「金がねぇーーーー!!!」

俺の名前は、水無月灯(みなづき あかり)高校2年生だ。金欠すぎてつい自室で叫んでしまった。
何故こんなことになったのかというと、俺の大好きな魔法少女のフィギュアをポチってしまったからだ。1/4スケールは即買いだろう。だから、これは必要な出費だったのだ、と自分を説得する。
腕を組み、決済完了画面が映し出されたPCを目の前にしてうんうんと頷く。
すると、
「うるさいわよ!ご飯ができたから降りてきなさーい」

と母さんが階段下から俺を呼んだ。

「へいへーい」

PCの電源を切り、椅子から立ち上がり気怠げに自室から出てリビングへと向かう。
おっ、今日の晩御飯は鯖の塩焼きにきんぴらごぼうと味噌汁だ。お世辞抜きで母さんの料理はうまい。

「「いただきまーす」」

いつも通り母さんと2人で手を合わせて夕食を共にする。父さんは海外出張で年に1回帰ってくるか帰ってこないかで家に殆どいない。別に家族仲が不仲という訳ではないので連絡は取っている。むしろ未だにラブラブすぎて息子の俺がドン引きしてしまう程の時もある。
まあ、そんな感じの家族構成だ。

「灯、あんたさっき金がないとか叫んでたわね。何かあったの?」

「あー、貯めてた小遣い使っちゃってさー」
ははっと苦笑いを浮かべて、鯖を箸で掴むため目線を下に移した。

「何に使ったのよ」

怒ってはないとは思うが少し語気が強く感じられた。

「ほら、俺が好きなさ、魔法少女のフィギュアがやっっと出たんだよ〜。だから、さ」
ちらっちらっと母さんの顔色を伺いながら伝えた。

「はぁ〜まあ、あんたのお金だから何も言わないけど、計画的に使いなさいよ。あ!そうだ、バイトしたらいいじゃない」

げっ!帰宅後は色々とすることがあるのにバイトだって?俺の時間が〜!!けど、金がないしな⋯と1人で考え込んでる間にも母さんはずっと1人で喋っていた。

「私が仕事に向かう時に飲食店で張り紙見かけたわよ!たしか、『ボーノ』ってイタリア料理屋さんだったわ。明日帰りに見に行ってきなさい」

「はーい」
ボーノ⋯イタリア語、だよな?なんて意味なんだ?まあ、明日行ってみるか。
了解の返事をして、夕食を食べ切った。

「ごちそうさまでしたっ」
先に食べ終わった俺は、食器を流し台に運び自室へ戻った。
そして、いつも通りだらだらと時間を過ごして、明日の準備をして就寝した。

翌日も無難に学校生活を送り、帰りに昨日言ってたお店まで来た。
張り紙、張り紙⋯と、
窓の方にバイト募集の張り紙があり、目に入った。

『バイト募集!夕方〜夜 時給1100〜 まかない付き』

手書きの張り紙には、パスタのイラストが描かれていた。
まかない付きか〜食べることも好きな俺にとっては魅力的だ。美味しいご飯食べられてお金も稼げる⋯一石二鳥すぎる!
特に応募方法は書かれてなかったので、中に入って話を聞くことにした。

カランコロン、耳障りのいい鐘の音が店内に響く。夕方だったのでお客さんは誰もいなかった。

「すみませーん」

パッと見誰も見当たらないのでキッチンの方に向かって声をかける。
すると、はーいと男性の声がして姿が見えた。
首あたりまであるだろう明るめのトーンの髪を後ろで1つに括った外国人が出てきた。

「いらっしゃいませ」


「あの、アルバイトの募集用紙を見たのですが⋯」

「ああ!アルバイトね!あなたいくつですか?」


少しカタコトではあるが上手な日本語だった。
「17です」

「はーい、いつから働けそうですか?」

ニコニコと話す店長?にそう言われビックリする。

「え!採用ですか?」

「はい、ぜひ働いてほしいです」

バイトってもっと面接とかあるんじゃないのか?こんな即採用みたいなことって現実にあるんだな。

「明日から大丈夫です!」
特に予定もないし、早く金が欲しいから明日から働くぜ!

