神崎は覚悟を決めたように頷き、そして私の手首をしっかりつかんだ。力強く言う。

「約束して。逃げる時になったら絶対に七瀬はすぐに逃げるって。絶対だよ、後ろで何が起こってても振り返らないで」

「……え、それ」

「約束、できるね」

 強く握られた手首が熱い。真剣なその表情に私は頷くしかなかった。

「時間がない、行こう」

 神崎はそのまま私の手を引いて体育館の中へ駆け出した。






 再び重い扉を開けた時、中は熱気でいっぱいだった。生徒たちはステージに夢中で周りのことは何も見えていなかった。やや薄暗い中で楽しそうな声が聞こえる。

 プロジェクターに様々な映像が流れている時だった。学祭準びをしているときに撮られたものや、今日当日の朝撮影されたものまで追加されていた。みんな懐かしむように笑って夢中になっている。

 神崎は私の手を引きながらどんどん歩いていく。まず壁際に沿って列に割り込み、人混みをかき分けながら前へ進んだ。

 神崎が見た予知では前の方から被害者が出ていそうだった。つまりは今も犯人は前列らへんにいる可能性が高いということだ。それでも私はすれ違う人たちの手首を瞬きもせずに観察した。赤いミサンガをした腕を、少しでも早く見つけなければ。

 しばらくしてなんとか最前列に移動できた私たちは、一度人々を見回した。今の段階でミサンガを確認できる人はいない。ここからはただワクワクした顔でスクリーンを見つめている人たちの顔しか見えない、何か挙動不審な人とかいれば分かりやすいのだが。

「手分けして探した方がいいんじゃない」

 音楽に負けないよう声を張って神崎に問いかけた。彼に声が届くか心配だったが、ちゃんと聞こえたらしい。こちらをチラリと見た。でも彼は私の手首を離すことはなく、黙ってそのままゆっくり歩みを進め周りの人々の観察を始めた。一人になるな、と言っているようだった。

 さっき交わした神崎との約束を、私は守れるのだろうかと自問した。だって、「逃げよう」じゃなくて「逃げて」だった。つまり神崎は逃げるつもりがないっていうこと。たった一人で安全なところへ行くなんて、できるのだろうか。

 神崎は密集している人たちに間を無理矢理こじ開けて入り込んだ。私は神崎の後ろをただついていく。なるべく早足で二人は進んだ。

 私はとにかく必死に目を光らせるしかなかった。会場が薄暗いのもあり、正直視界はよくない。それでも絶対に見逃してたまるかという気持ちで探した。男子生徒だろうと見当もついているためか、神崎はうまいこと男子の近くを通った。その度に私はしっかりと彼らを両手首を見つめる。

 人混みを無理矢理かき分けて移動する私たちをみんなが不思議そうに眺める。ときには鬱陶しそうに見てくる人もいた。それすら気にならないほど、私たちは必死に人々の手首を見続けた。

 途中、狭い中慌てて走っていたせいで足をもつらせ思い切り地面に転んだ。膝が摩擦で熱く感じる。すぐそばに立っていた女子が聞こえるように言ってきた。

「こんなとこ入ってくるのが無謀すぎじゃない、てゆうか邪魔なんだけど」

 とげのある言葉に傷つく暇もなかった。だが、周りの人たちが私を睨むようにみている視線に気がつく。何も事情をしらない彼女たちからすれば、楽しい時にぶつかる勢いで割り込んでくる鬱陶しい生徒にしか見えていないのだろう。

「ごめん七瀬、大丈夫?」

 神崎が凛とした声で話しかけてくれた。それはなんだか、「周りの人のことなんて気にしなくていい」と言っているように感じた。

 私は頷き、しっかりとした表情で立ち上がる。

「ありがとう、大丈夫だから行こう」

 私の返事を聞き、神崎も頷いた。冷たい視線に追われながら、それでも私たちは再びミサンガがしてある腕だけを目的に進み出した。

 その時、音楽が終わりを迎える。びくんと体が反応した。時間がない、次の曲の最後のサビ……あと五分くらいなんじゃ……。

 神崎も焦ったのか更に足を早める。二人でどんどん進みまた転んでしまいそうになる。それでも足を止めることなく、ただただ私たちは赤いミサンガだけを探し続けた。

 それでも、ミサンガは見つからない。私も神崎も、どうしても犯人を探し出すことができなかった。二人で目を光らせているのに、だいぶ多くの生徒たちをみたはずなのに、なぜなのか。


 

 赤いミサンガをしている人はなかなか現れなかった。時折それらしきものを見つけハッとしても、ヘアゴムをつけているだけだったりした。

 アクセサリーは禁止されているうちの学校では、ブレスレットなんかつけている人はあまりいない。だから、ミサンガをつけているだけでもきっと目立つと思うのに。