「え? 神崎?」
神崎はさっきよりさらに強張った顔で私を見ていた。それはこちらが引いてしまうほどの気迫を感じる。神崎はしっかり私の手首を持ったまま言った。
「あー、一番後ろの方で見ようよ」
「え、なんでまた……前の方が盛り上がるんじゃ」
「人混みでめちゃくちゃになりそうだから。後ろからゆっくり見るのがいいと思う」
それは提案というより決定事項のように感じた。有無言わさない雰囲気に面食らう。一体なぜ神崎がそんな様子なのか、まるで見当がつかなかったのだ。
意外にもすぐ同意したのは遠山くんだった。
「あーまあ確かに前の方じゃ絶対はぐれるしなー。今年最後の三年に譲ってやるのがいいかもな」
そう言った彼に静かに頷いた。まあ、三年生に譲るというのならまだわかる。私が納得したのを見て、神崎は手を離した。
彼が力強く握っていたその場所だけが熱い。そっと自分の手首を撫でた。ついドキドキしてしまった自分をなんとか抑える。
神崎の提言通り、私たちは一番後ろの端からステージを眺めることになった。初めは私と美里、その後ろに神崎と遠山くんがいる位置だったのに、話しているうちにいつのまにか隣に神崎が来ていた。
それを見て気を利かせたのか? 美里は何も言わず自然と後退し、遠山くんと並んで馬鹿馬鹿しい雑談を始めた。私は右側に壁、左側に神崎がいる体制になり、何だか恥ずかしく感じた。さらにどうも、神崎はやたら私を壁に押し込むようにして距離を詰めてくる気がする。
でも、まさかね。こんなうるさい場所で今更告白なんかしてくるはずないし。予知だって見てないし。この距離感は特別なことじゃないんだ、と自分に言い聞かせる。
途中で隣の神崎を見上げると、彼は鋭い視線で辺りを見回していた。何か話しかけようとも思ったが、それすら躊躇われるほどの雰囲気なのでやめておいた。
周りは楽しげな声ばかりが響いている。そんな中、私は神崎と沈黙を流しながら待っていた。
それからしばらくし、体育館全体の照明が少し落ちる。わっとみんなの歓声が漏れた。その瞬間、近かった神崎の肩がなお私に寄ってきた。盛り上がって、人が押してきたのだろうか。距離がなくなった彼の腕にドキドキしてしまう。ほんの少し、赤い袖が触れていた。
後夜祭はバンドによる演奏だったり、プロジェクターでクラスの出し物の様子が流れたりする。人々はしっかり前を向いて注目していた。
私も隣の神崎を気にしないようにして、ステージを見つめる。音楽が鳴り始め、大音量が体育館を包んだ。流行りの音楽が流れ、まずはプロジェクターに映像が流れ始めた。わあっと歓声が湧き上がる。
一年に一度しかない後夜祭。来年は神崎とクラスが離れる可能性だってある。そう思うとこんな体験は一生に一度しかないのかもしれない、貴重な瞬間だ。
本当は神崎と並んで校庭に行きたかったけど。でも場所は違うけどこうやって並べて後夜祭を見れてる。それって十分幸せなのかなあ……。
そうぼんやり思っていた時だ。
突然目の前が真っ暗になった。
体育館の照明が一気に落ちたのかと思ったがどうやら違うらしい。視界が黒くなっただけではなく、音すら無音になったからだ。
あれっと不思議に思う。突然無音の世界へ放り込まれ、一瞬何がなんだかわからなかった。私はしっかり目を開けたまま当たりをキョロキョロと見渡す。それでもまるで何も見えなかった。
「え、かん、ざき?」
一気に恐怖心が襲い、隣にいる神崎の腕を探そうと手を伸ばした時だ。
耳がおかしくなるんじゃないかと思うほどの悲鳴が体育館に響き渡った。
その大音量は地面すら揺らした。それは男子、女子合わさった悲鳴で、歓声とはまるで違う危機感を感じさせる声たちだった。同時に自分の全身も毛穴が開いたかのようにぶわっと寒気が走った。
「な、なに!?」
そう出した自分の声すら悲鳴でかき消された。騒がしい声たちはあちらこちらから聞こえてくる。バタバタという多くの足音が聞こえ、次に私は誰かに衝突された。突然のことだったのでそのまま床に転んでしまう。膝を強く打って痛みが走る。それでも誰も私に心配の言葉をかけることもなく、ただ叫びながら走っているように思えた。
