テントを張った裏庭の中央には、石組みをされた直火の焚き火場があった。
そこに蔵人と冬馬が火をつけ、串に刺した鮎を炙り焼きにする。
石組みにはトライポッドも立てられていたので、持ってきた野菜類を使った汁物を作り、コテージのキッチンで米を炊いて夕食にした。
コテージに電気は来ていて、LEDの外灯も付いてはいるが、自然の中の小さな光はさほど頼りにはならない。
外で、焚き火を囲んでの夕食は皆のテンションを上げたが、冬馬はその後の肝試しを盛り上げるために、さりげなく怪談を仕込み、日が暮れた頃にはかなり雰囲気が出てきていた。
「じゃあ、昼間に決めた順番に、10分たったら次の奴が出発ね。スマホは落とさないように。充電に不安がある奴には、懐中電灯を貸すよ〜」
「うわっ、真っ暗じゃん!」
「先刻の冬馬の幽霊の話、ホントかな…?」
「やめろ! これ以上、恐怖を煽るな!」
「道は一本だし、枝道っぽいところには反射板を付けてあるから、迷う心配はないと思うけど。思いの外ぬかるんでいるから、足元気をつけて。じゃあ、一番さんからレッツゴー!」
その場に、蔵人はいなかった。
幹事の冬馬は場を仕切る担当で、蔵人はやってきた学友たちをおどかす担当だったから。
それぞれが、スマホのライトや懐中電灯で足元を照らしながらやってくる。
おどかしポイントは、冬馬が仕込んだ人感センサーで女の泣き声が聞こえる仕掛け、人の顔ぐらいの鏡を枝に下げた場所、そして釣具の先に濡らした冷却タオルを下げたものを持った蔵人が潜み、やってきた者の額や首筋に当てる、といった三箇所を作ってあった。
そこで人が来るのを待ちながら、蔵人は綺紗羅の話を思い返していた。
顔面偏差値が高いことで、むしろ綺紗羅はコンプレックスを強めていると言う。
冬馬はあの通りの陽キャで距離ナシであるから、綺紗羅の環境にあったら嬉々として芸能界デビューをしていたかもしれないが。
自分が同じ立場だったら、やっぱり上手い立ち回りは出来なかっただろうな…とも考える。
一方で、綺紗羅がなぜ手放しに、蔵人が陰口を叩いていなかったと信じているのか? も不思議だった。
「クラちゃ〜ん」
蔵人が持っていたトランシーバーから、冬馬の声が聞こえる。
「どうした?」
「サラちゃんが、戻ってこないんだけど。そっち行った?」
「いや、まだ来てない。美咲は、何番目だ?」
「真ん中へんだったんだけど、最後の一人が戻っても、サラちゃんだけが戻ってないんだよね。とりあえず、みんなにはコテージんトコで待機してもらってんだけど…」
「じゃあ、ちょっと二人で探して。見つからなかったら、みんなで探すか?」
「オッケー。クラちゃんが見てナイなら、コース前半を僕はスタート地点から、クラちゃんはそっちから逆走で探しにきて〜」
「わかった」
蔵人は釣具を木に立てかけ、スマホと懐中電灯の両方を点けると、歩き出した。
道は月明かりもあり、自然に囲まれた山の中にしては明るい。
木々の影が地面に移り、渓流で冷やされた風が吹き抜けて、昼間の暑さを洗い流すようだ。
登り坂を歩きながら、蔵人は綺紗羅の名を呼びつつ、道の左右に明かりを投げかけて歩いた。
すると、不意に頭の上からガサガサと妙な音がした。
顔を上げると、そこに白っぽいものがいる。
「美咲かっ?」
「…周防?」
木の上から、綺紗羅の声がした。
「そんなトコで、何してんだ?」
「えっ? あぁ、助けてくれ」
助けを求める人間にしては、あまりに逼迫感にかけるその態度に、蔵人は少なからず呆れていた。
「どうやって、そんなトコに登ったんだ?」
「いや、登ってはいない。落ちた」
「落ちたぁ?」
「すすり泣きに驚いて、蹌踉めいたら足を滑らせた。咄嗟に枝を掴んだら、ここで止まったんだが。どうやって降りたらいいかが判らなくて…」
「そうか。じゃあ今、トーマに連絡を…」
「ぎゃあああっ!」
蔵人がトランシーバーを手に取る前に、綺紗羅の遥か後方から悲鳴が聞こえ、激しい葉擦れの音が聞こえた。
そして、綺紗羅がしがみついている枝と同じ場所に、新たな人影が現れる。