「では、明日の夕方5時からきていただけますか?」

「わかりました!よろしくお願いします!」

ぺこりとお辞儀をする。

「あ、履歴書も持ってきてください」

「は、はい!」

履歴書か、帰って書かないと。

「では、明日、よろしくお願いします」

「はい!こちらこそよろしくお願いします!」

ニコニコと始終笑顔のいい人そうな感じの印象を受けた。最後にお辞儀をしていると軽く手を振って見送ってくれた。

よし!アルバイト決まったぜ!
俺は、るんるんで家に帰った。


「ただいまー」

「おかえりー」

母さんの声がキッチンの方から聞こえる。
俺は、キッチンの方に向かった。

「母さん!俺、アルバイト明日からになった!」

「え!?明日から?早いのね」

「そうなんだ、だから明日から晩御飯いらないかも!賄いついてるんだ」

「そうなの、少し寂しいわね」

母さんは、少しシュンとした様子を見せた。

「休みはあるからその時は一緒に食べようよ」
そう言うと母さんは、「そうね」と安心したようだった。

その後、自室に戻りいつも通り過ごして眠った。


***


今日からアルバイト生活が始まるぞ!履歴書も入れた、準備万端だ!
言われた時刻の10分前に間に合うように早足で店に向かう。

カランコロン

扉を開くと店長が笑顔で待っていた。

「待っていましたよ」

「今日からよろしくお願いします!」
お辞儀をした後にカバンから履歴書を出して渡す。

「はーい、君の教育係として⋯雨宮くーん」
キッチンに向かって大きい声を掛ける。
そして、出てきたのは長身の黒髪の男性だった。

「雨宮です」

雨宮睦月(あまみや むつき)、俺と同じ歳らしい。なんで俺と同い年なのにこうも体格差が⋯!劣等感を感じたが、仕事仲間だと気持ちを切替えた。

その後、雨宮に更衣室に案内され着替えを渡された。

「ありがとうございます」

カーテンを閉めて学校の制服を脱ぐ。
そして、上が白、下が黒の制服にエプロンを着る。
カーテンを開くと雨宮が待っていた。

「リボン、ズレてる」
そういった雨宮は、俺の腰に手を伸ばす。

「えっ、ちょ」
そして、エプロンの紐を解き、慣れた手付きで素早く結び直した。
自分で直せるっつーの!
けど、善意でやってくれたことだから文句を言うなんてことはできない。

「⋯ありがとうございます」

「じゃあ、キッチンに行きますか」

雨宮はあっちを指差しぶっきらぼうに言った。

初めは、皿洗いからだった。どのスポンジを使うかや洗い方、乾いた食器はどこに置くかなどを教わった。その後、ホールの提供の仕方を教わり、アルバイト初日が終了した。

「お疲れ様でした」
ホールで後片付けをしていると、キッチンから店長が両手にお皿を持ちやって来た。
めちゃくちゃいい匂い。提供中に何度も食べたいと思っていたトマトパスタだ!

「お疲れ様でした。まかないです。食べてください」

店長は、テーブルにそれを置いた。

「うまそー!」
俺は、目の前の欲に抗えずすぐに手を合わせて、いただきます!と言って食べ始めた。
同じように雨宮も食べ始める。
向かいに座って食べている雨宮を見て、食べ方が綺麗だなと感じた。

「どうですか?お口にあいましたか?」

「はい!めっちゃうまいです!!」
店長の問いかけに笑顔で答える。

「雨宮くんは、これが1番好きなんですよね」

「そうですね。店長の料理はどれも美味しいですが、俺はこれが1番好きです」

そう言って微笑む雨宮。
初めて笑った顔を見た。無感情の奴かと思ったけど、笑えるんだな。

食べ終えた後は、着替えて雨宮と一緒に店を出た。聞いてみると帰る方向が同じだったため一緒に帰ることとなった。


「なあ、このバイト始めて長いの?」

「ああ、1年の頃から働いてる」

「そうなんだ、通りで慣れてるわけだ」

「バイト中でもタメ口でいいのに」
ふっ、と雨宮は笑う。

「初対面だったし、教えてもらう立場だったし」
少し歯切れが悪くなりどんどん小声になる。
そして、互いに笑い合い帰った。

雨宮は、俺が思ってる以上に堅い奴じゃなく意外と気さくなんだと話していてわかった。

***

次の日のバイトも一緒だった。昨日教えてもらったことに加えて、オーダーの取り方について教わった。
小さい店だからか手書きの伝票だ。字があまり上手ではないので、ちゃんと読んで貰えるよう丁寧に書くように意識する。
しかし、雨宮って字も綺麗なんだな。達筆で、もしかして習字でも習ってたのか?

