「健太郎さん、お帰りなさい。今日は健太郎さんの好きな和食ですよ」

 俺がアオさんに使って欲しいと思って渡した合鍵は、毎日のように使ってもらっている。

「アオさん、いつもありがとうございます。帰ってくるとアオさんがいて本当に幸せです」

 ちゃんと自分で決めたルール通りに、アオさんにはまだ告白していない。

 毎日、アオさんは部屋を掃除してくれて、美味しい料理を作ってくれる。

 もう、すでに俺の心の中では彼女は妻になっている。

 アオさんが俺をどう思っているかは、怖くて聞けない。

 彼女と話す度に、彼女自身が独特な考え方をする人だと分かってきた。

 だから、彼女が毎日のように家に来てくれも、自分に対して異性として好意をもってくれている自信が持てない。

 最近、会社の方は大変だ。
 海外で感染症が流行り始めていて、海外旅行のキャンセルが続出している。

 アオさんのアドバイスで国内旅行中心にシフトしていなければ、相当まずい状況だった。

 そして、今日会社設立当初からのメンバーの横領が発覚した。

 即日解雇したが、家族のように思っていた相手だったのでショックが大きい。

「健太郎さん、何か悩み事でもあるのですか?」

「いえいえ、このお味噌汁すごく美味しいです。お魚も皮目がパリパリで、アオさんは本当に料理上手ですね」

 アオさんに心配をかけたくはない。

 そして、彼女は料理がとても上手だ。
 お味噌汁も出汁から丁寧にとっているのが分かる。

「健太郎さん、私は悩みがあります。実は、誰でも取れるはずの自動車運転免許が取れなそうなのです。でも、諦めたらそこで試合終了ですよね」

 俺は、自分が5ヶ月前に自動車運転免許なんて誰でも取れると言ったことを後悔している。

 アオさんは仮免取得まで5ヶ月もかかっていて、教習期限の9ヶ月以内に免許が取得できるとは思えない。

「アオさん、俺は海外旅行を中心に売ることを諦めて良かったと思っています。それに、アオさんには助手席座っていてくれると嬉しいです」

 彼女を傷つけないように免許取得を諦めさせるにはどうしたら良いかずっと考えていた。

「健太郎さんがそうおっしゃるなら諦めます。実は、佐々木さんに運転は向いてないから諦めるようにと言われたのです。私は日本語表現の引っ掛けに引っかかるから、本免の学科試験も受からなそうだと」

 佐々木さんというのは、アオさんが経済の勉強を習っている1学年上の同じマンションで同じ大学に通う男の子らしい。

 アオさんの19歳の誕生日にロビーで見かけた子らしいが、全く記憶に残っていない。

 はっきり彼女のために厳しいことを言ってくれる子だから良い子なのだろう。

「佐々木さんは、とても良いお友達ですね。アオさんのことをいつもとても良く考えてくれてます。そういうお友達は大切にした方が良いですよね」

 しつこいくらい、佐々木さんは「お友達」ですよねと強調してしまった。

 どうしても、社会人の自分より同じ大学に通っているという彼の方が彼女と時間が取れる。
 そして、どう考えても毎日のように勉強を見てくれる佐々木さんはアオさんが好きだ。

「健太郎さんのおっしゃる通りです。彼は良い人だったようですね」

「そういえば、アオさんのおかげで国内旅行にシフトしておいて良かったです。他国は感染症対策で学校が休校になったりしていたりするみたいですよ」

 俺はアオさんが佐々木さんのことを考えているのがわかって、咄嗟に話を逸らした。

「日本もあと3週間ほどで休校になります。でも、転学部試験行われるので気は抜けません。そうだ、今日はデザートにケーキがあるのです。舞ちゃんが作ってくれました」

 アオさんは結構言い切るような日本語の使い方をする。
 今のも、まるで未来を見てきたかのような口ぶりだ。

 舞ちゃんとはアオさんの唯一の友達らしい。

「もうすぐ、フランスに行ってしまう子ですよね」

「感染症が流行中の渡仏は大変でしょうが、舞ちゃんなら大丈夫だと思います。さあ、私も悩みを打ち明けたので、次は健太郎さんの番です。隠さないで何でも言ってください。2人で考えた方が、絶対良い解決策が出ますよ」

 やっぱり、アオさんには敵わない。

 そして、俺は後戻りできないくらい、彼女を好きになってしまっている。