それが冬馬だと認識するより先に、枝は二人分の体重と衝撃に耐えられず、鈍い音を立てて折れた。
「うわっ!」
「ひええっ!」
「!!!」
驚いた蔵人は咄嗟に、思わず両手を差し出し、やや太めの枝とともに落ちてきた綺紗羅と冬馬を受け止めようとしてしまう。
ここは逃げるべきだったと思った時には、二人分の体重が飛び乗ってきていた。
「いったぁ……」
最初に声を上げたのは、冬馬だった。
「どけ……」
一番下の蔵人が、か細い声で言った。
「ああ、クラちゃん! 君は命の恩人だよ!」
「いいから、どけって……」
太めの枝は、幸いにして蔵人の上には落ちなかった。
綺紗羅は這いずるようにして蔵人の上から退き、立ち上がった冬馬は蔵人に向かって手を差し出す。
「いや〜、暗闇の中で聞くすすり泣きってコワイねえ! 自分で人感センサー仕掛けたのに、びっくりしたら足滑らせちゃってさぁ!」
「いいから、助っ人呼びに行けよ」
「助っ人? なんで?」
「足首、ひねったっぽい。ちょっと立ち上がるの無理」
「ええ〜! えっ? えっ? サラちゃんは?」
「すまない。腰が抜けたようで、立ち上がれない」
「あらま! あ〜、でもあの状況で、捻挫で済んだらもうけもんかぁ〜。オッケー、今、助っ人呼んでくるから、待ってて!」
冬馬はコテージに、取って返した。
その後姿を見送りつつ、蔵人はなんとか体を起こして地面に座ったが。
ふと耳に、小さく笑う声が聞こえる。
「なんだ?」
笑う綺紗羅に、問う。
「いや、周防があんまり真っ黒になっているので、済まない」
声を上げて笑う綺紗羅に驚いてしまったが、しかし蔵人もだんだん面白くなってきてしまって、笑い出す。
「そんなこと言ったら、そっちだっていい加減真っ黒だぞ!」
「…そっちじゃない、キサラでいい」
綺紗羅がクスクス笑いながら言う。
「なら、こっちも名前でいい」
「そうか。では、今後はそうさせてもらう、蔵人」
蔵人は、これからはこの奇妙な隣人と、もう少し上手くやっていけそうだと感じていた。
そこに蔵人と冬馬が火をつけ、串に刺した鮎を炙り焼きにする。
石組みにはトライポッドも立てられていたので、持ってきた野菜類を使った汁物を作り、コテージのキッチンで米を炊いて夕食にした。
コテージに電気は来ていて、LEDの外灯も付いてはいるが、自然の中の小さな光はさほど頼りにはならない。
外で、焚き火を囲んでの夕食は皆のテンションを上げたが、冬馬はその後の肝試しを盛り上げるために、さりげなく怪談を仕込み、日が暮れた頃にはかなり雰囲気が出てきていた。
「じゃあ、昼間に決めた順番に、10分たったら次の奴が出発ね。スマホは落とさないように。充電に不安がある奴には、懐中電灯を貸すよ〜」
「うわっ、真っ暗じゃん!」
「先刻の冬馬の幽霊の話、ホントかな…?」
「やめろ! これ以上、恐怖を煽るな!」
「道は一本だし、枝道っぽいところには反射板を付けてあるから、迷う心配はないと思うけど。思いの外ぬかるんでいるから、足元気をつけて。じゃあ、一番さんからレッツゴー!」
その場に、蔵人はいなかった。
幹事の冬馬は場を仕切る担当で、蔵人はやってきた学友たちをおどかす担当だったから。
それぞれが、スマホのライトや懐中電灯で足元を照らしながらやってくる。
おどかしポイントは、冬馬が仕込んだ人感センサーで女の泣き声が聞こえる仕掛け、人の顔ぐらいの鏡を枝に下げた場所、そして釣具の先に濡らした冷却タオルを下げたものを持った蔵人が潜み、やってきた者の額や首筋に当てる、といった三箇所を作ってあった。
そこで人が来るのを待ちながら、蔵人は綺紗羅の話を思い返していた。
顔面偏差値が高いことで、むしろ綺紗羅はコンプレックスを強めていると言う。
冬馬はあの通りの陽キャで距離ナシであるから、綺紗羅の環境にあったら嬉々として芸能界デビューをしていたかもしれないが。
自分が同じ立場だったら、やっぱり上手い立ち回りは出来なかっただろうな…とも考える。
