連休が明け、また学校が始まった。海斗は相変わらず朝練と夕錬が毎日あり、岳斗と顔を合わせる時間は短い。洋子に何かを悟られる心配は、意外にないかもしれない。
 教室に入ると、岳斗の元にワーッと女子が集まってきた。
「ねえねえ、お兄さんと前園さんって、恋人じゃないんだってね?」
「フェイクだったんだってね!」
などと言う。岳斗は曖昧に頷いた。この伝わるスピードは何だろう。SNSで回っているのだろうが、自分は情報に疎いようだ、と岳斗は思った。
 実は前園が、インターハイを前にしてナーバスになり、海斗に相談を持ち掛けていただけで、付き合っているわけではない、と言ったのだった。岳斗にとってはもう、どうでも良い事だったのだが。
 岳斗の部活動中に、また白石会長が部室に現れた。
「前園の件だが、SNS上に誹謗中傷の書き込みが多数見られたので、実被害はないにしても、手を打った方がいいと思ってね。それで、付き合ってはいないという内容を改めて流したのだ。」
「え?白石さんが、情報を?」
岳斗は驚いた。すごい影響力、実行力、決断力。
「流石ですね。」
岳斗は心から感心してそう言った。白石は、
「いや、そんな事は……。」
と言いながら、本当に照れているようだった。意外に可愛いところもあるみたいだな、と岳斗が微笑んで見ていると、
「し、ら、い、しー。」
出た、海斗。
「キャー、海斗さん、こんにちは!」
萌一人の為にサービスしているかのようになっている。
「こんにちは。おい、白石。また岳斗にちょっかい出しやがって。」
「海斗、白石さんにお礼を言わなきゃだよ。前園さんがひどい目に遭わないように、対処してくれたんだから。」
岳斗がそう言うと、
「その件なら、もう言ったよ。それとこれとは別!」
海斗はそう言って、白石を睨む。岳斗は海斗を廊下へ引っ張って行った。
「ちょっと、そんな事したら、バレバレじゃないか。俺たちの事が。」
岳斗が小声で非難すると、海斗はキョロキョロっと周りを見渡し、岳斗にチュッと素早くキスをした。
「な、何すんだよ!バカ!」
岳斗は思わず小声で叫び、手の甲で唇を押さえた。海斗は岳斗の頭をナデナデすると、そのまま部活へ戻って行った。
(ああもう、どこで見られているか分からないのに。)
ハラハラする岳斗である。

 岳斗が家に帰って夕飯を食べていると、洋子が、
「岳斗、留守番している間、家事を色々やってくれてありがとね。」
と言った。
「そんな、大した事やってないよ。」
「それと、あの野獣と二人きりにして、ごめんね。」
と、洋子が言ったので、岳斗は食べていたご飯でむせた。
「ごほっ、ごほっ。」
汁物を飲んで、一息ついてから、
「野獣?海斗の事?」
と、驚いて聞いた岳斗。だがそれはつまり、岳斗の事を襲うかもしれない、岳斗の事を狙っている奴という意味だと悟り、この話題には触れない方がいいと咄嗟に判断した岳斗は、
「ああ、べつに大丈夫だよ、うん。」
と、適当に話を終わらせた。洋子はにこやかに岳斗の事を見守っていた。
(そうやって、俺の心を読むんだな、母さんは。何でも分かってくれて心強いけど、今はそれが苦しい。)
 すると、バタンと音がして、
「やまとぉー!」
と呼ぶ声がした。海斗が帰ってきたのだ。一瞬嬉しいと思ってしまった岳斗。だが、洋子の手前、喜んでいる様子は見せられない。岳斗はわざとうんざりした態度で、ため息をついた。
「はいはい、今行くよ。まったく。」
と言いながら、玄関へゆっくり歩いて行った。いちいちハラハラするものである。

 寝る前になって、海斗がそうっと岳斗の部屋に入って来た。ドアの開閉の音もさせないように、こっそり入ってきて、小声で岳斗を呼ぶ。岳斗は驚かない。待っていたから。二人の束の間の、恋人同士の時間。忙しい海斗の、ほんの少しの時間を岳斗の為に使ってもらう、岳斗にとって贅沢な時間。幸せな瞬間。もっと一緒にいたいが、勉強もしなければならないし、明日の朝も早い。特に海斗は早起きだから、岳斗はわがままを言えない。
「じゃ、また明日な。」
海斗はそう言って、自分の部屋へ戻って行った。切ない。胸が苦しい。そして、そんな自分が愛しい、と思う岳斗であった。