いていた。隣で未だ混乱している遠山くんが口を開く。
「いや、ちょっと待てって。何があったの、どういうこと?」
尋ねられ、私と神崎は顔を見合わせる。まさか本当のことを言えるわけがなく、神崎は口籠もりながらこたえた。
「えーたまたま、刃物を持ってる先生と出くわして……」
「はあ!?」
「なんか襲いかかってきたから、なんとか止めて。七瀬が消化器で応援してくれたから、どうになかった」
「ミッキーがなんで!」
その質問には答えられなかった。私たちも教えてほしいと思う。本来なら大勢の生徒たちを殺すはずだった先生、その心のうちはどうなっていたんだろう。
黙ってしまった私たちに、遠山くんは何も答えなかった。しばらく沈黙が流れる。そこではっと、私は立ち上がって神崎の体を見た。
「そ、そういえば神崎怪我とかしてないの……あ! こ、ここ切られてる!」
悲痛な声を上げた。神崎の着ているTシャツの袖が一部スパッと切れていたのだ。それでも神崎は初めて気がついた、というように自分でそこを観察する。
「あれ、ほんとだ。でもほら、服だけだよ。肌は傷ついてない」
「ちょっと見せて!」
私はその袖をぐいっと捲り上げた。そして必死に神崎の腕を観察する。更に手でさすってみた。なるほど確かに、肌に傷はついてなさそうだった。
「あ、うん、よかった、傷はないのかな……」
「な、七瀬」
「大丈夫みたいだね? はあ、間一髪だったんだね」
「七瀬、そんなにガン見されると流石に恥ずかしい」
頭上からそんな声が降ってきてはたと停止する。気がつけば神崎の二の腕をしっかり握って至近距離で観察する変な図になっていた。突然冷静になり、ぱっと両手を離す。
「ご、ごめん」
神崎の顔を見上げると、確かに彼は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。そんな神崎の反応が今度は私を恥ずかしくさせる。私は俯いて顔を熱くさせた。
しまった、つい無我夢中で。だってあれだけ刃物振り回してたし、傷を負っていたらって思っちゃって。
「いや、心配してくれてありがとう」
「ううん、怪我なくてよかった」
私と神崎がそう言い合ってるのを、美里は怪訝にみながら割り込んでくる。
「ねえ、まだ全然納得できてないよ。そもそもなんで二人でこんなところまで来てたの? 警察くるのめちゃくちゃ早くない? 私たちは何がなんだかだよ」
そう聞かれ、私と神崎は顔を見合わせた。確かに、それもそうだと思う。予知のことを話せないとなれば、一体どうやって説明しよう。
神崎が私の耳元で囁いた。
「ちょっと口裏を合わせよう」
「賛成」
絶対今から、警察に同じ質問をされる。私たちはお互い話を合わせておく必要があると思った。
それからほんの隙間を狙って、私と神崎は慌てて口裏をあわせた。
何せ予知夢を見たから犯人を探していた、だなんてことを言ってしまえばこちらの頭を疑われかねない。そこで、二人で担任の先生を探していたらたまたま刃物を持った先生と出くわしてしまった、ということにしておいた。初めに警察に電話したのも神崎だったので、「不審者らしき人を見たから先生に報告しようとした」ということにした。無論不審者などいないのだが、それは私たちの見間違いということで処理してもらえばいいと思った。
それから突然襲いかかってきた先生をなんとかしようとああなった、というわけだ。
案の定警察の人に事細かに今までの流れを聞かれる羽目になったので、口裏を合わせておいて正解だと思った。三木先生は警察に連行され、二度と会うことはなかった。
大混乱となった体育館はしばらく静かにならなかった。私と神崎だけ妙に冷静だったが、他の生徒たちは突然先生が生徒に刃物で襲っている光景を見せられショックを受けているようだった。混乱し、泣いている女子も多くいた。
他の先生たちはその対応に追われ、せっかく盛り上がっていた後夜祭の続きはきっともう見られないだろうと悟った。
どこかから声がした。生徒たちの間から現れたのは警察官二人だった。恐らく、最初に神崎が適当な嘘で呼び出した警察だろう。駆け足でやってきたその人たちは、三木先生や落ちている刃物を見て瞬時に状況を把握したのか、すぐに応援を呼びつけた。刃物をしっかり遠ざけ、慣れた手つきで三木先生を拘束した。顔を上げた三木先生は、血走った目でこちらを見、髪を振り乱しながら叫んだ。
「こいつら全員殺してやりたかったのに、邪魔しやがって!!」
いつものほほんとしている先生の豹変ぶりに、私を含め全員が唖然とした。そりゃ熱い先生ってわけじゃなかったけど、殺したいほど生徒を憎んでいたのなんて全然感じなかったのに。背後では女生徒が泣いている声が聞こえる。
全員、って言った。やっぱり、予知で見た通りいろんな生徒を襲うつもりだったんだ。私と神崎の見たことは間違いじゃなかった。
「ひ、陽菜……! どうしたの!」
背後から私の服をしっかり握りしめて声をかけてきたのは美里だった。振り返った時、怯えたような彼女の顔が見えたがそれでもほっとした。隣には坊主頭も見える。