「雨宮って習字習ってた?」

「なんで?」

「字が綺麗だからさ、めっちゃ読みやすい」

「ああ、母親が習字の先生をしてて、習い事ってほどじゃないけど指導は受けてたかな」

「なるほどな〜」

それなら字が綺麗なのも納得がいく。
その後、自らオーダーを取りに行ったり、提供したりで営業が終了した。
まかないを食べた後は、昨日同様雨宮と帰る。

「雨宮って身長いくつ?」

「185かな」

「でけー!」
俺の身長は169cmだ。15cm以上離れてるのか。何食ったらこんなにでかくなれるんだ?10cm分けて欲しい。

「水無月も牛乳飲めよ」

「誰がちびだ!牛乳なら毎日飲んでるわーー!!」

「言ってねぇよ」
はははっと口元を押さえながら笑う雨宮。
初めて名前を呼ばれた。ちゃんと覚えてたんだな。少し嬉しくなってその後も冗談を言い合いながら帰った。

***

そして、1ヶ月も経った頃にはすっかりホールでの仕事も慣れていた。しかし、慣れた頃にトラブルというのは起きてしまうものなのだ。

ガシャーン

やってしまった。洗って乾いた皿たちを片付けようとしたら、数が多かったのか上の方の皿が滑って床に落ちて割れた。

「痛っ」
慌てて破片を拾おうとしたら、指を切ってしまった。

「大丈夫か?」

雨宮は、しゃがみこむ俺の顔を覗き込んだ。そして、血が出てることを確認し、手早く処置をする。
ドジを踏んだ自分が情けなくて申し訳ない気持ちになる。

「ごめんな、ありがとう」

「大きな怪我じゃなくてよかった」
安堵のため息をついたあとに、ポンポンと俺の頭を撫でた。
大きな手から暖かさを感じてドキリとした。

「割れた破片は絶対素手で触ってはいけませんよ!後は私が片付けるので気にしないでくださいね」
店長もやってきて俺に声を掛けた。
店の大事な皿を割ったのにみんな優しくて涙が出そうになる。この分を取り返すために頑張るぞ!と意気込み残り時間を過ごした。
その後はトラブルもなく営業が終了した。そして、いつも通りまかないを食べて雨宮と一緒に帰る。

「今日はありがとうな」

「ん?何が?」

「怪我の手当してくれて」

「ああ、あれくらい大したことない。それよりももう血は止まってるか?」
そう言ってすぐ俺の手を掴んだ。

「ひゃっ」
ビックリして変な声が出る。いきなり手を掴むやつがいるかよ。
雨宮は、俺の指の血が止まってることを確認して安心したようだった。
触れられたところが少し熱くなった。
なんだ⋯?

「あんま無理すんなよ」
雨宮は、そう言って微笑んだあと頭をくしゃっと撫でた。

「子ども扱いすんなー!」
本来であれば腹が立つところだが、嬉しくなっている自分がいることに内心驚く。それを誤魔化すかのように雨宮にいつものように反抗的な態度をとる。
その後は、雑談をしながら仲良く帰った。

家に着き、荷物を置いたあとは風呂に向かう。服を脱ぎ、浴室に入る。シャワーで体を流したあと湯船に浸かる。
はあ〜今日も疲れた。傷口にお湯が染みり痛む。
何だか今日は変だったな。思い浮かぶのは雨宮の顔ばかり。まあ、毎日バイト一緒だし仕方ないよな?
そんなことを考えているといつの間にかのぼせかけていた。慌てて湯船から出て頭、体を洗った。
その後も少しモヤモヤしながら眠りについた。

***

ねむい⋯。
バイト中に大きな欠伸をしてしまう。それを雨宮にみられて後頭部を小突かれる。
「いたっ」

「仕事中だ、寝不足か?」

小声で聞いてくる。

お前のこと考えて眠れなかったなんて言えるはずもなく、
「アニメ見てたら夜更かししちまった」
と咄嗟に嘘をつく。

「仕事に支障が出ない程度に、程々にな」
雨宮は、そう言ってホールにオーダーを取りに行った。
はあ、誰のせいだよ⋯。
ため息をついていると店長が

「水無月くん、上の棚から強力粉を出して欲しいです」
と頼んできた。
後ろの棚の上の段に手を伸ばす。強力粉は少し奥にあって、つま先立ちで取ろうとする。届いたと思った瞬間バランスを崩して後ろに倒れる。

痛っ⋯く、ない?