「いた……なんなの」
そう言いながら頭を上げる。いつのまにか、真っ暗だった景色は普通の色に戻っていた。そして自分の視界に入ってきたものを見て動きを止める。
すぐ目の前に、真っ赤なTシャツの色が見えた。
見慣れたボブの髪だった。そのすぐ横には坊主の頭が見える。二つとも動かず床に倒れ込んでいる。
「……み、さと?」
振り乱した髪に隠れた顔は見えない。私は慌てて彼女の髪を手でどかした。そこにはやはり、見慣れた友人の顔があったのだ。白い顔をして目を閉じている。
「美里? 美里!」
呼びかけても答えない。美里は1ミリも動かなかった。私は次に隣に横たわる遠山くんの肩を揺すった。
「と、遠山くん? ね、ねえ! どうしたの!!」
彼も何も答えなかった。いくら揺らしても動かない。二人の肩を必死に叩いた。それでもまるで反応はない。
そこではっとした。二人が着ている赤いクラスTシャツは、その布とは違う別の赤がべっとり付着していることに気がついたのだ。そしてようやく、鼻に鉄のような生臭い匂いがすることを知る。なぜ今まで気づかなかったんだと自分に問いたいくらいのものだった。
……何、この匂い。
無意識に手が出てそこに触れた。ぬるりとした触感が手のひらに伝わり、目で見てみると真っ赤な血が付いていた。生ぬるい温度、嫌な匂い。自分が今まで経験したことのないものだった。
「……う、そ、なん、で……」
そう呟いてようやく辺りを見回した。
二人だけではなかった。体育館はたくさんの生徒たちが倒れ地の海と化していた。壁には飛び散ったような血の跡、床は流れる血液で赤く染められている。沢山の靴の跡が残されていた。多くの生徒たちがこの血液の上を踏んで逃げ惑ったのだと容易に想像がつく。呆然とその状況を見る。
男子も女子も含んだ、多くの人たち。苦しそうに唸っている声がどこかから漏れた。さっきまで明るい笑顔で満ちていたはずの体育館はまるで地獄だった。
何が起きたの。どうしてこんなことに?
混乱する頭は何も考えられず、ただただその光景を見ているしかできなかった。
「あ……あ、きゅ、うきゅうしゃ……」
ようやくそんな基本的なことを思い出した。震える声で呟きポケットに手を入れようとする。そこにしまってあるはずのスマホを取り出したいだけなのに、馬鹿みたいに手がいうことを聞かない。
早くしなきゃ。早く、……しないとみんなが!
焦りは余計に手から神経を奪うようだった。一分一秒でも惜しいのに、何をしてるんだろう私は。
ポケットに手を入れながら呟いた。勝手に目から涙が溢れてくる。ようやく取り出せたと思ったスマホは手から滑り落ちて床に落下した。自分の手を見てみるとびっくりするほど震えていた。それでも慌ててスマホを拾おうと手を伸ばす。ロックを解除したいだけなのに画面がうまく反応しない。自分の手のひらにべったり残された美里の血のせいだと気がついた。泣きじゃくりながら自分の服の裾で手を拭う。
その時だった。
ぽん、と誰かが私の肩に手を置いた。
その手は非常に熱く、それでいてどこか濡れているような感覚が肩から伝わってきた。血生臭い中にどこか懐かしい匂いがした気がした。
ゆっくりと後ろを振り返った瞬間、見えたのは赤く染まった大きなナイフが振り下ろされるシーンだった。
*
「七瀬!!」
はっとして目を開けた。
薄暗いけれど、そこにはしっかり景色が見えた。私を見下ろしていたのは神崎だった。
その途端止まっていた息を再開させたように体に酸素が入り込んでくる。肺が突然膨らんだ。息苦しさを感じながら乱れた呼吸を自分でも感じた。
明るい音楽が流れ、人々の歓声が聞こえた。周りを見てみれば、ステージの方を向いた多くの生徒たちの後ろ姿がわかる。
倒れ込んでいる私を神崎が腕で支えてくれていた。美里と遠山くんが心配そうに私を見ている。
…………夢?
