私、石川藍子は廃れた商店街にある天ぷら屋の1人娘だ。

 近くにスーパーができてから、商店街の店はほとんど潰れた。

 今は、シャッター街のようになっているが両親は店を大事にしている。

 父親は高卒で母親は中卒。

 親に「勉強しろ」と言われたことは一度もないけれど、私は努力して有名大学に受かった。

 私には大学で金持ちを捕まえて、リッチな生活を送るという野望があった。

 大学は思った以上に生まれが違う人が多かった。

 私の入ったテニスサークルは、偶々内部生が多かったようだ。

 内部生とは、小学校など附属から大学までエスカレーターで上がってくる子達だ。

 親が社長で、マンションや車を買ってもらうのが普通と考える人達だ。

 私は自分が親ガチャに失敗したとはじめて思った。

 こんなに生まれた時から、人生イージーモードの人たちがいるのかと驚いた。

 内部生の人たちは、嫌な人が多かった。
 彼らは明らかに一般入試を突破してきた私より勉強してきていない。

 絶対私の方が頭が良いのに、いつも私を馬鹿扱いした。

 そして、すぐに「世の中金だよ」と言いながら笑い合っていた。

「お釣りはいらないから、お酒買ってきて」
 合宿の時には1万円を渡されて、パシリに使われたものだ。

 でも、私にとって、そのお釣りは大事だった。

 合宿だけで8万円と高額だ。
 両親は貯金を切り崩して、私の学費を払っている。

 みんな親に合宿費を当たり前のように出して貰っているが、私は親に頼むことはできない。

 内部生達はいつも親に買ってくれた外車のランクの話をしていた。

 親の脛齧りのくせに偉そうで、カッコ悪いと思っていた。

 彼氏でもないのに、「藍子」と最初から呼び捨てしてくるのも良くわからなかった。

 でも、誘われると私もお金持ちの一員になれるのではと期待してついて行ってしまった。
 結局、誰も私を本命にしてくれる気はなくて悲しかった。

 そんな時、私のことを唯一呼び捨てにしていなかった寛也先輩に誘われた。

 彼は内部生の嫌な感じがなく、なぜ派手なテニスサークルに入ったか分からないくらい落ち着いていて気になっていた。

 聞けば彼は大きな病院の息子さんらしい。

 だから、チャラい社長令息とかとは雰囲気が違って真面目そうなのかと好感を持った。

 彼が「藍子ちゃん」から「藍子」呼びしてくれた時、私のことを本気なのかと期待した。

 勇気を出して「寛也」と呼んだら拒否されなかったので、恋人気分でくっついていた。

 彼のマンションのロビーに着くと、私が友達になりたい申し出たのを断ってきた木嶋アオがいた。

 私はフランスに住んだ経験があるという彼女に、勉強を教えて欲しかっただけだ。
 日本人の先生の授業は簡単だけれど、フランス人の先生の授業は難しかった。

 フランス人の先生は授業を休んだり、テストの点数が悪い子の単位を落とすらしい。

 毎年3分の1の子が単位を落として、留年までしてるらしいと噂を聞いた。

 ウチは貧乏だから絶対に留年するわけにはいかない。

 だから、彼女に勉強を助けて欲しかった。

 結局、ロビーでも木嶋アオに恥をかかされた。
 しかも、彼女は私を寛也先輩の目の前で、私のことを軽薄な女呼ばわりした。

 その日以降、寛也先輩はサークルにも出ず木嶋アオにべったりになった。
 有名な若手社長の婚約者がいるのに、寛也先輩まで手を出している彼女が憎かった。

 私は周りの子が持っているようなブランドバッグを買うために、パパ活に手を出した。

 木嶋アオは金持ちのくせに、ブランドバッグではなくダサい機能性バッグを使っていた。

 まるで、自分の存在そのものがブランドだから、ブランドバッグは持つ必要がないと言っているようでムカついた。

 彼女の名前でネット検索したら、ブログをやっているようだった。
 彼女は色々な国に行っているのだから、語学堪能であたり前だ。

 私が日本語を操れるように、自然と色々な語学が身についているのだろう。

 それなのに、自分は語学堪能な才女気取りで全部英語でブログを書いている。
 気がついたら、私は彼女のブログのコメント欄にいっぱい嫌がらせをしていた。

 「アバズレ、淫乱、パパ活女」罵詈雑言を並べた後、それが今の自分のことだと気がついて虚しくなった。

♢♢♢

「大学側としては、石川さんを1ヶ月の停学処分にするということで木嶋さんには刑事告訴を思い止まって貰いました」

 突然大学から連絡が来て、今日から1ヶ月停学処分になったと聞かされた。

 冗談じゃない、そんなことされたら留年してしまう。

 留年したら、就職活動にだって響く。

 私は木嶋アオに文句を言いに行こうと、大学に向かった。

「石川さん、今日から停学だと聞きましたが、大学に来て大丈夫ですか? ルールを破った場合は一発退学にすると言ってましたよ」

 私を見るなり表情を変えずに言ってくる、木嶋アオに頭が沸騰した。

「あんた頭おかしいんじゃないの? あれくらいのことで刑事告訴をチラつかせて、私を停学処分にするように大学に言ったの? このサイコパス女が」

 息を切らしながら言ったときに、周りの注目を浴びていることに気がついた。

「ルールを破ってでも私に謝りたくて、大学に来たのではないのですね。まあ、私は謝られても許す気はなかったので良かったです」

「なんで、私が謝るのよ。私はあんたのせいで停学になったのよ。留年するかもしれないのよ」

 ちょっとムカついてコメントしただけなのに、私は色々なものを失うのだ。

 私はネットで芸能人の悪口を書いて憂さ晴らししているが、問題になったことはない。
 このような些細なことを問題にして、刑事告訴をちらつかせる木嶋アオがおかしい。

「石川さんは自分のしたことが、全く悪いと思ってないのですね。あなたは匿名で自分だとバレないなら、誹謗中傷をしても良いとの考えをお持ちのようです。善悪の区別さえつかない石川さんは、犯罪者予備軍です。ルールを破ったことを大学に報告し退学処分にするより、やはり刑事告訴をした方が世の中の為な気がします」

 私は話の通じない木嶋アオが怖くなって、その場から逃げ出した。