数日して、放課後冬馬が蔵人のクラスに顔を出す。
 帰りは駅まで、三人で歩くのが日課になっていたので、それはいつものことなのだが。

「クラちゃん、ちょっと、ちょっと」
「どうしたんだよ?」
「ちょっと、ちょっとだけ付き合って!」

 綺紗羅と顔を見合わせたものの、このまま教室に残っていると段ボールアート制作に強制参加させられてしまうので、二人は冬馬について教室を出た。

「帰らないのか?」
「ちょっと、ちょっとだけ。ね」

 そういって冬馬は、特別教室がある離れた校舎に向かう。
 行き着いた先は、視聴覚室だった。
 中には、片桐を中心に10人ほどが集まっている。

「やあ、篠原くん、よく来てくれたね! いらっしゃい、美咲くん! と…周防くんだっけ?」

 なぜ、自分の名前だけ間を開けられた上に疑問形なのだろう? と微かな不快感を覚えつつも、蔵人は「そうです」と答えた。
 だが片桐は返事をした蔵人のことなどスルーして、蔵人の後ろに立っていた綺紗羅の(そば)に駆け寄った。

「僕は、美咲更紗さんの大ファンでね。キミが更紗さんの息子さんだと聞いて、すっかり舞い上がってしまったんだ。是非とも、有志に参加して欲しい」
「私が参加したからといって、母が文化祭を見にはこないと思うが?」
「とんでもない! 僕のつたない(・・・・)演技を見られたら、憤死してしまいますよ! ともかく、皆を紹介するので…」

 片桐は、まるで綺紗羅をエスコートするようにして教室の中へ導いた。

「この待遇の違いはなんなんだ?」
「ちょっと事情があるんだってば」

 こそっと冬馬に尋ねると、こそっと曖昧な返事をされる。
 なんとなく面白くない気分になったが、それでも蔵人は黙ってついて行った。

「みんな、こちら臨時で裏方を引き受けてくれた、篠原くんと美咲さんと、…それから周防くんだ」

 演劇部の部員たちのほとんどは、友好的な笑みで迎えてくれたが。
 一人、奥に立つ(もの)だけは黙ってこちらを睨みつけてきた。

「美咲さんは、かの大女優、美咲更紗さんの御子息だよ」
「それでか、どっかで見た顔だと思ったよ」
「これは、なかなかの逸材の登場だな」

 部員たちは口々に勝手なことを言いながら、綺紗羅を中心に三人を囲み、助っ人を引き受けてくれた感謝を述べた。

「では、今日は顔見せだけで、具体的な話は後日あらためて」
「はい、それじゃおじゃましました〜」

 調子良く言った冬馬に押され、蔵人と綺紗羅は視聴覚室から押し出された。

「おい、トーマ。なんなんだよ。なんの説明もなしで、いきなり俺ら、手伝いすることに決定してるじゃんか」
「だって、そっちだって結局ほぼほぼすることないんでしょ? 先刻教室行った時、一部のノリノリな連中が段ボール切り裂いてたけど、クラちゃんたち帰ろうとしてたじゃん」
「いや、むしろ俺は、文化祭に積極的に参加なんかしたくないし。そもそも…」

 蔵人は、チラッと綺紗羅に振り返った。

「キサラ、よくキレなかったな」
「いや、目鼻立ちの話をされるたびに苛立つのは、大人げないと蔵人に指摘されてからは、少し気をつけるようにしている。それに、私が問題を起こすと、母に迷惑が掛かるという話も、思うところがあったのだ」

 綺紗羅のコメントに、冬馬は少しきまり悪そうな顔になる。

「そうだね。サラちゃんのそういう事情、僕、てっきり忘れてたよ。ごめん。ホントは僕だけ、ちょっと手伝いに参加すればって思ったんだけど。片桐さんが美咲さんのファンで、学食で声を掛けて来た時から、サラちゃんが美咲さんの息子だって気付いてたっぽいんだよ。そんで、どうしても連れてきて欲しいって頼まれて…」
「なんか挙動がオカシイと思ったら、そういうことか…」

 冬馬は両手を合わせて、二人に頭を下げた。

「ホント、ごめん!」
「まぁ、裏方の大道具で大工仕事ぐらいなら、いいけど。あの片桐ってのがあんまり失礼だったら、即撤収すっからな」
「いや、母のファンだと言うなら、そうそう袖には出来ない。母のことが絡むなら、その話は私がどうにかしたいと思う」

 蔵人と冬馬は顔を見合わせた。

「まぁ、サラちゃんがそういうなら…」
「無理はするなよな」

 綺紗羅は、心配げな二人に頷いた。