唖然としてそう思った。そうだ、夢。夢だった。
人々が流血しながら倒れ、美里や遠山くんたちも呼びかけても反応がなかった。そして救急車を呼ぼうとした時、誰かが私の肩を掴んで——
さっきの恐ろしい光景が目に浮かんでガクガクと震えが走る。夢ならいい。でも私にとっての夢とは、大きな意味を持つ。
待って。もしかして。今の夢って
「二人して突然倒れたからびっくりしたよ、大丈夫? 転んだの?」
美里が眉を下げて心配そうに言ってくる。倒れた、ってことはやっぱりあれは夢なんだ。一瞬だけど気を失って夢を見たんだ。私はとりあえず一度深呼吸をして体を起こす。
「ご、めん、神崎、もうだいじょ」
私を支えてくれる神崎にそう言いかけた時だった。彼の顔を見上げ、はたと止まる。
神崎は額に汗をかいてぐっしょりと前髪が濡れていた。薄暗い中でも分かるほどその肌は真っ白になっている。そして薄い唇は僅かに震えていた。何か恐ろしいものを見たような、体験したような、絶望を覚えたような。
その彼の顔を見て、心臓が止まったのかと思った。なぜかは分からないが、心で強く確信を持った。信じられない出来事だけど、そうとしか考えられない。
『二人して突然倒れたからびっくりしたよ』
美里はそう言っていた。
神崎はさっきよりさらに強張った顔で私を見ていた。それはこちらが引いてしまうほどの気迫を感じる。神崎はしっかり私の手首を持ったまま言った。
「あー、一番後ろの方で見ようよ」
「え、なんでまた……前の方が盛り上がるんじゃ」
「人混みでめちゃくちゃになりそうだから。後ろからゆっくり見るのがいいと思う」
それは提案というより決定事項のように感じた。有無言わさない雰囲気に面食らう。一体なぜ神崎がそんな様子なのか、まるで見当がつかなかったのだ。
意外にもすぐ同意したのは遠山くんだった。
「あーまあ確かに前の方じゃ絶対はぐれるしなー。今年最後の三年に譲ってやるのがいいかもな」
そう言った彼に静かに頷いた。まあ、三年生に譲るというのならまだわかる。私が納得したのを見て、神崎は手を離した。
彼が力強く握っていたその場所だけが熱い。そっと自分の手首を撫でた。ついドキドキしてしまった自分をなんとか抑える。
神崎の提言通り、私たちは一番後ろの端からステージを眺めることになった。初めは私と美里、その後ろに神崎と遠山くんがいる位置だったのに、話しているうちにいつのまにか隣に神崎が来ていた。
それを見て気を利かせたのか? 美里は何も言わず自然と後退し、遠山くんと並んで馬鹿馬鹿しい雑談を始めた。私は右側に壁、左側に神崎がいる体制になり、何だか恥ずかしく感じた。さらにどうも、神崎はやたら私を壁に押し込むようにして距離を詰めてくる気がする。
でも、まさかね。こんなうるさい場所で今更告白なんかしてくるはずないし。予知だって見てないし。この距離感は特別なことじゃないんだ、と自分に言い聞かせる。
途中で隣の神崎を見上げると、彼は鋭い視線で辺りを見回していた。何か話しかけようとも思ったが、それすら躊躇われるほどの雰囲気なのでやめておいた。
周りは楽しげな声ばかりが響いている。そんな中、私は神崎と沈黙を流しながら待っていた。
それからしばらくし、体育館全体の照明が少し落ちる。わっとみんなの歓声が漏れた。その瞬間、近かった神崎の肩がなお私に寄ってきた。盛り上がって、人が押してきたのだろうか。距離がなくなった彼の腕にドキドキしてしまう。ほんの少し、赤い袖が触れていた。
後夜祭はバンドによる演奏だったり、プロジェクターでクラスの出し物の様子が流れたりする。人々はしっかり前を向いて注目していた。
