それでも神崎はいつものような優しい笑みを絶やさなかった。

「ごめん七瀬、警戒しないで。俺ただの世間話だけしにきた」

 そう笑って言う神崎のセリフを聞いてカッと顔が熱くなった。警戒してるわけじゃないのに、いやしてるのか。でも何だか自惚れている自分がまだいるんだという事実に恥ずかしくなった。私は慌てて頭を下げる。

「ご、ごめん、警戒してるつもりじゃないんだけど」

「迷路すっげー人多いよ、今も見てきたけど並んでた。片付けまでに全員入り切らないよあれ」

「あ、そうなんだ。午前中も人多かったし、よかったね。頑張った甲斐があった」

「結構手混んでるもんなー」

 私はほっとして微笑んだ。神崎とこうやってどうでもいい会話をするの、何だかすごく久しぶり。神崎が死ぬ予知を見てからずっとまともに話していない気がした。

 心が温かくなると同時に複雑な思いも抱いた。多分神崎はもう私をただの友達としか見ていないんだ。告白なんてするのはやめたに違いない。それでも友達として話しかけてくれるのは彼の優しさ。

 こんな展開を望んでいたはずなのに、胸の奥底で寂しさが襲っているのは何故だろうか。

 矛盾してる。神崎が私を諦めたことを、私は悲しんでいる。

「さっき野外ステージでやってたダンスパフォーマンスすごかったよ、七瀬見た?」

「え、見てない」

「歓声がヤバかった」

「そうなんだ、見に行けばよかったなあ。美里と回ってたんだけど、野外ステージはいってなくて」

「そういえば桑田は?」

「彼氏が来てるから少しだけ会ってくるって。行っておいでって私が言ったの」

「あー他校の彼氏っていつだったか言ってたっけ。俺嘘かと思ってたわ」

「あはは! ひどい」

 神崎と顔を見合わせて笑った。子犬みたいな神崎の笑い顔はやっぱりとっても癒された。周りの雑音も聞こえてこないくらい、神崎の声だけしっかり私に届く。沢山の人たちが隣を行き交っているけど、まるで気にならなかった。好きな人と話すって、こんなに特別なことだったっけ。私は心で問いかける。

「あー、七瀬は結局体育館なんだっけ」

 神崎が尋ねた。

「? 結局、って?」

 私が首を傾げると、神崎は一瞬困ったような顔をした。けれどもすぐに罰が悪そうに頭を掻く。

「あーほんとたまたまなんだけど。他クラスの男子が校庭誘ってるの見て」

「あ、ああそうなんだ……うん体育館だよ、美里とも約束してるし」

 何となく気まずく感じながら私はそう答えた。神崎は視線を泳がせながら言う。

「校庭も楽しそうだから行ってみればいいのに」

「まあ、楽しそうだけど……私は体育館でいいの」

 神崎に校庭に行くのを促されたことは、不思議と私を苛立たせた。他の男子と校庭に行けばいいって、そんな容易に言わないでほしかった。

 私の強い返事に彼は何も答えなかった。少しの間沈黙が流れる。私は神崎の視線から逃れるように意味もなく地面を見つめた。

「……そっか! じゃあ体育館一緒じゃん、楽しみだな!」

 明るい声がしたので顔を上げる。白い歯を出して神崎が笑っていた。

「実際体育館の方が人数多いし盛り上がるよなー」

「ああ、そうだね」

「俺もタケも体育館行くんだ。七瀬、桑田と一緒だろ? 一緒に見ようよ。思い出作りに!」

「え……いいの?」

「いいのって何だよー。桑田は終わりまで彼氏と回るんだろ?」

「うん、そう」

「じゃあそれまで一緒に回ろ。そろそろタケも帰ってくるから。んで一緒に体育館に行こう!」

 眩しいほどの笑顔に心が苦しくなった。

 私は神崎を避けて、失礼な態度をとりまくったのに。それでも今こうして友達として話しかけてくれる。二人きりじゃないよって強調して、心配しなくていいよって言ってくれてる。

 そんな彼の優しさが、私はずっと好きだったのに。

 困ってる時話しかけてくれる気遣いが、明るくてみんなからも慕われてる神崎がずっと好きだったのに……。

 この思いは、一生言ってはダメなんだ。

「……うん、わかったそうしよう」

「よし決まり! てかタケ遅いなーどこまで買いに行ってんだよ」

 キョロキョロと辺りを見渡す神崎を見上げた。泣いてしまいそうになるのを堪えて、私は微笑んで見せる。

 私が泣く番じゃない。

「神崎。…………ありがとう」

 私のお礼に、彼は驚いたようにこちらを見た。ばちっと目が合う。彼の目は戸惑ってるような、緊張しているような、不思議な色をしていた。

「……なな」

「待たせたーーっつか売り切れがひどいわどこも。まあもうすぐ閉店だもんなー」

 突然明るい声が響いた。神崎の友達の遠山武志くんだった。野球部で神崎とよく一緒にいるのを見かける。神崎は彼をいつもタケ、と呼んでいた。坊主頭で明るく、彼も目立つ存在だった。