レイフェは、子どものころの夢を見る。
 あれは自分が十歳。国王である父親が二十九歳のときだった。

「我が子レイフェよ。……そろそろ私の獣化は自力では戻せないところまで来てしまった。次の獣周期がくれば、私は本物の竜となってしまうだろう。おそらく人としての理性はなくなり、この地を灰に変えてしまう」

 それは、わかっていた。
 父には母である妻がいたけれど、母は竜紋の聖女ではない。
 そもそも神獣である竜の紋を持つ女性は、二百年前を境に存在が消えている。父の前の国王――すなわち祖父も竜であったと言われているが、やはりその時代にも竜紋の聖女は現れなかったそうだ。
 ゆえに、父と母はただの男女として夫婦になった。政略結婚でありはしたが、お互いに慈しみ合い、子孫を残すという務めを果たした。

「私は人であるうちに命を捨てるつもりだ。国王として、この地を守るために他に方法が無いのだと、わかってくれ」

 幼いレイフェは頷く。
 王と王妃に愛情を注がれながら育った小さな後継者は、以前から事情を知っていたため泣き叫びはしなかった。それどころか、寄り添う母を気遣い、彼女を慰めるために繋がれた手をしっかりと握る。

「レイフェよ。そなたは猫痣のあとに竜の神獣覚醒を成したゆえ、おそらく私と同様、紋を持つ聖女とは巡り合えまい。私のように、獣となる前に命を捨てなければならない運命だろう……」

 王は辛そうに告げた。当の本人は黒鉛の鎖で身体をがんじがらめにされ、吊るされ、身動きのできない状態だ。これから死にゆくというのに、あくまで息子、レイフェの未来に心を痛めているようだった。
 そこでようやくレイフェは口を開いた。澄んだ瞳には一切の迷いがなく、声にもよどみはなかった。

「父上。僕は誰とも結婚はしません。弟を次の王にするまで支え、この国を守ります。そして僕が、自分の獣化を止められないと感じたときは、父上のように自ら命を絶つことをお約束します。この国を竜の炎で焼け野原にしないために」

 傍にいた母親はレイフェの肩を抱き、泣き崩れた。
 正面にいる父王は微笑み、「では、さらばだ」と言い残す。

 グリオーニ湖畔の小屋の周辺には鳥獣人の結界が張ってあり、何ものも近づけないような空間になっている。
 レイフェとその母親が小屋を出たあと、国王の腹心であるローヴェルグ公爵が、小屋に聖火を落とす。
 やがて小屋は炎に包まれ、跡形もなく崩れ落ちる。
 たちあがった黒煙が、空を闇に変えていくのだった。