私も隣の神崎を気にしないようにして、ステージを見つめる。音楽が鳴り始め、大音量が体育館を包んだ。流行りの音楽が流れ、まずはプロジェクターに映像が流れ始めた。わあっと歓声が湧き上がる。
一年に一度しかない後夜祭。来年は神崎とクラスが離れる可能性だってある。そう思うとこんな体験は一生に一度しかないのかもしれない、貴重な瞬間だ。
本当は神崎と並んで校庭に行きたかったけど。でも場所は違うけどこうやって並べて後夜祭を見れてる。それって十分幸せなのかなあ……。
そうぼんやり思っていた時だ。
突然目の前が真っ暗になった。
体育館の照明が一気に落ちたのかと思ったがどうやら違うらしい。視界が黒くなっただけではなく、音すら無音になったからだ。
あれっと不思議に思う。突然無音の世界へ放り込まれ、一瞬何がなんだかわからなかった。私はしっかり目を開けたまま当たりをキョロキョロと見渡す。それでもまるで何も見えなかった。
「え、かん、ざき?」
一気に恐怖心が襲い、隣にいる神崎の腕を探そうと手を伸ばした時だ。
耳がおかしくなるんじゃないかと思うほどの悲鳴が体育館に響き渡った。
その大音量は地面すら揺らした。それは男子、女子合わさった悲鳴で、歓声とはまるで違う危機感を感じさせる声たちだった。同時に自分の全身も毛穴が開いたかのようにぶわっと寒気が走った。
「な、なに!?」
そう出した自分の声すら悲鳴でかき消された。騒がしい声たちはあちらこちらから聞こえてくる。バタバタという多くの足音が聞こえ、次に私は誰かに衝突された。突然のことだったのでそのまま床に転んでしまう。膝を強く打って痛みが走る。それでも誰も私に心配の言葉をかけることもなく、ただ叫びながら走っているように思えた。
「いた……なんなの」
そう言いながら頭を上げる。いつのまにか、真っ暗だった景色は普通の色に戻っていた。そして自分の視界に入ってきたものを見て動きを止める。
すぐ目の前に、真っ赤なTシャツの色が見えた。
見慣れたボブの髪だった。そのすぐ横には坊主の頭が見える。二つとも動かず床に倒れ込んでいる。
「……み、さと?」
振り乱した髪に隠れた顔は見えない。私は慌てて彼女の髪を手でどかした。そこにはやはり、見慣れた友人の顔があったのだ。白い顔をして目を閉じている。
「美里? 美里!」
呼びかけても答えない。美里は1ミリも動かなかった。私は次に隣に横たわる遠山くんの肩を揺すった。
「と、遠山くん? ね、ねえ! どうしたの!!」
彼も何も答えなかった。いくら揺らしても動かない。二人の肩を必死に叩いた。それでもまるで反応はない。
そこではっとした。二人が着ている赤いクラスTシャツは、その布とは違う別の赤がべっとり付着していることに気がついたのだ。そしてようやく、鼻に鉄のような生臭い匂いがすることを知る。なぜ今まで気づかなかったんだと自分に問いたいくらいのものだった。
……何、この匂い。
無意識に手が出てそこに触れた。ぬるりとした触感が手のひらに伝わり、目で見てみると真っ赤な血が付いていた。生ぬるい温度、嫌な匂い。自分が今まで経験したことのないものだった。
「……う、そ、なん、で……」
そう呟いてようやく辺りを見回した。
二人だけではなかった。体育館はたくさんの生徒たちが倒れ地の海と化していた。壁には飛び散ったような血の跡、床は流れる血液で赤く染められている。沢山の靴の跡が残されていた。多くの生徒たちがこの血液の上を踏んで逃げ惑ったのだと容易に想像がつく。呆然とその状況を見る。
男子も女子も含んだ、多くの人たち。苦しそうに唸っている声がどこかから漏れた。さっきまで明るい笑顔で満ちていたはずの体育館はまるで地獄だった。
何が起きたの。どうしてこんなことに?