一方で、綺紗羅がなぜ手放しに、蔵人が陰口を叩いていなかったと信じているのか? も不思議だった。
「クラちゃ〜ん」
蔵人が持っていたトランシーバーから、冬馬の声が聞こえる。
「どうした?」
「サラちゃんが、戻ってこないんだけど。そっち行った?」
「いや、まだ来てない。美咲は、何番目だ?」
「真ん中へんだったんだけど、最後の一人が戻っても、サラちゃんだけが戻ってないんだよね。とりあえず、みんなにはコテージんトコで待機してもらってんだけど…」
「じゃあ、ちょっと二人で探して。見つからなかったら、みんなで探すか?」
「オッケー。クラちゃんが見てナイなら、コース前半を僕はスタート地点から、クラちゃんはそっちから逆走で探しにきて〜」
「わかった」
蔵人は釣具を木に立てかけ、スマホと懐中電灯の両方を点けると、歩き出した。
道は月明かりもあり、自然に囲まれた山の中にしては明るい。
木々の影が地面に移り、渓流で冷やされた風が吹き抜けて、昼間の暑さを洗い流すようだ。
登り坂を歩きながら、蔵人は綺紗羅の名を呼びつつ、道の左右に明かりを投げかけて歩いた。
すると、不意に頭の上からガサガサと妙な音がした。
顔を上げると、そこに白っぽいものがいる。
「美咲かっ?」
「…周防?」
木の上から、綺紗羅の声がした。
「そんなトコで、何してんだ?」
「えっ? あぁ、助けてくれ」
助けを求める人間にしては、あまりに逼迫感にかけるその態度に、蔵人は少なからず呆れていた。
「どうやって、そんなトコに登ったんだ?」
「いや、登ってはいない。落ちた」
「落ちたぁ?」
「すすり泣きに驚いて、蹌踉めいたら足を滑らせた。咄嗟に枝を掴んだら、ここで止まったんだが。どうやって降りたらいいかが判らなくて…」
「そうか。じゃあ今、トーマに連絡を…」
「ぎゃあああっ!」
蔵人がトランシーバーを手に取る前に、綺紗羅の遥か後方から悲鳴が聞こえ、激しい葉擦れの音が聞こえた。
そして、綺紗羅がしがみついている枝と同じ場所に、新たな人影が現れる。
それが冬馬だと認識するより先に、枝は二人分の体重と衝撃に耐えられず、鈍い音を立てて折れた。
「うわっ!」
「ひええっ!」
「!!!」
驚いた蔵人は咄嗟に、思わず両手を差し出し、やや太めの枝とともに落ちてきた綺紗羅と冬馬を受け止めようとしてしまう。
ここは逃げるべきだったと思った時には、二人分の体重が飛び乗ってきていた。
「いったぁ……」
最初に声を上げたのは、冬馬だった。
「どけ……」
一番下の蔵人が、か細い声で言った。
「ああ、クラちゃん! 君は命の恩人だよ!」
「いいから、どけって……」
太めの枝は、幸いにして蔵人の上には落ちなかった。
綺紗羅は這いずるようにして蔵人の上から退き、立ち上がった冬馬は蔵人に向かって手を差し出す。
「いや〜、暗闇の中で聞くすすり泣きってコワイねえ! 自分で人感センサー仕掛けたのに、びっくりしたら足滑らせちゃってさぁ!」
「いいから、助っ人呼びに行けよ」
「助っ人? なんで?」
「足首、ひねったっぽい。ちょっと立ち上がるの無理」
「ええ〜! えっ? えっ? サラちゃんは?」
「すまない。腰が抜けたようで、立ち上がれない」
「あらま! あ〜、でもあの状況で、捻挫で済んだらもうけもんかぁ〜。オッケー、今、助っ人呼んでくるから、待ってて!」
冬馬はコテージに、取って返した。
その後姿を見送りつつ、蔵人はなんとか体を起こして地面に座ったが。
ふと耳に、小さく笑う声が聞こえる。
「なんだ?」
笑う綺紗羅に、問う。
「いや、周防があんまり真っ黒になっているので、済まない」
声を上げて笑う綺紗羅に驚いてしまったが、しかし蔵人もだんだん面白くなってきてしまって、笑い出す。
「そんなこと言ったら、そっちだっていい加減真っ黒だぞ!」
「…そっちじゃない、キサラでいい」
綺紗羅がクスクス笑いながら言う。
「なら、こっちも名前でいい」
「そうか。では、今後はそうさせてもらう、蔵人」
蔵人は、これからはこの奇妙な隣人と、もう少し上手くやっていけそうだと感じていた。