***



 未だ明るい窓の外だが、もう全校生徒たちは自分たちの持ち場から離れつつあった。

 いろんな色のTシャツがカラフルに廊下を彩っている。青、白、黄色、紫、水色。そんな中、俺は赤いクラスTシャツを身に纏っていた。

 浮き足立つ男女たちは楽しげに話しながら目的地に移動していく。それぞれが目指すは体育館か、校庭か。

 そんな中、俺は必死にある人物を探していた。当然ながら、七瀬だった。

 今日半日は自分たちの催し物の案内係を共にし、その後は自由時間は校内を動き回っていた。七瀬のことだろうから、仲のいい桑田とでも一緒にいたのだろう。本当は自由時間も誘ってみようかと思ったが、残念ながらタイミングを逃してしまった。

 多くの生徒たちがすれ違っていくとき、俺はようやく見慣れたロングヘアを見つけた。楽しそうに笑うその子の腕を瞬時に掴んだ。

「七瀬!」 

 七瀬が振り返る。いつものように俺に笑いかけた。

「神崎、どうしたの?」

 赤いTシャツが非常に似合っていた。だがそれと同時に、出血している七瀬の様子も思い出してつい身構える。大丈夫、今は七瀬は大丈夫なんだから。

「あーちょっとさ、お願いがあって」

「何?」

「なんか俺頭痛いんだよね。ちょっとフラつくっていうか……保健室付き合ってくれない?」

 何度も頭の中で練習したセリフをようやく吐き出した。七瀬は心配そうに俺を見上げて頷く。

「え、いいけど……大丈夫なの? 神崎倒れても私支えられないよ、男子の方がいいんじゃ」

「あーいや、倒れるまでじゃないからほんと。大丈夫」

 やや焦りながら答える。普通に考えて確かにそうだよな、と今更思ってしまった。

 ずっと七瀬の隣にいた桑田が何やらニヤニヤしながら言う。

「いいじゃん陽菜付き合ってあげなー私体育館行ってるから!」

「あ、うん……分かった」

 桑田に人生で一番感謝した。いい援護だった、これで七瀬を体育館に行かせずに済む。

 桑田は軽く手を振りながら体育館へ移動していった。それを見送ると、七瀬が俺に言ってくる。

「じゃあ行こうか」

「あ、うんごめん」

「大丈夫だよ、倒れそうになったら言ってね」

 騙してしまったのを申し訳なく思う気持ちもあった。年に一度しかない後夜祭、でもこうするのが今のところ一番安全だ。

 あの予知夢だけでは犯人がまるで分からなかった。とにかく七瀬を危険から遠ざけるしかない。まだ危険が終わるわけではないが、とりあえず死の未来から救わねばならない。

 俺たちは並んで歩き、人の流れに逆らって保健室を目指した。時々思い出したように頭が痛い芝居をしながら、なんとか保健室へとたどり着く。

 ノックをして扉を開けるも、中には誰もいなかった。先生は出払っているようだ。

「先生いないね」

 七瀬がキョロキョロと辺りを見渡しながらいう。

「あー……ちょっと横になればよくなるかも。ベッド借りるわ」

 健康児そのものだった俺は、保健室で寝るだなんて初めての経験だった。適当に一番奥のベッドに足を運んでいる。後ろから七瀬が心配そうについてきた。

 白いシーツが敷いていあるベッドに腰掛けると、七瀬がほっとしたように言う。

「よかった、じゃあ私いくね」

「! あ、ちょっと待って!」

 慌てて振り返りそうな七瀬の手首を掴んだ。思った以上に細い手首だ。彼女が驚いた様子で振り返る。

 このまま体育館へ行かせちゃいけない。七瀬は俺のそばにいてもらわなくちゃ。誰かに刺されてしまうんだから。

「あ、えーと……ごめん、先生もいないし、付き添ってもらえるとありがたい」

「あ、え、うん、いいよ」

 どこか頬を桜色に染めた七瀬は頷いてくれた。胸を撫で下ろす。こういえば七瀬なら必ず付き添ってくれるだろうとわかっていた。

 七瀬は近くにあるパイプ椅子を持ってきてベッドサイドに置いた。そしてそれに腰掛ける。

「ほら、神崎は寝て」

「う、うんごめん」

 俺は体をベッドに沈めた。普段見下ろしている七瀬を今日は少し見上げる形になっている。なんだかその光景がひどく新鮮で少し戸惑ってしまった。

「ごめん、せっかく後夜祭あるのに」

「全然いいよ。後夜祭はみんなで騒ぐだけだし……神崎が心配だから」

 はにかんで笑う顔を見てホッとした。

 大丈夫。このままここにいれば、きっと七瀬は死なずに済む。少なくとも今日は大丈夫だ。いや、念のため帰りは暗いからとでも理由をつけて家まで送ろう。明日からのことはまた考えなくてはならないが……。

