最初、蔵人は片桐の申し出を断ろうとしたのだが。
 海音寺の機嫌が戻るまでの "穴埋め" に、相手役がいないとやりにくいからセリフを読み上げるだけ…と拝み倒されてしまった。

「つまり、去年の片桐先輩の武勇伝がウソだったってこと?」

 一人、家庭科実習室で衣装の手伝いをしている冬馬は、他の部員たちから情報収集に回っていた。
 曰く、演劇部は片桐と海音寺が入部してくる以前は、和気あいあいとしつつも、文化祭などでさほどの功績のない、うだつの上がらない部だった…と言うのだ。
 顧問は演劇の造詣など全く持ち合わせておらず、文化祭が迫ってきたら舞台の時間調整をするだけで、演技どころかごっこ遊びの延長のような演技力で舞台に立ち、客を集められる要素は "男子学生のハチャメチャな女装" のみだった。
 だが顧問が他になにもしなかったのかと言えば、そうでもない。
 教諭は演劇に造詣はなかったが、卒業後の進路に関しては人脈が豊富で、裏方である大道具・小道具、衣装などで技量を発揮した生徒には、職人系の仕事に有利な進学先を紹介したり、内申点が上がるようにしてくれたりしていたのだ。
 特に縫製や衣装デザイン系の道に進みたい(もの)には、校内で演劇部の顧問以上にツテのある教師はおらず、進路指導の教諭よりも頼りにされていたりするらしい。
 そんな(わけ)で、演劇部はずっとそういう生徒の受け皿的な立ち位置にあったのだが、そこに現れたのが片桐と海音寺だった。

 演劇部と名乗りながら、肝心の演劇の部分がグダグダだったため、当時の部長も顧問も、博識だった片桐に論破されてしまったのだ。
 恥ずかしがりながらも、どこか楽しんで女装をしていた生徒たちも、なまじな女性よりも美しい女性を演じる海音寺の前に、(だれ)もヒロインになりたがらなくなった…と言う。

「武勇伝っちゃ、実際武勇伝なんだよな。片桐さんのおかげで、笑いしか取れないって言われてた演劇部の舞台が、去年は教師陣にも高評価だったし。お笑い集団だと思われていたのが、きちんと演劇部って認識に改められたしさ」

 でもなぁ…と、先輩部員は言った。

「去年の一件で、演劇部の中に派閥が出来ちゃったのも、事実だからな」
「派閥…ですか?」
「結局、片桐の目指す演劇部の本文に則った部活動を支持する派と、元々の流れを支持する派に分かれた感じ?」
「俺は、一概にそれだけじゃないと思うけどなァ」

 同じく縫い物をしていた別の部員が、口を挟む。

「なんですか?」
「部員の中には、海音寺が片桐のことが好きとか言ってる、なんかワカラン(やつ)がいるけど、俺は海音寺が片桐の才能に乗っかってるだけって気がするワケよ」
「才能っすか?」
「だって、片桐にくっついてれば、自分の立場が良くなる的な、そーいう打算はあるだろ?」
「ふえ〜、なんか芸能界みたいっすねぇ!」
「それなっ!」

 さもさも迷惑そうに、先輩部員は笑った。