混乱する頭は何も考えられず、ただただその光景を見ているしかできなかった。
「あ……あ、きゅ、うきゅうしゃ……」
ようやくそんな基本的なことを思い出した。震える声で呟きポケットに手を入れようとする。そこにしまってあるはずのスマホを取り出したいだけなのに、馬鹿みたいに手がいうことを聞かない。
早くしなきゃ。早く、……しないとみんなが!
焦りは余計に手から神経を奪うようだった。一分一秒でも惜しいのに、何をしてるんだろう私は。
ポケットに手を入れながら呟いた。勝手に目から涙が溢れてくる。ようやく取り出せたと思ったスマホは手から滑り落ちて床に落下した。自分の手を見てみるとびっくりするほど震えていた。それでも慌ててスマホを拾おうと手を伸ばす。ロックを解除したいだけなのに画面がうまく反応しない。自分の手のひらにべったり残された美里の血のせいだと気がついた。泣きじゃくりながら自分の服の裾で手を拭う。
その時だった。
ぽん、と誰かが私の肩に手を置いた。
その手は非常に熱く、それでいてどこか濡れているような感覚が肩から伝わってきた。血生臭い中にどこか懐かしい匂いがした気がした。
ゆっくりと後ろを振り返った瞬間、見えたのは赤く染まった大きなナイフが振り下ろされるシーンだった。
*
「七瀬!!」
はっとして目を開けた。
薄暗いけれど、そこにはしっかり景色が見えた。私を見下ろしていたのは神崎だった。
その途端止まっていた息を再開させたように体に酸素が入り込んでくる。肺が突然膨らんだ。息苦しさを感じながら乱れた呼吸を自分でも感じた。
明るい音楽が流れ、人々の歓声が聞こえた。周りを見てみれば、ステージの方を向いた多くの生徒たちの後ろ姿がわかる。
倒れ込んでいる私を神崎が腕で支えてくれていた。美里と遠山くんが心配そうに私を見ている。
…………夢?
唖然としてそう思った。そうだ、夢。夢だった。
人々が流血しながら倒れ、美里や遠山くんたちも呼びかけても反応がなかった。そして救急車を呼ぼうとした時、誰かが私の肩を掴んで——
さっきの恐ろしい光景が目に浮かんでガクガクと震えが走る。夢ならいい。でも私にとっての夢とは、大きな意味を持つ。
待って。もしかして。今の夢って
「二人して突然倒れたからびっくりしたよ、大丈夫? 転んだの?」
美里が眉を下げて心配そうに言ってくる。倒れた、ってことはやっぱりあれは夢なんだ。一瞬だけど気を失って夢を見たんだ。私はとりあえず一度深呼吸をして体を起こす。
「ご、めん、神崎、もうだいじょ」
私を支えてくれる神崎にそう言いかけた時だった。彼の顔を見上げ、はたと止まる。
神崎は額に汗をかいてぐっしょりと前髪が濡れていた。薄暗い中でも分かるほどその肌は真っ白になっている。そして薄い唇は僅かに震えていた。何か恐ろしいものを見たような、体験したような、絶望を覚えたような。
その彼の顔を見て、心臓が止まったのかと思った。なぜかは分からないが、心で強く確信を持った。信じられない出来事だけど、そうとしか考えられない。
『二人して突然倒れたからびっくりしたよ』
美里はそう言っていた。