翌日。2人の顔は酷いものだった。
「もー。ほら、2人はクソ高い俺のコンシーラー貸すから!」
 2人一緒に会場に行くと、かわいい顔した我慢強い年下の後輩がコンシーラーを神田の手に握らせてきた。
——クソ高いって
 かわいい感じ消し飛んでんじゃねえか。
 自分のキャラに一番誇りを持っている彼も、かなり限界が近いのかもしれない。それでも彼は他のメンバーを鼓舞している。神田はこんな時に何もしてやれない自分が嫌になった。
「仲森。塗るから、目瞑って」
「ああ」
 仲森は素直に目を瞑る。本当は瞑らなくても良いのだが、この至近距離で目を合わせるのは、きっと簡単なことじゃない。
 凛々しい眉毛と、骨ばった男らしい顔立ち。厚めの唇。
 この唇が、幾度となく自分を満たしてきた。昨日のことで、神田は少し浮かれていた。
——今、キスしたらどうなる?
 いやいや。
 かぶりを振って思い直し、コンシーラーを仲森のクマに塗っていく。ふと目を瞑りながら、仲森は口を開いた。
「なあ」
「ん」
「昨日のことは、お互い忘れる。で、いいよな?」
 コンシーラーを塗る手が止まる。仲森の表情には何の変化もない。
——ああそうかよ。お前は忘れたいんだな
 仲森が目を閉じているのを良いことに、神田は分かりやすくむくれた。この様子だと、眠る直前に自分が言ったことも忘れてしまいたいのだろう。
「……おう、良いよそれで」
 このライブツアーが終わったら、神田は仲森に告げようと思っていた。今度はちゃんとした恋人になりたい、と。
 今なら、2人なら、上手くやっていく方法を見つけられるんじゃないかと、盲目的にもそう信じたかった。
——とんだ愚か者だな、俺は
 神田は2度目の失恋をした。