「僕は、実をいうとただの役者になりたいとは思ってないんです」

 ベニヤに釘打ちとペンキ塗りの作業を続けている蔵人と冬馬を、自分の作業が一段落ついた綺紗羅がきて手伝っていたのだが。
 そこに片桐がきて、何気に綺紗羅に話しかけている。

「では、何になりたいと?」
「クリント・イーストウッドみたいな、役者としても監督としても一流と言われる(もの)になりたいと思っていて。なのでここでも、僕は監督と脚本と演出と主役をこなしているんですよ」
「去年の舞台も、片桐さんが仕切ったって聞いてます」

 冬馬が言うと、片桐は大きく頷いた。

「なかなか好評だったよ。ここの演劇部は、ずっと女装をネタにしたコメディばかりを演っていたんだが。去年は "かぐや姫" を演ったんだけどね、姫が月に帰るところの演出に苦労したよ」
「でも、去年だと片桐さんは一年ですよね? 先輩たちが、それで納得したんですか?」

 蔵人も疑問に感じていたが口に出せなかった質問を、冬馬はなんのてらいもなくヘラッと笑いながら問うた。

「いろいろ、反発もあったけどね。でも、海音寺にかぐや姫を演じてほしいという要望が多かったところで、その海音寺が仕切るのを僕に任せてほしいと言ったので、僕が抜擢された…って感じかな」
「今年は、なにを演るんですか?」
「今年は白雪姫を考えているんだ」
「去年がかぐや姫で、今年は白雪姫。なんか、高校で演るにしては、内容が子供向けっぽくないですか?」

 冬馬の質問に蔵人は狼狽えたが、片桐は声に出して笑って受け流す。

「もっともな意見だ、篠原くん。だが文化祭って、多種多様な(かた)たちが見に来るだろう? 生徒のご家族にとっつきの良い演目を選んでいるんだよ。話は単純、ストーリーも皆が知っている、なんとなく見に行っても良いかな? と思わせるためだね」
「なるほど〜」

 冬馬は感心して頷いている。

「それで、今回の白雪姫なんだけれど、美咲さんにお願い出来ないだろうか?」
「え…ええっ!」

 驚いたのは、冬馬と蔵人だけで、綺紗羅は無言だった。

「だ…だってサラちゃんは、女優の息子かもしんないけど、演劇経験ゼロ…だよね?」

 冬馬の問いに、綺紗羅は頷く。

「いや、お願いしたいのは、かなり失礼だが、下心があってのことなんだ。美咲更紗さんのネームバリューを、少々お借りしたくて」
「しかし、最初に言った通り、母が見に来る(わけ)でもないが?」
「ご覧のとおり、ウチの部は非常に貧弱で、このままでは活動費の確保はもちろん、部としての存続も危ぶまれている。文化祭で、大女優の子息である美咲さんに舞台に立ってもらえたら、名を売ることが出来ると思うんだ」
「だが、私は今後も演劇部に所属する(わけ)でもない。もし女優の息子を目当てに部員が来るなら、それは詐欺では?」
「もちろん、それはきちんと説明をする。だが、演劇部の存在が認知されて、話題にのぼるのがまず先だと思うんだ。広告というか、キャンペーンに俳優を出すのと同じじゃないかい?」

 切羽詰まった顔で語る片桐に、綺紗羅は相変わらずの仏頂面で、正直、蔵人にも冬馬にも、何を考えているのかはわからなかった。
 とはいえ、なんとも図々しい願い事に、綺紗羅がなんと返事をするのか、蔵人はハラハラしながら様子を見ていた。

「あの〜、片桐さん。もしかしてそれが原因で、海音寺さんは怒ってたんですか?」
「今回の演目が決まった時に、白雪姫の役を海音寺くんにお願いするとは、言ってなかったんだが。去年のかぐや姫が好評だったから、自分が役を取れると思っていたようだ」
「でも、サラちゃんいなかったら、海音寺さんが演った役ですよね?」
「確かに海音寺くんは女役を見事にこなせる技量があるが、趣向が同じでは聴衆を満足させるのは難しい。私はヒロインを海音寺くんに固定させたくないと考えていたので、白雪の役を海音寺くんにするなら、脚本はコメディにアレンジしなおさなければと考えていたよ」

 微妙に、片桐の言っていることに不審感を覚えたが、冬馬はそれを口に出さずに、目で蔵人に語った。

「去年、海音寺先輩が役を引き受けるにあたって、仕切りを片桐先輩に一任するのが条件だった…と言ってましたが」
「うん、そうだね。あれ? 美咲さんもなにか条件が?」
「私は、非常に上がり症なので、同じ舞台に蔵人と冬馬も役を与えて欲しい」

 これは、無茶振りをすることで片桐が綺紗羅の出演を諦めさせる作戦かな? と蔵人は考えた。

「そうか。うん、わかった。それならばそうしよう」
「えええっ!」

 部員は、当たり前だが "台詞のある役どころ" を欲しがっている。
 その正規の部員を無視して、臨時の手伝いである蔵人と冬馬を舞台に上げるとなれば、流石にワンマンな片桐とて、おいそれと引き受けられないだろう。
 そう考えていた蔵人はもとより、同じように考えていたらしい冬馬も一緒に驚きの声をあげた。

「篠原くんは、七人のドワーフ。周防くんには、そうだな、白雪姫を森に連れて行く狩人の役はどうだろう?」
「私一人で女装は嫌だ」
「大丈夫、舞台の上にはお后役もいる。女装をするのは、美咲さんだけではないよ」

 それだけ言って、片桐はその場を離れていってしまった。

「ムチャクチャ言ってんなぁ。あんなの付き合うことねぇぞ?」
「だが、母のファンだと言っている。私が母のイメージを落とすことはしたくない」

 顔を見合わせる蔵人と冬馬に、綺紗羅が頭を下げた。

「済まない。だが最悪、二人は参加しなくてもいいぞ…」
「いや、最初に誘ったの僕だし」
「てか、演劇部の知名度上げるたって、演劇未経験なド素人を主役に据えるとか、おかしいだろ…」

 蔵人は、先行きに不安しか感じなかった。