演劇部の助っ人作業は、蔵人の不安に反してごく真っ当な作業だった。
 蔵人と冬馬は大道具、綺紗羅は小道具の仕事を回されただけだったのだ。

「そらまぁ、演劇部の人間だって、主役級の取り合いしてるんだから、こっちにおかしなお鉢は回ってこないよな」

 金槌でベニヤ板に釘を打っていた蔵人が言った。

「てか、あの海音寺さんって、すっごい美人だよねぇ…」

 ベニヤ板にペンキを塗っている冬馬が、向こうで片桐と話している人物を眺めながら言った。
 海音寺は、男子ばかりの演劇部で、常にヒロインを務めている部員らしい。
 線が細く、中性的な顔立ちをしているために、喉仏や肩幅の広さなどをカバー出来る衣装を着せると、たちまち美女に変身する。

「オマエは、ブレねぇなぁ…」

 呆れた顔になった蔵人だが、冬馬が無理にこのイベントに自分たちを誘ったことで凹んでいるよりはいいかと思い直し、何気なく片桐と海音寺の(ほう)を見たのだが。

「なんだそれっ! ふざけんなっ!」

 いきなり海音寺が、片桐の頬を叩くと、視聴覚室から駆け出していってしまう。

「なんだ…?」
「あ〜。いつものことだから気にしないで〜」

 驚き固まった蔵人と冬馬に、(そば)で一緒に作業をしていた演劇部員が言った。

「いつも…の?」
「元々片桐部長はワンマンなところがあって、劇の出し物とか、君たちみたいな臨時の手伝いとか、勝手に決めて連れてきちゃうとこがあってね」
「えっ、それじゃ俺たちって、実はご迷惑…?」
「いや、大道具の手伝いはフツーにいつも手が足りないから、とっても助かってるよ。ただ、部長は部員にホウレンソウをしろって言うけど、自分はしないんだよね」
「ハア…」
「そんで、その部長の手綱を締めてくれるのが副部長の海音寺さんなんだけど。こっちはこっちで、癇癪持ちと言うか…」
「おいおい、癇癪はねえだろ」

 作業をしていた、別の部員が嗜めるように言った。

「癇癪だろ〜? ちゅーか副部長って部長に気でもあるんじゃねぇの? まぁ、部長は相手にしてない感じするけど」

 そんなことを言いながら、彼はよいしょと塗り上がったベニヤ板を持って立ち上がり、外に干しにその場からいなくなる。

「まぁ、あの二人がモメるのは、ここの恒例行事みたいなもんだから、無視した(ほう)がいいよ」

 もうひとりの部員も、塗り上がったベニヤ板を持って立ち上がった。
 蔵人と冬馬は顔を見合わせ、呆れ返るほかになかった。