「美里……」
「ねえ、何があったの、陽菜も神崎も……これ、どうしたの?」
遠山くんも信じられない、というように先生をみていた。私は何も答えず、ただ美里に抱きついた。あの時見た予知と違って、今美里はちゃんと生きてる。神崎も、遠山くんも、みんな。ちゃんと生きてくれている。
「陽菜? 泣いてるの、大丈夫?」
心配そうに言う美里の肩をしっかり抱きしめた。色々理解しきれないことはあるけれど、とにかくみんなが助かった——それだけが、全てだった。
溢れ出る涙もそのままに顔を上げる。ふと隣を見ると、いつのまにか神崎がそばにいた。神崎はほっとしたような、脱力したような不思議な表情をしていた。ぐっしょりと汗をかき、赤いクラスTシャツは首元が濡れていた。
「神崎……」
「ありがとう七瀬。助かった」
「ううん、神崎が勇敢に戦ってくれたから……私こそ、ありがとう」
涙声でそういうのを、彼は微笑んで聞いていた。隣で未だ混乱している遠山くんが口を開く。
「いや、ちょっと待てって。何があったの、どういうこと?」
尋ねられ、私と神崎は顔を見合わせる。まさか本当のことを言えるわけがなく、神崎は口籠もりながらこたえた。
「えーたまたま、刃物を持ってる先生と出くわして……」
「はあ!?」
「なんか襲いかかってきたから、なんとか止めて。七瀬が消化器で応援してくれたから、どうになかった」
「ミッキーがなんで!」
その質問には答えられなかった。私たちも教えてほしいと思う。本来なら大勢の生徒たちを殺すはずだった先生、その心のうちはどうなっていたんだろう。
黙ってしまった私たちに、遠山くんは何も答えなかった。しばらく沈黙が流れる。そこではっと、私は立ち上がって神崎の体を見た。
「そ、そういえば神崎怪我とかしてないの……あ! こ、ここ切られてる!」
悲痛な声を上げた。神崎の着ているTシャツの袖が一部スパッと切れていたのだ。それでも神崎は初めて気がついた、というように自分でそこを観察する。
「あれ、ほんとだ。でもほら、服だけだよ。肌は傷ついてない」
「ちょっと見せて!」
私はその袖をぐいっと捲り上げた。そして必死に神崎の腕を観察する。更に手でさすってみた。なるほど確かに、肌に傷はついてなさそうだった。
「あ、うん、よかった、傷はないのかな……」
「な、七瀬」
「大丈夫みたいだね? はあ、間一髪だったんだね」
「七瀬、そんなにガン見されると流石に恥ずかしい」
頭上からそんな声が降ってきてはたと停止する。気がつけば神崎の二の腕をしっかり握って至近距離で観察する変な図になっていた。突然冷静になり、ぱっと両手を離す。
「ご、ごめん」
神崎の顔を見上げると、確かに彼は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。そんな神崎の反応が今度は私を恥ずかしくさせる。私は俯いて顔を熱くさせた。
しまった、つい無我夢中で。だってあれだけ刃物振り回してたし、傷を負っていたらって思っちゃって。
「いや、心配してくれてありがとう」
「ううん、怪我なくてよかった」
私と神崎がそう言い合ってるのを、美里は怪訝にみながら割り込んでくる。
「ねえ、まだ全然納得できてないよ。そもそもなんで二人でこんなところまで来てたの? 警察くるのめちゃくちゃ早くない? 私たちは何がなんだかだよ」
そう聞かれ、私と神崎は顔を見合わせた。確かに、それもそうだと思う。予知のことを話せないとなれば、一体どうやって説明しよう。
神崎が私の耳元で囁いた。
「ちょっと口裏を合わせよう」
「賛成」
絶対今から、警察に同じ質問をされる。私たちはお互い話を合わせておく必要があると思った。
それからほんの隙間を狙って、私と神崎は慌てて口裏をあわせた。
何せ予知夢を見たから犯人を探していた、だなんてことを言ってしまえばこちらの頭を疑われかねない。そこで、二人で担任の先生を探していたらたまたま刃物を持った先生と出くわしてしまった、ということにしておいた。初めに警察に電話したのも神崎だったので、「不審者らしき人を見たから先生に報告しようとした」ということにした。無論不審者などいないのだが、それは私たちの見間違いということで処理してもらえばいいと思った。
それから突然襲いかかってきた先生をなんとかしようとああなった、というわけだ。
案の定警察の人に事細かに今までの流れを聞かれる羽目になったので、口裏を合わせておいて正解だと思った。三木先生は警察に連行され、二度と会うことはなかった。
大混乱となった体育館はしばらく静かにならなかった。私と神崎だけ妙に冷静だったが、他の生徒たちは突然先生が生徒に刃物で襲っている光景を見せられショックを受けているようだった。混乱し、泣いている女子も多くいた。
他の先生たちはその対応に追われ、せっかく盛り上がっていた後夜祭の続きはきっともう見られないだろうと悟った。


