突然背後から声をかけられて美里と共に振り返る。一人の男子生徒が立っていた。目に入ったクラスTシャツに、『2年5組 おばけ屋敷』の文字が書かれていた。

 顔を見てみると、話したこともない男子生徒だ。色素の薄い髪がサラサラとしており、整った中性的な顔立ちは見覚えがあった。話したことはないが、顔だけは知っている相手だ。

「あ、はい……?」

 とりあえず返事をしてみると、相手はにっこりと笑った。

「あのさー俺三嶋圭吾っていうんだけど。後夜祭なんだけどさ、知り合いが校庭でバンド演奏するんだよね。それどうしても見たくて……でもほら、あの変な伝統あるじゃん? 一緒に行ってくれる子探してるんだけど、行ってくれないかなー? 七瀬さん喋ってみたいと思ってたんだよね」

 どうも薄っぺらいと感じるセリフが並べられ、つい眉間に皺を寄せた。サラサラと軽く言われた言葉たちに重みはない。そもそも、何で私に声をかけてきたんだ? 不信感でいっぱいになる。

 それを隠すように愛想笑いを浮かべ三嶋くんに言う。

「あーありがとうございます、でも友達と体育館行く約束してるんで」

「あ、そうなの? んーそっかあ。分かった、じゃあまたね」

 やけにあっさり引き下がった彼は、全く名残惜しそうな様子も見せることなく私たちに手を振ってその場から離れた。ずっと黙ってみていた美里が感心したように私にいう。

「最近さあ、陽菜めちゃモテるよね? 今のってイケメンで有名な三嶋くんじゃん!」

「モテる、っていうか……不思議な現象が続いてるだけなんだけど」

 頭を掻いて言った。そう、先ほど私に声をかけてくれた三嶋くんは、学年でも有名なかっこいい男子だ。私ですら顔と噂は知っているくらい。そんな人がなんでまた、私なんかに声をかけてきたんだろう?

 そしてこの声かけは不思議なことにこの一回だけではなかった。クラスの男子だったり、違うクラスの男子だったりにやたら校庭に誘われる。その全ての人はどうみても私に好意なんて抱いていないだろ、というような人々ばかりなのだ。

 私は首を傾げながら言った。

「どうみてもモテてるって感じじゃないよ、なんで突然話しかけてきたのか全然わかんない。しかもみんな、ちょっと校庭に行ってみたいから一緒に行こう、とかいう誘いだし」

「いっそ告白してくりゃまだわかるのにねえ」

「さっきの三嶋くんなんて絶対私の存在すら知らないはずなのに、何だろう」

 やたら最近続いた校庭へのお誘い。もちろんそんなもの受ける気はなかった。私は神崎以外の人と校庭になんか行きたくないのだ。

 ……そう、本来なら、神崎と行きたかった。

 ぼんやりとそう思っては、自分の目から涙が滲んでしまった。もう泣き尽くしたと思っていたのに、未だこの失恋に心はついてこれないようだった。

 美里に気づかれないよう涙を拭った。何とか気持ちを立て直し、明るい声を出す。

「さ、それでどこにいこっか!」

「ええーとじゃあ、友達のクラス見に行ってみたいんだけどいい?」

「うん行こ行こ!」

 学祭の賑やかさに埋もれてしまいたい。私は自分の気持ちを誤魔化すようにして足を踏み出した。





 全ての出し物は大変見応えがあった。

 年に一度のイベントを目一杯楽しむ。一般参加もあるので、途中家族と会ったりしてまた違った刺激を感じられた。

 全てのクラスを見て回るのは無理があるので、見たいものを目星をつけながら美里と学祭を堪能していた。明るい場所にいれば気も紛れて、悲しいことを考えなくて済んだ。

 いくらか回ったところで、だいぶ時間が経ったことに気づく。楽しい時間とはすぎるのが早いのだ。さて次はどこにしようか、とパンフレットを見たときふと思い出したことがあった。

「ねえそういえば。美里彼氏が見にくるって言ってなかった?」

 私は突然そう思い出した。いつだったかそう言っていた気がする。美里はああ、と頷く。

「うん、今日どうしても外せない用があったからそれが終わった午後少しだけ顔出すって言ってた。そろそろ来てるかな」

「え! なんだ、連絡して一緒に回っておいでよ!」

「別にいいよ〜」

「あと少しで片付けに入るよ! せっかくだから」

 私が促しても、彼女は迷うようにしていた。

「でも陽菜と……」

「私とはもう回ったじゃん! それにどうせすぐ後夜祭が始まるよ、その時また体育館で会えばいいから。ほら、行ってきて!」

「そ、そう……? じゃあ、ちょっとだけ会ってこようかな」

 申し訳なさそうにいう美里の背中を押す。私は美里の彼氏に一度会ったことがある。頭のいい他校の生徒で、優しそうな人だった。せっかく遊びにきてくれるんだし、会わなきゃね。

 私に手を振ると美里は足を早めてその場から立ち去った。多分私に気を遣っていただけで、本当は彼氏に会いに行きたかったんだろうな、と予想する。もっと早く気付いてあげればよかった。

 どこか嬉しそうに走っていく美里の後ろ姿を見て、ぼんやりと羨ましく思った。好きな人のところに走って行ける、こんな普通のことが私には出来ないんだ。忘れていた悲しい気持ちが蘇ってくる。いつか神崎に彼女ができたとして、私はこうやって笑って送り出せるのだろうか。

「……さ、私は他の友達にでも声かけようかな」

 そんな自分を誤魔化すように独り言を言うとパンフレットを開く。ええっと、この時間自由なのは誰がいたっけ……

「七瀬」

 聞き覚えのある声がしてびくんと背中が反応する。ここずっと私の名前を呼ぶことのなかった声だ。

 恐る恐る後ろを振り返る。そこにはやはり、私の好きな彼が立っていたのだ。高い背、短髪の黒髪。目が線になるように笑った神崎は、私のすぐそばに立っていた。

 突然静かだった心臓がびっくりするくらい高鳴った。同じクラスだからそりゃ顔は毎日見てる。でも、こうやって正面から向き合うのはひどく久しぶりな気がする。あの廊下以降、全然話せていなかった。

 緊張した心がバレないように、私はぐっと平然を装う。ここ最近予知は見ていない、でも彼から告白を受けないように注意しなくてはならない。

……さすがに、あれだけ避けてたら神崎もそんな気失くしたと思うんだけど。

「神崎。今フリーだったっけ」

 当たり障りのない話題を適当に投げかけた。彼は頷く。

「タケと回ってた。今あいつはおやつの買い出し中」

「そっか」

 そう短く返事をして会話を切り上げた。自分でも愛想のない態度だと自覚している。いや、あえてそうしているのだが。