劇は、終盤まで予定通りに進行した。
 蔵人は黒のロングスカート、黒のマントに、厚紙に金色の折り紙を貼った冠を頭に乗せて、客席に潜んでいた。
 ドワーフたちが姫のなきがらを囲んで悲しんでいるところに、片桐扮した王子が差し掛かってきたところで、蔵人は立ち上がる。

「このままでは、終わらせぬぞっ!」

 腹に力を込めて、蔵人は叫んだ。
 照明係から照明を奪い取っている西城が、客席の蔵人にスポットライトを当てる。
 ここに来る前に、控室で最初の如何にも悪役らしい某有名アニメ映画(ふう)だった化粧を落として、海音寺が新たにメイクしてくれた蔵人の顔は、凄みはあるが上品で、ライトが当たって顔が見えた瞬間に、周囲の観客が思わず息を呑むほどの美人に仕上げられている。

「えっ? な…?」

 台本にはなかった展開と、更にそこに立つ蔵人がメイクのせいで(だれ)だかわからないらしい片桐は、狼狽え戸惑って言葉もないらしい。
 その間に、蔵人は素早くステージにあがり、白雪の綺紗羅に駆け寄るとサッと抱き上げキスをする。
 わあっと、客席から歓声があがった。

「えっ? なんで、ヴィランが姫にキス?」
「多様性を重要視してるからです!」

 意味がわからず、思わず素で問いを投げかけてくる片桐に、蔵人は用意していたセリフで返した。
 観客から、ドッと笑いが上がる。
 客は、てっきりこれが "正しい台本" だと思っているので、騒ぎ立てる(もの)はいなかった。

 というのも、片桐に対する仕返しとして冬馬が発案してきたのが、片桐の演出とは違った筋立てにして、客席を沸かせるというものだったのだ。
 今回の台本は、正直なんのひねりもなく、普通に白雪姫の話をなぞるだけのものだ。
 見せ所は、前回のかぐや姫と同じく、女装したヒロインに違和感をもたせることなく、客を舞台に集中させること…のみであるため、内容に改変を加える必要がない…と片桐は言っていた。

「むしろ、演出で笑える筋立てにして、最後にお后が姫をかっさらうどんでん返しにするんだよ!」

 と、冬馬は言った。
 もちろんラストのどんでん返しは片桐にナイショにして、用済みと追い出される王子にすることで、片桐に赤っ恥をかかせるのが目的だ。
 その話に、海音寺は乗り気になり、元の台本の特に前半部分に笑いの要素を足す改変に尽力してくれた。
 それを片桐に提案し、台本をコメディに誘導するのは綺紗羅の役目だ。
 海音寺がお后を演じないのならば、演技力に不安のある蔵人をフォロー出来る台本にすべきだと言い、少々おっちょこちょいで間抜けなキャラクターに変更させ、蔵人が少々セリフを忘れたりしてもしらけさせない工夫だと言った。
 狩人と鏡の精を海音寺が演じ、暗躍するヴィラン要素を全部そちらに寄せてしまい、お后の悪い要素を排除することで、ラストのどんでん返しの伏線にしておいた。

「まあ、おかあさま!」

 目を開けた綺紗羅は、片桐の台本通りのセリフを言って、自分を抱きかかえているお后にひしと抱きつく。

「そんな、それじゃあ僕の立場は?」
「おかあさま、わたくし、見知らぬ殿方とお話するのはおそろしいですわ!」

 綺紗羅がサッと、蔵人の肩に顔を埋める。
 そこでビシッと、手に持った閉じた扇で片桐を指し、蔵人は威圧的に顎をしゃくった。

「得体のしれぬ不埒者! この地より()ねっ!」
「え、ええ〜?」

 戸惑う片桐に、客席のあちこちに潜り込ませてあった海音寺のファンである、西城の友人たちが "帰れコール" を発すると、客も一緒になってコールを始めた。
 立つ瀬のなくなった片桐は、顔を真赤にして舞台から降りていく。

「白雪姫は蘇った! これにて王国は安泰であるっ!」

 蔵人が最後のセリフを高々と叫ぶと、会場内は割れんばかりの拍手に包まれた。