その日の昼、蔵人と綺紗羅はいつものように昼を学食で食べていた。

「蔵人の弁当は、なんというか、個性的だな」
「真っ茶色で糸こんにゃくしか入ってないってはっきり言えよ」
「冬馬が言っていたが、蔵人の弁当は蔵人が作っているんだって?」
「そうだよ。ウチは母子家庭で、カーチャンが看護師してっからさ。高校進学する時に、昼飯代はバイト代から出すって豪語しちゃったんだよな」
「蔵人のところも、母子家庭なのか」
「ところも…って、キサラんちもか?」
「うむ。そもそも、私は父を知らない。母が言うには、父は認知を拒否したそうだ。故に母は、父が(だれ)なのか、私にも言わない」
「そーなんだ」
「しかし冬馬が言うには、蔵人は部活の誘いを全て断って、アルバイトをしているんだろう? もっと豪華にすればいいのでは?」
「冬馬とちょっと遊びに行くにも、資金は必要だからな。サバキャンは行った先で(かね)は掛けないけど、足代やら装備品やらにそれなりに(かね)掛けたいから」
「なるほど」
「てか、キサラの弁当は(だれ)が作ってんだ?」
「これか? これは蔵人が弁当を自作していると聞いて、自分で作ってみた」

 綺紗羅の弁当は、真っ黄色な卵焼きにミニトマト、串に刺さったミニウィンナーとブロッコリー、ごはんの上にはごましおが振ってある、実にカラフルなものだった。

「見栄えはいいけど、ちっちゃくね?」
「さほど腹は空かない」

 そう言われてみれば、二限と三限の間の休み時間に、蔵人が菓子パンを食べている時、綺紗羅に勧めて断られたことがある。

「昔から少食なのか?」
「そうだな。一人の食卓がつまらないので、あまり食べることに興味が沸かない」
「そんなだから、枯れ枝みたいな腕してんじゃね?」
「私の腕は、枯れ枝か?」
「腕だけじゃなくて、全体にウェイト足りないと思うぜ」
「そんなに細いか?」
「ほれ」

 蔵人は、制服の袖をまくりあげると、グッと自分の腕を突き出した。
 綺紗羅は同じ用に袖をまくって、同じ用に腕を突き出し、蔵人のそれと見比べる。

「確かに、随分違う。どうしたらそんなに筋肉が付くんだ?」
「俺の腕なんて、まだまだだ。冬馬の親父なんて、筋肉マニアだから、腕なんてこんなだぜ」
「蔵人も、体を鍛えるのが趣味なのか?」
「いや。だけど、サバキャンするのに力があった(ほう)が都合がいいから、ある程度は鍛えたいかな?」
「また、行くのか?」
「時間と(かね)の都合がつけば…な。中学ん時は、週末ごとに、冬馬ん()のじいちゃんが持ってる山がチャリで行けたから通ってたけど、最近はもうちょっとやり込み要素を増やしたいし、勉強もしとかないとまずいから、連休じゃないと難しいけどな」
「そうか。それに付き合いたいと思ったら、この腕では難しいか」
「サバキャン、興味湧いた?」
「どうだろう? だが、夏のキャンプは楽しかった」
「いいんじゃね? 今度の冬は、トーマと二人で野営キャンプしようかって言ってて。近くに天然温泉もあるから、かなり遊べると思うんだよな」
「随分、(かね)が掛かりそうだな」
「どうかな? テントは3人でも泊まれるだろうし。防寒用の寝袋は、トーマが去年買い換えたから、古いので良きゃ貸してくれると思うし…。交通費だけだと思うが……」
「温泉は入浴料金が掛かるのでは?」
「町営のちっちゃいトコだから、スーパー銭湯より安いぜ」
「面白そうだ」

 そんな会話を交わしていた二人の(そば)に、(だれ)かが立つ。
 振り返ると、見知らぬ(もの)たちだったが、襟元の記章からすると二年生らしい。

「きみが、美咲か?」
「そうだ」
「俺は二年の西城。少し話がある。付き合ってくれ」
「それって、俺も一緒に行っていいんすか?」

 なんだか不穏な空気を感じて、咄嗟に蔵人は問うた。

「いや、話があるのは美咲だけだ」

 蔵人と綺紗羅は顔を見合わせる。
 だが、校内で上級生から声を掛けられ、その誘いを断るのは至難の業だ。

「わかった」
「おい」

 声を掛けた蔵人に、綺紗羅は首を横に振っただけで席を立つ。
 さり気なく(あいだ)をおいて(あと)を追おうかと蔵人は考えたが、連れ立ってやってきた先輩の一人が、そこに残ったためにそれも諦めるしかなかった。