九月になり、岳斗の夏休みが終わった。大学は九月の下旬に始まるので、まだ海斗は実家にいた。
 岳斗が学校から帰ろうとすると、校庭がにぎやかだった。何事かと思って見渡すと、注目の的になっていたのは海斗だった。サッカー部に遊びに来ていたのだ。
「キャー、うそー、あのかっこいい人誰?」
「卒業生じゃない?いいなー、一緒に通いたかったー。」
一年生の女子たちが騒いでいた。岳斗はその騒ぎに関わらないよう、こっそり帰ろうとした。海斗に見つからないように、そっちを見ないようにして岳斗が歩いていると、後ろからがしっと抱きしめられた。しまった、と岳斗は心の中で舌打ちした。見つかったようだ。
「岳斗、俺を置いて帰るなよ。」
海斗が岳斗の耳元で言う。あちこちでキャーという悲鳴が聞こえる。またこれだ。モテる兄貴を持つとこれだから、と岳斗は思った。いや、兄貴ではなく、恋人なのだが。
 それからというもの、なぜか学校での岳斗の注目度が上がった。海斗と比べられたのちに、評価が下がった事は山ほどあるが、上がった事はこれまでなかった、と岳斗は思う。一年生だって、岳斗が海斗の本当の弟ではない事くらい、既に知っただろうに、それでも海斗の弟だから自分に注目するのだろうか、と不思議に思った。
「よう、岳斗。お前、ずいぶん一年女子から人気だな。」
金子に言われた。
「嫌味か?」
岳斗は、自分が純粋にモテるわけがない、と思った。だが、あちこちで岳斗を見てキャー!と言って叫ぶ女子がいる事は確かだった。海斗効果恐るべし、と岳斗は思った。

 海斗は九月下旬、北海道へ帰って行った。また、毎日一緒にいる事に慣れてしまった岳斗は、急に海斗がいなくなると、寂しくて仕方がない。あと半年だ、半年後には一緒に暮らせる、と自分に言い聞かせる。それに、きっとまた一カ月後には帰って来てくれるのだ、とも。
 岳斗が苦情を言ったので、海斗は時々電話をしてくるようになった。バイトに行くまでの道中や、友達と飲み会をしている時など。
「岳斗、空、見てみ。」
ある日の電話で、海斗が急にそう言った。岳斗は自分の部屋にいたので、窓の外を眺めた。部屋の窓は東向きで、岳斗の目の前には、割と低い位置に大きな月があった。丸い月。まだ夕暮れ時で真っ暗ではないが、月は明るく輝いていた。
「わっ、月だ。満月かな。」
岳斗が言うと、
「俺にも月が見えるよ。俺たち、同じ月を見てるんだな。」
海斗が耳元で(電話だから、そうなる)そう言った。キューン、と岳斗の胸が鳴った、というのは言い過ぎかもしれないが、岳斗には、そんな気がした。
「そうだね。」
岳斗も、静かなトーンでそう言った。
「岳斗、愛してるよ。」
(どっひゃー、バカバカ、そんな事言うなよ!俺はそんな事言えないよ!恥ずかしいー!穴があったら入りたい!)
岳斗の心の声である。
「岳斗?」
「うん?」
「なんか言えよ。」
「あ、あの……俺も……。」
これ以上は無理だった。海斗はふふふっと笑った。