 七瀬とたわいない会話を交わしながら頭の中でそう考える。とりあえずだが今日の危険が避けれたことに、俺は完全に気が抜けていた。

 しばらく二人で穏やかに過ごしていると、七瀬があるタイミングで言いにくそうに俺に言った。

「神崎ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

「あ、うん。ごめんな付き合わせて」

「全然いいの、すぐ戻る」

「待ってる」

 七瀬が立ち上がって白いカーテンの向こうへ消えていった。ぼんやり浮かぶシルエットを見送りながら、ふうとため息をついて固いベッド上で寝返りを打った。

 七瀬には悪いことしたな。いや、七瀬のためなんだけど。せっかくの後夜祭参加できなくて。

 せめて予知で七瀬を刺した犯人がわかれば。そうすればもっと楽に事態を防げるのに、今は逃げるしか方法がない。

 眉間にシワを寄せたまま考え事をし、なんとなく窓にかかっているカーテンを少し開いて外を眺めた。

 見えたのは校庭だった。広々とした場所にカップルたちが集まっている。だが正直、学校内でカップルより独り身の方が圧倒的に多い。校庭の広さが無駄になっているとおもった。

 そう思うと、逆の方がいいのにな。体育館の方が狭いんだから、そっちをカップル用にすればよかった。誰だ、最初に割り振り出したのは。でもあれか、カップルたちが二人きりの世界になるには広い校庭の方がいいのか? 幸せなことだな、禿げてしまえ。

 そんな妬み嫉みでぼんやりと下を見下ろしているとき、ふと時計を見た。

……七瀬、トイレ遅くないか?

 彼女が席を立ってしばらく経っていた。まあ、女子にトイレが長いだのどうだの言うのは失礼だとさすがの俺もわかるが、今はそんなことを言ってる暇はない。

 はっとした。慌ててベッドから飛び降りる。

 その足で廊下へ出ると、そこは無人だった。左右を見ると、女子トイレはすぐ近くにあった。

 入り口に立ち、恥ずかしいとかなんだとか思う余裕もなく、俺は大きな声をあげた。

「七瀬!!? いるか!?」

 恥ずかしそうに、『ちょっと何神崎! 待っててよ!』だなんて言葉が返ってくるのを待っていたが、一向にそんな声は聞こえなかった。

 まさかと思いそのまま中まで入っていく。ここが女子トイレだとか気遣っている暇はなかった。

「七瀬!!」

 声が響く。そして目の前に見えたのは、全ての個室の扉が開いたままになっている無人の光景だった。

……まさか。

 あえてもっと遠いトイレに行った? そんな必要ない。じゃあ七瀬は?

 考えるより先に足が動いた。全速力でトイレを出て廊下を駆け出していく。

 普段人に溢れている廊下は今は誰もいない。そんな中を、人生で一番全速力で走り抜けていった。

 例えば少し体育館の様子を見に行ったとか。待っている桑田に伝言しに行ったとか。先生に会って早く行けと促されたとか。考えれば七瀬が体育館に顔を出す理由はいくらでもあった。

 心臓がバクバクと音をたてる。息が苦しくなった。駄目だ七瀬、お前は体育館へ行ってはいけない。絶対に駄目なんだ!

 廊下の突き当たりを右に曲がった。体育館への道が続く。必死にそこを目指して走っていると、楽しそうな賑やかな声が響いてきた。

 頼む、頼む、七瀬、七瀬!