暖かくて少し硬いものに体が包まれている。

「大丈夫か?」

頭上から雨宮の声がする。
ということは⋯

「ごめん!」
すぐ振り返ると眼前に雨宮の顔があった。俺は慌てて立ち上がり、頭を下げた。

「雨宮の方こそ大丈夫か?俺のせいで⋯」

「ああ、怪我は⋯なさそうだな」
雨宮は、俺の体を見ながら安心したように微笑んだあと、立ち上がる。
幸い、強力粉は新品だったようで漫画のように粉まみれになることはなかった。

「怪我がなくてよかったです」
店長も心配してくれていた。

「届かなかったら無理するな」
雨宮は、また俺の頭をぽんぽんっと撫でた。出来なかったら頼ることも大事だよな。

「店長、雨宮、すみませんでした!次からは気をつけます!」
二人共にしっかり頭を下げた後、業務に戻る。
しかし、俺って小さいんだな⋯
雨宮にすっぽり包まれて⋯って何考えてんだ。思い出して恥ずかしくなる。まあ、俺のせいで怪我させなくてよかった。

「1人で百面相でもしているのか?」

「えっそんな変な顔してた!?」
1人で考え事をしていたからかそれが表情に出ていたのか⋯。

「ああ⋯はははっ」

「思い出して笑うなーー!」

楽しそうな雨宮の顔が見られてよかった、じゃなくて!なんか昨日から俺、おかしいぞ。雨宮のことばっか考えてる⋯。
もしかして、俺⋯。
いやいや、ないないっ!
よし、仕事に集中!もう迷惑はかけないぞ!
その後業務を終わらせたあとまかないを食べる。いつも通り、向かいに雨宮が座っている。帰りどんな顔をすればいいのかわからないから急いでるふりして一人で帰るぞ!
そのため、急いで口にかけ込む。

「ゔっ」
しかし、そのせいで喉に詰まりそうになった。胸を叩いていると雨宮が水の入ったコップを差し出してきた。それを受け取って一気に飲み干す。

「は〜〜〜ありがとな」
死ぬかと思ったぜ。雨宮のおかげで助かった。

「そんな急いでどうしたんだ?」
いつもと様子の違う俺を心配してるのか声を掛ける雨宮。

「俺、ちょっと用事で⋯じゃ、先帰るから」
なんだかまともに雨宮の顔が見れず、しどろもどろになる。
そして、手を合わせて片付けをした後、逃げるように店を出た。
明らか不審だったよな⋯はあ、何やってんだ俺⋯と意気消沈しながら帰路に着く。


その後のバイトで業務的なやりとりはするものの、何だか気まずくて雨宮と目を合わせることが出来なかった。そして、今日も1人で帰ろうとそそくさと店を出ると後ろから声がした。

「水無月!!」

大声で呼ばれて振り向かない訳には行かなかった。
雨宮⋯。

「俺、急ぐから⋯」
そう言って走り出そうとするが、腕を掴まれて動きが止まる。

「待てって」

「っ離してくれよ」

「いやだ」
いつも優しい雨宮が、今日は言うことを聞いてくれない。

「だって、逃げるだろ?」
俺は、静かに頷く。

「俺の事避けてるだろ」
再び頷く。

「嫌なことしてたなら、ごめん」
雨宮は、悲しそうに言う。

「ちがっ、う」

「違うのか⋯?じゃあ、どうして」
雨宮は、優しく尋ねる。掴まれた手がゆるむ。

「俺、なんかおかしくて⋯お前のことばっか考えちまうし、なんか⋯恥ずかしくてまともに見られなくて、」
後半に連れどんどん小声になる。

「⋯よかった、嫌われたのかと思った」

「そんな訳!⋯あっ」
気づいてしまった、やっぱり俺雨宮のことが⋯


好きだ。


「水無月」
優しく名前を呼ばれる。

「なに、」

「こっち向いて」

そう言われ俯いていた顔をあげた瞬間⋯柔らかい感触が唇にあった。

思考が停止する。

キ、ス⋯?

「いきなりごめん⋯水無月のことが好きみたいだ」
真剣な眼差しで俺を見つめる雨宮。

「えっ」
情報が追いつかない。キスされて、告白されてる?
俺と同じ、気持ち⋯?

「俺も雨宮のことが⋯」
頑張れ、俺!
勇気出せ!

「⋯好き」
小さく呟く。

その瞬間抱きしめられた。
雨宮の腕の中にすっぽりと体が収まる。恥ずかしさで真っ赤になった顔が見えてなくて良かったと思う。
その後は、以前と同じように談笑しながら帰った。

以前とは違う関係になって。