「お、タケ。七瀬もあと少し一緒に回ろって」

「え? お前らいつのまに……」

「あとちょっとで片付けに行かなきゃだからな。さーどこ行くか」

 神崎は一人でそう喋ると、すぐにスタスタと歩いて行った。ポカンとしてる遠山くんに、私は小声で言う。

「あ、ご、ごめん突然……美里もあとで合流するんだけど」

「あー別に全然いいけど。お前ら仲直りしたの?」

「え」

「よかったじゃん。まあ隼人と喧嘩なんかずっとしてられねえよな。あいつ絶対すぐ謝ってくるタイプだろうし」

 そう遠山くんは笑いながら言った。

 ……うん、ほんとそう。

 神崎は何も悪くないのに、あんな態度を取った私に対しても気遣って声をかけてくれる。神崎はあまりにいい人すぎるんだよ。

 少しため息をついて先を歩く神崎を追いかけようとしたところだった。一人廊下を歩いていた彼に女生徒が何かを話しかけた。巻き髪の大人っぽい人だ、Tシャツには三年の文字があったので先輩らしい。

「あ、隼人ー!」

「ん? あーこんにちは!」

 神崎は笑って対応する。何となくその場で足を止めた。二人に近づかないようにしてその場から見守る。随分親しそうな感じが見てわかった。

 先輩は神崎に何やら笑顔で話していた。神崎もそれに答えて笑いかける。そして二人は少しした後、横に並んだ。先輩はポケットからスマホを持ち出すと、それを構えて神崎と写真を撮りだしたのだ。

 ピタリと肩をつけ、距離なく並ぶ二人は仲睦まじく見える。黙ってその光景を見ていた私はぐ、と息を呑んだ。

……誰だろう。

 神崎は部活なんて入ってないのに、随分仲よさそうな人。綺麗な人だし、随分仲がよさそうだけど……

「あれー誰かなーあの人ー?」

 隣にいる遠山くんがどこかわざとらしく言った。私はそんなセリフに返事をすることもできず黙った。私も知りたい、と思う。仲の良さそうなあの人が、一体神崎とどんな関係にあるのか気になってしまう。

 二人は写真を撮り終え離れる。ホッとしたのも束の間、撮り終えた写真をチェックした先輩は不満げに何か言ってまた笑いながら神崎の横にピタリとくっついて写真を撮り出した。再び自分の胸がぎゅうっと痛くなるのを感じる。

……もし私が前の告白を受けていれたなら、神崎に聞けるのに。

 あの人は誰、どんな関係なの、って。でも今、ただのクラスメイトになってしまった私に聞く勇気はない。そんな関係になるように仕向けたのは私だ。……私なんだ。

「隼人は結構モテるからなーまあ納得だけど。後輩先輩問わず知り合い多いしな」

 腕を組みながら遠山くんが言った。私はまたしても何も返事ができなかった。神崎の性格を知ってればモテるのは当然だし、知り合いが多いのも納得のことだ。
 
 ようやく写真を撮り終えて別れていった先輩を見送り、神崎が振り返る。申し訳なさそうにこちらに駆け寄ってきた。

「ごめん待たせてた? 行こっか!」

「おーなに見る? あんま並んでないとこがいいな」

「だなー七瀬はなんか見たいのある?」

 話しかけてきた神崎に、無理矢理笑顔を作って送った。さっきの先輩のことが聞きたくてしょうがないのに、何とかその気持ちを押し殺した。

 私がここで妬く資格はない。

 それでも——いつか神崎が彼女とかを作ってしまうのを見届ける日が来るんだ、と想像するだけで、私の心はぐちゃぐちゃに潰れてしまいそうだった。
 





 次々出し物が閉店していく時刻になった。賑やかだった装飾が外されていく。盛り上がっていた学校内は一気に寂しく見えてきた。祭りの後のなんとかって言うけれど、今まさにそんな状況だ。

 名残惜しさを感じながら、簡単な片付けだけを行った。本格的な処理はまた明日行う予定なのだ。

 巨大迷路の成功をみんなで祝い、楽しかった感想を口々に述べならがら片付けていると、後夜祭が始まるという放送が入った。待ってましたとばかりにみんなは手を休め、そのまま各々目的地へ向かっていった。

 カップルたちは校庭に。独り身は体育館に。

 先ほど合流した美里に神崎と話したことを告げると、自分のことのように飛び跳ねて喜んでいた。美里にしろ遠山くんにしろ、心配かけてしまったのだなと反省する。

 私たち四人も人混みに続いて教室を出た。学祭最後の締めくくり、やはり心はワクワクしていた。

 ゾロゾロと体育館の行列に並んでいると、後ろにいた遠山くんが言った。

「なんつーかさあ、今年体育館多くね?」

 眉を潜めて辺りを見回す。釣られて私たちも観察すると、確かに去年より人が多い気がした。

 振り返って美里が言う。

「学校内カップルが少ないんだろうねー」

「あー俺も学祭までに彼女作る予定だったのによー。ま、でもこれだけ仲間がいると思えば心強いな。な、隼人!」

 やけに嬉しそうに神崎の肩に手を置く。おちゃらけたタイプの遠山くんに笑っていると、ふとその隣の神崎が気になった。

 遠山くんの声かけに答えることもなく、神崎はどこか顔を硬らせて一点を見つめている。ひどく緊張しているような、何かに怯えているような。こんな神崎の顔を見たことがなくて、私はつい声をかけた。

「神崎? 体調でも悪いの? 顔色悪いよ」

 私が言うとハッとしたように彼は笑った。でもその笑顔ですら、いつもの顔とはどこか違う。ぎこちない表情で答えた。

「あー大丈夫、全然大丈夫だから」

「そう……?」

 深く追及はせず、私は再び前を向いた。人の波に流されるようにして歩みを進める。しばらくして見慣れた体育館が見えてきた。普段は体育の授業で使われる存在が、今日はまた特別な場所に見えてくる。体育館の入り口に次々と人が吸い込まれていった。

 ようやく中に入り、私たちは辺りを見回す。確かに去年より人が多いのは間違いなかった。多くの男女がわいわいと賑やかに話している。

 美里が呆れたように言った。

「ねえこれさあ。校庭と体育館逆じゃない? この様子じゃ校庭スッカスカだよ。ま、人目を避けていちゃつきたい人たちにはいいかもしんないけどー」

 確かに、と納得した。人数が多いこっちが校庭になるべきだ。遠山くんが続いた。

「いやでもさ、閉ざされた空間に人数が多い方が盛り上がるって! ほらライブハウス見たいじゃんー」

 あっけらかんとして笑う彼の人柄に癒された。美里も「プラス思考だなあ」なんて言いながら笑っている。

 そのまま前の方へ進もうと歩き出した時だった。突然自分の手首が強い力で握られ、驚きで足を止めた。

 神崎だった。