アルイーネ・ルヴァン。愛称アルル、十四歳。
 男爵家の末っ子として、親の愛情を一身に受け、すくすくのびのびと育ってきた自己肯定感高めな美少女。王都のアカデミーでも人気抜群なようで、頭もよく要領もいい。両親にとっては、自慢の娘だろう。
 もちろん、私から見ても大事な家族。だけど……。

「ありえないわ……お姉さまなんか、ランク1のダメ聖女じゃない! ただでさえ平民と同レベルで恥ずかしいのに、いっつも汚らしい動物を拾ってきて、糞尿の始末をして、社交もとっくに放棄して半分人生を諦めたような厄介者だっていうのに、なんでそんな人が侯爵子息から求婚されるのよ……! ずるいわ、私のほうが数百倍綺麗でかわいいのにいい!」

 ……ちょっと残念なところもある。
 領地内の村でこの子の素行を聞いたところ、アルルは弱い人には率先していじめを遂行するような、道徳的にマズイ面があるそうだ。けれどその反面、行動力があって決断も早い。どこで学んだのか上流階級の処世術も身に着けているため、身分のある人には可愛がられている。
 もう少し心掛けがよかったらって思うんだけど……なかなかうまくいかない。私、家族とは仲良くしたいんだけどな。

「まぁ、アルルちゃん。言葉が過ぎますよ。それに、もう一度よくコルルちゃんをご覧なさいな、お父さまと同じハニーブロンドに、深いアメジストの瞳なんてとても品があるでしょう? あなたは十分愛らしいけれど、コルルちゃんはこれからうんと綺麗になるわ。美人姉妹で嬉しいこと」
 言いながら微笑むのは、私のお母さま、ラモーナ・ルヴァン男爵夫人。
 アルルの物言いを気にしてないようだけど、お母さまはちゃんとあの子のいけない部分をわかってて、この対応なのだ。だから私も口出しはしないことにしている。
 私の見栄えについては身内びいきってこともあるけど、あまり外れてはいないと思う。アルルが愛らしいって形容なら、私は品のあるおっとりタイプなんだって。
 ただ、おしゃれに興味がないから、ふだんはドレスなんか着ない。作業のしやすいワンピースで過ごしてることが多いし、髪も、サイドを編んで後ろで結わえてるほかは何もしていない。そのへんが、妹にとっては冴えない姉として映ってしまってるのだろう。

「おそらく先方が、神殿でコルルちゃんの獣紋を調べたのでしょう。それならば身分の差はあれど、侯爵家が求婚してくるのも自然なことでしょ? ほら、正式な求婚状もいただいているわ」
 お母さまの出した手紙には、しっかりと私の名前が刻まれている。差出人は、侯爵令息のトレミー・アレパ、二十歳。
 ふつうならここで、「どんな人?」と質問に入るところだけど、あいにく今の私は回帰後の人生。相手がどんな顔か、あるいはどんな性格なのかはすでに知っているので、今さら求婚状に興味はわかない。
 正直なところ、この話題、さっさと終わりにしてしまいたい。

 一方で、アルルは納得いかないのか、私をぎりっと睨み、「でもお」とお母さまに詰め寄る。
「お姉さまってカメレオンの獣紋でしょ? 侯爵家ならもっと強くて美しい獣に決まってるじゃない。やっぱり何かの間違いだわ。でなければ詐欺よ。大体お姉さまなんか――」
 そのときだった。綺麗に結ってあった妹のツインテールに、黒い物体が強襲した。

「きゃっ! なにこれええ!」
「あら」
 カラスのキューちゃんだった。一年前、羽根をケガして庭に落ちていたところを私が保護した子だ。それ以来、家の地下室で面倒を見てるんだけど、獣人かな? って思うくらい頭のいい子だったりする。
「お、お姉さまね!? 私が可愛いからって妬んで攻撃させてるんでしょ、ひどいわ!」
 アルルの悲鳴を聞きながら、私はポケットから獣笛を出し、ふぃっと吹いた。するとキューちゃんははっとしたように攻撃をやめ、私の肩に留まる。
「そんなことできるわけないでしょう? たぶんキューちゃんが暴れてるのは、同じ部屋にいるヤモリのミロちゃんとトカゲのメレちゃんがケンカをしてるからだと思うの。イライラが過ぎちゃったのね」

 実際、カラスという生き物は嫌いな人間の顔を忘れない。だから、アルルのことを嫌っているのは一目瞭然なのだけど、それを伝えたところでまた怒るだけなので、適当にはぐらかした。
 けれど、アルルにはますます気に障ったらしい。顔はさらに赤くなり、声も一オクターブ高くなる。
「い、ヤモリ……トカゲ……猫や犬だけでは飽き足らず! もう気味が悪いのを通りこして公害だわ、匂いもひどいし、鳴き声はうるさいし……あなたが姉だってだけで友だちも呼べないのよ? 恥ずかしい恥ずかしい、もうお父さまもお母さまも、いいかげん追い出してよ!」

 ……ずいぶんな言われようで哀しい。家族にここまで嫌われるって、ほんと私、徳がないのかなって思う。回帰前も回帰後も、そんなに悪いことをした覚えはないんだけど。
 たしかに、こんなに動物を飼ってる貴族令嬢はいないと思う。
 でも仕方がないじゃない? 可愛いなって思う気持ちは自然に発生するものだし、止められない。哺乳類でもそれ以外でも、傷ついた動物がいたらとりあえず保護しなくちゃって思ってしまう。
 なんとなく、だけどね。私がこの子たちを世話しているのじゃなく、私がこの子たちからいろいろなものを受け取って生かされているような気がするんだ。

 だから――あのときは本当に哀しかった。死ぬ直前、私に関わっていた動物たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 あの子たちに、もう一度会えたら……なんてぼんやり思うけど。
 
 と。そこへ、地面に新しく四人目の影が加わった。

「これ、アルル。コルルは、将来有望な臣下の支えになるという機会を与えられたのだぞ。喜ばしいことじゃないか。それに、アルルは休暇が明けたらアカデミーに戻るのだろう。少しの間、匂いくらいガマンしなさい」

 お父さまだった。ナイロン・ルヴァン男爵。
 人当たりはいいけれど、影が薄い――ということで、社交界では影のナイロンって言われているらしい。たぶん誉め言葉じゃないと思うけれど、当人はおかまいなし。元々、勉強大好きな文官肌の人だから、自分の仕事のことと、家族の平和が約束されているのなら特に文句も言わない人なんだろうと思う。 
 ありがたいことにお父さまは、私に対してもアルルに対しても、態度はいつも公平だ。ただ、貴族の役割とか義務とかには少しこだわりが強いから、今回の求婚に関しても異を唱えるのは容易じゃないかもしれなかった。

(まずはお父さまから説得かしら……わかってくださるといいのだけど)

 ガゼボには家族が四人。王都で騎士をやっているお兄さまを除けば、これで全員そろったことになる。
 私は、はぁと長めのため息をついたあと、アルルに向き直った。