放課後、蔵人は家庭科実習室に向かっていた。
 本音を言えば、すっぽかしてしまいたいのだが。
 言葉は悪いが、少々生真面目が過ぎてトンチキな綺紗羅が、毎日演劇部に通っているため、それを無視することができないのだ。

「あ、クラちゃんおっそーい!」
「わりぃ、段ボールの(ほう)にちょっと顔出してて」

 衣装係の手伝いをしていた冬馬が、慣れない手つきで仮縫いをしている。
 衣装係は縫製の技術に長けているが、全員分の衣装を最初から最後まで仕上げるとなると時間が足りない。
 そこで手の空いている(もの)が、衣装係の指示の元に裁断や仮縫いを手伝うことになっている。

「キサラは?」
「視聴覚室で練習中」
「あっちはあっちで、大変だな」

 実習室には、他にもクラス発表用の衣装を作っている生徒たちがおり、ざわめいている。
 そこに、演劇部の部員がやってきた。

「ちょっと、全員視聴覚室に来てくれ!」
「どうしたの?」
「いいから、早くっ!」

 びっくりして、裁縫をしていた(もの)たちは作業を()め、視聴覚室へと向かった。
 蔵人たちが視聴覚室の前へとやってきた時、いきなり扉が開き、海音寺が飛び出してくる。

「うわっ!」

 先頭にいた部員は、海音寺に突き飛ばされてよろめいたが、海音寺はこちらに振り返りもせずに廊下を走り去った。

「なんだ?」
「さあ、さあ、みんな! 慌てず騒がず、練習の続きを!」

 中から、片桐の声が聞こえた。

「でも片桐先輩、海音寺先輩がいなくちゃ、練習もなにも」
「海音寺の出番がないところをやりたまえ! 今日は、とりあえず」

 部屋に入った蔵人と冬馬は、そこで突っ立っている綺紗羅の(そば)に近づいた。

「サラちゃん、なにがあったの?」
「片桐先輩が、海音寺先輩に役を振った」
「白雪姫…はサラちゃんだけど、海音寺さんはなんの役になったの?」
「お后だ」

 片桐が言うところの「舞台の上で女装をするのは一人ではない」の意味を理解し、そこで昨年ヒロインを演じた海音寺が、それで納得するのか? と考え、海音寺が荒々しく部屋を飛び出して行った理由に思い当たった。

「怒って、出てっちゃったのか」
「ヒロインがヴィランを振られたら、そりゃ怒るか…」
「そうか? 女役振られるなら、どっちだって同じだろ?」

 どっちにしろ嫌だ…と言う意味で、蔵人はそう言ったのだが。

「周防くん! キミのその考えは素晴らしいね!」

 突然、片桐がそう言った。
 何事かと視線をそちらに向けると、いつの間にか片桐は三人の(そば)に近づいてきており、そしてそのまま蔵人の肩に手を掛ける。

「うん、素晴らしいよ! 役者は回ってきた役を全てチャンスと捉えるべきだよね! いや、素晴らしい! そういうキミには、是非ともチャンスをモノにしてもらいたい!」
「なんの話っすか?」
「なにって、とりあえずこの場は、キミが海音寺の代役をしてくれたまえ」
「え……ええっ!」

 驚いている間もなく、片桐はその場に放置されていた海音寺の台本を手に取ると、蔵人の手に押し込んできたのだった。