その日は賑やかな声が響き、多くの笑い声に溢れていた。
年に一度しかないお祭りとなれば学生たちは気合を入れて臨むもの。特にその年はイベントが好きな生徒たちが多いのか、大いに盛り上がっていた。
学祭の出し物としては王道の模擬店は香ばしい匂いを流し、それに人々が群がっている。幸運なことに天気にも恵まれ、野外ステージもバンドやダンスなどそれぞれが練習した成果を発表している。
騒がしすぎて苦情が来るんじゃないか、と私は心配になるほどだった。やたらテンションが高くみんなはしゃいでいる。
私のクラスは大型迷路を作成した。なかなか手を込んだもので、入ったら簡単には出られないという口コミが出回り人が多く集まってきている。この日のために遅くまで準備をし、クラスみんなで協力し合ったのだ。やはり努力して作り上げたものが誰かに喜ばれるというのは最高に嬉しい。
本番のみ身につけることになっていたクラスTシャツは赤色だった。巨大迷路の文字がしっかり印字されている。他のクラスは色も違って、大変カラフルな状況になっていた。
呼び込みや迷路前の受付、誘導などの役割は時間ごとに分担だった。私は誘導係を午前中に済ませ、ようやく自由の身となってほっと息をつく。
「陽菜〜! おっつかっれさん!」
丁度自由時間になった美里が笑いながら登場した。私は伸びをしながらそれに答える。
「いやあ、大盛況! 思った以上に忙しくって疲れちゃったよー」
「ようやく見て回れるね、てゆうかまずお腹空いたからなんか買いに行かない?」
「賛成。お昼まだだもんね」
二人で並んで歩き出した。普段とは全く顔の違う校舎たち。装飾も、歩く人々もコスプレをしてる生徒もいたりして、ただ見ているだけで楽しく面白い。非日常とはこんなにもワクワクする。
沢山の模擬店が並ぶ場所へ辿り着くと、これまた人が多い。どの店も行列ができており、早くも売り切れている店もあった。パンフレットを取り出して食べたいものを選ぶ。いろんな香ばしい匂いが混じった空気は空腹感を助長させた。
美里と一緒に模擬店で食べ歩きをする。こういう時は何てったって味じゃない、この雰囲気がとことん食べ物を美味しくさせるのだ。私は唐揚げとミニ焼きそばを購入し楽しく食した。美里も幸せそうに舌鼓を打つ。
いくらか食べてお腹が膨れてしまった私はふうと息をついた。隣の美里がいう。
「ねね、今度じゃがバター食べたい!!」
「え? ううん、私はもうお腹いっぱいだよ。美里行っておいで」
お腹をさすりながら笑う。てっきり、「はい行ってきまーす」だなんて声が返ってくると思っていたのだが、彼女は突然真面目な声を出した。
「最近陽菜、食欲落ちてるもんね」
ドキンと心が鳴る。美里の顔を見てみると、真剣な面持ちで私を見つめていた。
「は、はは。夏バテかなー学祭の準備で忙しかったし」
「私陽菜とは何でも言える友達だと思ってたけど、待ってても全然何も教えてくれないんだね」
美里が一体何について話しているのか、見当がつかないわけがなかった。
神崎の告白を避け続け、最後に廊下で完全に拒絶する形になった。自分でもすごく感じが悪い言い方と態度で、さすがに神崎もあれ以降まるで私に近づいてこなくなった。
美里には何度か神崎について聞かれた。どうしたの、神崎を避けてるの見てればわかるよ、と。そりゃあからさまな態度なので、美里どころかクラスメイトみんなが気づいていたに違いないと思う。
特に美里は私が神崎を好きなことをしっているから……だから、あんな風に避けるのが信じられなかったんだと思う。
少し視線を落とした。何度も美里に相談したいって思ってた。でも、予知が見えるなんて突拍子もない話だし、しかも神崎は私に告白をすると死ぬだなんて。そんな予知普通あるだろうか、めちゃくちゃな内容だ。
さすがに人に言えなかった。自分の頭がおかしいのかと、私自身疑っているんだから。それに何より——神崎が死ぬだなんて、言葉に出すのだって嫌だった。
私は言葉に詰まり、何度も瞬きをした。
「ごめん……もうちょっと時間経ったら言えると思う」
「それって神崎を避けてるのにも関係してるよね?」
「……ごめん」
神崎はあの廊下で話したのが最後、全く言葉を交わすことはなくなった。学祭の準備で多少伝達事項などはあったけど、それだけだ。席も隣じゃなくなってしまって、挨拶すら交わすタイミングはなかった。
これでよかった。あれ以降予知夢を見ることはピタッと止んだし、おそらく神崎が死ぬ運命は免れたのだ。やっぱり彼は私に告白をすると死ぬ運命だったらしい。一体なぜそんな限定的な運命なのだ、と神様を責めたいが、そんなこともできやしない。
安心すると共に絶望と喪失感で食欲はなくなった。私は神崎を振ったけど、気分としては振られたようなもんだ。大失恋。
あんな意味のわからない予知さけなければ、今頃大好きな人の隣で笑っていられたのかと思うと胸が苦しくて死んでしまいたくなった。
「ま、いいけどさ。神崎も明らかに無理矢理明るく振る舞ってるし見てられなくてあんたたち」
「…………」
ちょっと美里の言葉に棘があるのは気のせいじゃないだろう。彼女の立場からすればそりゃ苛立ちもする。私は何も言い返せなかった。
「まあしょうがないね、学祭終わったらまたゆっくり聞くよ。さーて、どの催し物に行こうか。パンフレットパンフレットー」
話を切り替えるように明るく言った彼女は、持っていたパンフレットを開く。全てのクラスの出し物が一覧で見れるものだ。私もなるべく明るい表情にしてそれを覗き込んだ。
個性に富んだ出し物たち。さて、気分を変えて今は学祭を楽しまなきゃ……
「あのー、七瀬さん?」