 締め切られた体育館の大きな扉が見え、それを開けようと手を伸ばした瞬間だった。

 今まで笑い声が聞こえていた中から、突如悲鳴が沸き起こった。

 女の甲高い叫び声、男の低い喚き声。まるで先ほどとは違う切羽詰まった声たちを聞いた瞬間、俺は全てを悟った。

 決して喜びで叫んでいるわけではないその声たちは、俺の耳を強く突き刺した。



***



 全身がビクッと大きく跳ねながら開眼した。

 同時に何かが落下したような音が左側から聞こえてきた。自分の体は自分のものではないようにまるで動かず、起きたそのままの体制でしばし呆然とした。

「……神崎落ちたよ」

 小声が聞こえてくる。ようやく重い頭を持ち上げた。俺の新品同様に綺麗な数学の教科書を拾い上げて机にそっと置く七瀬の顔が見えた。

 辺りはしんとした静けさに、聴き慣れた教師の抑揚のない声が聞こえた。正面には数字が羅列した黒板。自分の教室だった。

「……あ、ごめ、ん、ありがとう」

 七瀬になんとかお礼を言った。彼女は再び自分の席につき、黒板に視線を戻した。その横顔をただぼうっと眺めた。

 夢だった。学祭の。

 七瀬を体育館から遠ざけようとして、一見成功したかと思った。でも、理由は分からないが七瀬は結局あの体育館に戻り、恐らく———殺された。

 あの時、俺も七瀬と一緒にトイレに行って、出口で見張ってればよかったのか? 体育館に行こうとするのを何とか止めて、また保健室に戻っていれば死なずに済んだのか?

 自分の甘さに辟易した。

 もっと七瀬のそばにいて見張っておくべきだった。決して体育館には行かないよう目を離してはいけなかったのに。

「……神崎? どうしたの、じっと見て」

 七瀬が困ったように笑いながら小声で尋ねてきた。はっとして愛想笑いをする。あまりに彼女の横顔を見つめすぎた。

「あ……ごめん寝ぼけてた」

「ならいいけど」

 七瀬から視線を外して机の一点を見つめた。やや震えている腕を押さえるようにして力を込める。自分の爪が皮膚に食い込んだ感覚がした。

 本番の日はもっと七瀬から離れないようにして、トイレも自分も行くフリをしてついていくんだ。体育館に行きたがっても、体調悪いふりしてなんとか引き止めて……

……いや、違う。

 心の奥が氷のように冷えた気がした。根拠のない確信が自分を支配する。

 さっきの予知夢は、『あんな方法じゃ七瀬の運命は変えられない』と何者かが言っている気がする。今考えれば、体調悪いフリには限界がある。保険医が帰ってきて、『あとは私が見るからあなたは後夜祭に行きなさい』だなんて七瀬に言ったら? 俺はどう引き止めるつもりなんだ。

 甘かった。ただ保健室の付き添いだなんて、考えが安易すぎたんだ。

 叫び出したい気持ちを、机を蹴ってしまいたい気持ちを必死に堪えた。やるせない気持ちがあまりに辛くて、俺は自分自身に怒りがおさまらなかった。







 気力なくふらふらと帰宅しようとした時、廊下から外が土砂降りの雨であることが見えた。天気予報は晴れだったというのに、この降りざまはないな。まるで空すら俺を責めているように感じた。

 自転車通学に雨は天敵だ。俺はロッカーから置いておいた折り畳み傘を取り出す。徒歩となれば帰宅に時間がかかってしまうのだが仕方ない、傘さして自転車は押して歩いて帰ろうか。

 そうため息をつきながら下駄箱に向かったときだ。見覚えのある後ろ姿が見えた。
 
 七瀬だ。

 俺と同じ自転車通学の七瀬もこの雨に困っているのだろう。困ったように雨を見つめているのがわかる。

 その姿を見て、俺は無言で傘をカバンに仕舞い込んだ。そしてさも今きたかのように彼女の背後にいき、わかりやすいようにため息をついてみせた。案の定、七瀬が髪を揺らして振り返る。

 たったそれだけの何気ないワンシーンが、酷く自分を動揺させた。

「あれ、もしかして七瀬も自転車で来ちゃった?」

「あ、うん……だって天気予報よかったから」

「この雨は反則だよな。俺はちょっとくらいの雨なら全然自転車乗るけど、さすがにこれはないわ」

 普段通りの自分を装って答えた。七瀬は特に俺の異変に気がついていないようで、いつものように会話を交わした。

 二人で雨がおさまるのを待つように並んで外を見つめる。触れそうで触れない七瀬の肩が緊張させた。それでも、今は七瀬が生きているんだという確かな状況が何より嬉しかった。

 気づかれないように彼女を盗み見る。

 どうして、七瀬が死ぬんだ。

 どうやったら、七瀬を助けられるんだ。

 自分の心の中も土砂降りの雨のように感じた。七瀬とたわいもない会話を二、三交わす。たったそれだけで、こんなにも幸福になるなんて。

「……え、やだ神崎、肘血出てるじゃん!」

「え?」

 突然七瀬が言った。ふと自分の肘を見ると、確かに傷があってそこから出血していた。半袖の制服は少し赤く染められている。

 あの時だ、と思った。授業中予知夢を見て、溢れ出しそうな感情を必死に押さえつけたあの時。無意識に力強く腕を押さえて、肌を傷つけてしまった。

 笑いながら蚊に刺されて痒かったから掻いた、とありきたりな嘘を述べた。すると七瀬は何かを思い出したようにカバンを漁り出す。

 しばらくして笑顔で彼女が何かを取り出した。一枚の絆創膏だった。

「……うわ」

 シワシワになっているそれを見て、七瀬はすぐに隠した。恥ずかしそうに顔が赤くなっている。恐らく、長くカバンに仕舞い込んでいて年季が入った絆創膏だったんだろう。

 そんな彼女の全てがあまりに愛しくて、胸が苦しくなった。

「くれないの?」

 気がつけば自分の口からそんな言葉が漏れていた。七瀬はまだ恥ずかしそうに俯く。

「あ、いや、ごめん。ぼろぼろだった」

「外の包装だけでしょ、ちょうだい」

「で、でもシワシワだよ」

「いいよ、ちょうだい」

 俺がしつこく言うと観念した。封を開けて中身を取り出してくれる。そのまま七瀬が肘にそっと絆創膏を貼ってくれた。このちょっと古い絆創膏が、俺はどうしても欲しかった。

 自分よりずっと細い指や手首が折れてしまいそうだと思った。そうっと貼ってくるその力加減がまたいじらしい。

 俺の小さな傷に気がついてくれたことが、最高に嬉しい、だなんて、もう重症だな俺は。

「七瀬は優しいよな」

「……え!?」

「迷子のばあちゃんに声かけたりしてさ」

「そ、そんなの誰でもそうするよ」

「わざわざ自転車降りて話しかけるのって、意外と勇気いるよ」

 そう、彼女は優しい。少しドジでズボラなところもあるけど、それはまたご愛嬌。

 困ってる人に迷いなく声を掛けられるその心は、俺を掴んで離さない。

 そんな優しい人がなぜ、殺されなくてはならないのか。

 七瀬は困ったように首を振った。

「神崎が助けてくれなかったらどうなってたか……」

「はは、大袈裟」

「ほんとに。私全然優しくなんか」

 そう言った七瀬と目が合った。俺を見上げるその顔を見て、抱きしめてしまいたい衝動に襲われた。

 しかし同時に、血を流しながら眠りにつく彼女の顔が脳裏に浮かび上がる。ぐっと自分の感情を殺す。

 …………あの光景が。目に焼き付いて離れない。

 何かを言いかけて止めた。声にならない空気が唇から漏れていく。俺はゆっくりと口をつぐんだ。

「あの、かんざ」

「あ、雨だいぶ弱まってない?」

 自分の感情を誤魔化すために出たセリフと七瀬が声を出したタイミングが見事に被った。外の雨がだいぶ弱まっており、今にも止みそうだった。通り雨だったらしい。

 何か言いかけた七瀬はその続きをいうこともなく笑って外を眺めた。そしてまた降り出しては敵わないので、今のうちにそそくさと帰る、と言って正面玄関からすぐに飛び出していった。

 揺れるロングヘアを見つめ、俺はただその場に立ち尽くした。持っていたカバンをそっと広げて、中にある黒い折り畳み傘を見つめる。

 何やってんだ俺は。こんなことしてる暇はない。七瀬がどうすれば死なずに済むか考えなくてはならないのに。

 苛立ちながら頭を掻いて俺もその場から離れた。外に出るとむわっと雨の匂いに包まれる。大きくできた水溜りを避けながら自転車置き場へ向かった。

 もう七瀬は帰ってしまったようでそこにはいなかった。並んだ自転車から自分のものを探し出し、それを引き出そうとする。

 その時ふと、遠くから声が聞こえた。どこかの運動部の声だろうか、おそらく校庭からだ。気合の入った声に、雨が上がったばかりなのにご苦労なことだと感心する。自転車のハンドルを引こうとした時だ。

 夢の中で、保健室の窓から見た光景と思った内容を思い出す。そうだ、カップルの方が数が少ないのに広々とした校庭だから、やたら空いていた。独り身は多い故か体育館は逆に人混みとなるのだが。

 ……待てよ。

 保健室に連れてって七瀬を体育館から遠ざけるんじゃない。初めから体育館に用がないようにすればいいんじゃないか? 

 体育館は人と密集する。人混みに紛れて誰かを傷つけるには最高の場所と言える。でも校庭はどうだ。人と人の距離は取れるから襲われにくいんじゃないか。もし犯人が近づいても、俺がそばにいれば警戒して七瀬を守ることもやりやすい……。

 つまり、七瀬と校庭に行けばいい??

 そう思った瞬間一人赤面した。いや、赤面なんかしてる場合じゃないんだ。でもこんな時だというのに、自分の私情が絡んでしまった。

 七瀬と付き合えれば、俺たちは校庭に行ける。それに、学祭の日以外も七瀬の護衛になりやすいじゃないか。友達と彼氏では一緒にいれる時間も存在価値も何もかもが違う。

 ……七瀬に、告白をする?

 自分で導き出した答えに戸惑い、つい手元が狂った。ハンドル操作を誤り、隣の自転車を倒してしまう。そこから俺の右側に並ぶ自転車たちは全て大きな音を立てながらドミノ倒しとなってしまった。

 慌てて一つ一つ起こしにいく。頭の中は混乱していたので、むしろ自転車を戻すという作業は俺にはありがたかった。淡々とした動きは脳内を落ち着かせる。

 そうか、そうだ。私情もあるがそれは置いておこう。七瀬を助けるために試してみる価値はある方法だ。

 だがもちろん最大の問題があることもわかっている。七瀬が俺の告白に本当に答えてくれるのか、だ。

 タケが言った内容を思い出す。やつはきっと俺が告白したら七瀬は応えてくれると言っていた、が……

「……そんなん……自信なんか持てるか……」

 ゆっくりと天を仰いだ。

 正直なところ、嫌われてはいないと思っている。確かにどの男子より七瀬とは仲がいいと自覚していた。だが恋愛とは常に自信がない状態のことを呼ぶのだ。

 でも、いつかは言おうと思ってた。タイミングが思ったより早かったけど、伝えたいと思っていたんだ。

 突然心臓が大きく鳴り出した。暑さに包まれた肌が汗をかく。

 七瀬に気持ちを伝えよう。

 そして校庭に行って七瀬を守る。

 彼女を死なせはしない。






 心に決めた俺は、すぐに行動に移した。

 翌日七瀬を裏庭に呼び出そうとずっとタイミングを見計らっていた。おかげで一日中緊張するわ挙動不審だわで自分自身呆れ返るくらいだ。正直なところ、生まれてこのかた告白だなんてしたことがない。初めての体験なのだ。

 友達のタケにもなんだか今日は落ち着きねーな、だなんて言われる始末。あのタケに気づかれるならよっぽどだ。

 だが一つ、気になることがあった。

 七瀬も今日はどこかおかしかった。

 俺が話しかけても上の空、むしろ友人の桑田が話していてもどこか表情が固かった。体調でも悪いのかと思っていたがどうやら違うらしい。時折俺の方を見てはどこか落ち着かない顔でため息をついていた。

 なんだろう? なんかしたっけ俺。

 昨日帰り道まで七瀬は普通だった。特に思い当たる節はない。

 その日は確か早朝、七瀬から間違い電話がかかってきた記憶はある。着信音で目を覚ましたのだ。寝ぼけた、と言っていた彼女が面白くてこっちは得した気になっていたが、あれを気にしているんだろうか? いや、あんな間違い電話くらいで。